第15話 森で神獣に会ったよ。マジマジ





 ――ある日、森の中、銀鹿に出会った。


 でっかい。けど、足とか華奢。神々しいってこういうこと?

 角はねじれるように高くて、目が……目がやばい。なんかもう、全部見透かされそうな感じ。


「……ジ●リにいそう……」


 思わず呟いた瞬間、銀の鹿はふらりと脚を折り、静かに地面に倒れこんだ。


「うおっ、なに?! もしかして『私を食べて』的な流れ?! いやいや、そういうファンタジーはノーサンキュー。生は無理、絶対無理。自分を大切にして!」


 騒いでも反応がない。明らかに弱ってる。


「なあ、大丈夫?」


 近づいて、声をかけるも反応なし。


 神聖術って鹿に効くのか? まあ鹿も人間も動物だし、人間に効くなら効くだろ。


 手のひらから生まれた光が、鹿の身体に入っていく。


 すると、毛並みに再び艶が戻り、呼吸がゆっくりと穏やかになっていく。

 閉じていた目がゆっくり開いて、そのまま立ち上がった。


「おー、よかったよかった」


 ほっとするも、今度はオレが立っていられなくなり、その場にどさっと座り込む。

 やばい、疲れた。喉も乾いた。水、誰か水持ってきて。

 どこかに果物でも実ってない? 甘くて果汁たっぷりで渋くないの。


 ぼうっとしていると、鹿が、すっと首を上げて、こちらに向かってぺこりと頭を下げた。


 ……そういや奈良公園の鹿って、鹿せんべいもらうとお辞儀するんだっけ。


 こいつなりにお礼を言ってるのかな。可愛いやつ。


「――聖なるものよ。汝の恩に報いよう」

「しゃべった?!」


 思わず立ち上がりそうになったが、立てない。脚に力が入らない。でも、そんなことより――


「お、おぉ……鹿の恩返しってやつか……?」

「うむ。一つだけ、願いを叶えてやろう」

「マジで?! ラッキー!」


 ――んじゃみんなのところに帰して、と言おうとして、ふと気づく。

 これ、真剣に考えた方がいいやつじゃね?


「……んじゃ、セブンツリーが水に困らないように。あ、洪水とか大雨でとかじゃなくてな。綺麗な飲料水に困らないようにしてほしい」


 神様への願い事は具体的にって何かで聞いた。

 おおざっぱに解決されて湖の底に沈んだらシャレにならん。


「ふむ……自分が助かることを望まぬのか?」

「いやぁ、オレは誰かが助けに来てくれるだろうけど、水は、な……」


 これ以上の井戸水が期待できないセブンツリーは、どこかの川や水源地から水路を引っ張ってくるしかない。それってめっちゃ時間がかかる。


 だから、神頼みするぐらいしかない。


 鹿はしばらくオレを見つめていた。あの深い目が、オレの中身を覗いているようで、ちょっとだけ怖かった。


 鹿は、ゆっくりと頷いた。


「――そうか。ならば、地下水脈を移動させてやろう」

「スケールでっっかっ!! 神!!」


 いやマジ神。人間にはできないことをやってのける。


「でもそんなことして大丈夫なのか?」


 そのせいで他の土地が枯れたりとかしたらちょーっと――いやかなり後味が悪い。


「地下深くを流れるものだ。行き着く先も海であるからな」


 すごすぎて言葉も出ない。世界司ってる系の神じゃん。


「だが代償が必要だ」

「えーっ。さっき治してやったじゃん」


 命助けても足りないなら、こっちの命を要求されるかも。

 鹿はすっとオレの隣に座る。


「我を撫でろ」

「へへー、お安い御用です」


 まず背中、そして首をなでる。

 もふもふだった。まじもふだった。


「お前、名前は? オレはユーリ」

「……シルヴァ」

「へーぇ、いい名前だね」


 ふっと頭が揺れる。

 そういやオレ脱水症状目前だったわ。


「――乗れ」


 シルヴァが鼻先で自分の背を差す。

 いや、でっかいけど鹿に成人男性が乗るのって無理くさくない?

 聖人男性なら大丈夫なの?


「乗れ」

「はい」


 覆いかぶさるようにシルヴァの背中に乗る。

 シルヴァはすっくと立ちあがり、オレを軽々と持ち上げる。


 力つよ!!

 さっきまで死にかけていたとは思えないパワー!!


 そうしてシルヴァは歩き出した。オレは背中に寝そべりながら運ばれるままだ。


「なあ、シルヴァはなんで弱ってたんだ?」

「我はずっとこの地の神として生きてきたが……どうやら人間は我のことを忘れたようだ。忘れられた神は消えるのみ……」


 ふーん、なんだか悲しいな、神様。

 でもさ。


「……忘れられてないよ。覚えているやつはいる……」


 RPGのNPCジーさんとか。


「……それにこれからは、誰にも忘れられないようにしてやるよ」


 とりあえず広報のベルモンドになんか歌を作らせよう。


 聖王子様がある日森の中で銀色の鹿に出会ったって。迷える聖王子様と助け合って、セブンツリーに水の恵みをもたらしたって。


 あいつならいい仕事するだろ。





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