第10話 ただいま





 王都からセブンツリーへの街道途中で休憩する。オレらは馬車だが奴隷たちはほとんどが徒歩だ。交代で荷馬車に乗せているとはいえ、たまの休憩を挟んでやらないと、歩けない。


 とはいえどっかの施設とかじゃなくて、青空の下だけどな。


 空気は澄んでて、緑のにおいが心地いい。ピクニックにちょうどいい気候だ――が、ケツが痛え。

 ストレッチをしながら空を見上げていると、クライヴが声をかけてきた。


「――殿下、話がしたいという者がおりますが、いかがいたしますか?」

「いーよ、呼んで呼んで」


 ちょっと人と話がしたい気分だったところだ。クライヴは置物みたいに無口だしな。


「あのぉ~、こんにちはぁ」


 ちょっと離れたところからやってきたのは、奴隷の中でも小柄な女だ。

 なんかちっちゃくてのんびりしてて、それでいてどこか目が鋭い。頭のよさそうな女だ。多分二十代半ば。


「おう、なんだ?」

「あたしチルチルっていうんですけどぉ、さっきのお話の、ミラーボールってなんですかぁ?」


 オレは空中に指で円を描く。


「鏡で作ったでっかいボール。天井に吊るしてくるくる回すとギラギラ光るやつ」


 キラキラして、バカっぽくて、最高に盛り上がるアイテム。

 ……まあ、この世界じゃ、作れたとしても再現度は怪しいが。


「ふん、ふん、ふぅぅ~ん」


 チルチルは頷きながら、どこか遠くを見るように目を細めた。そして口の端をくいっと持ち上げる。


「あたし、できるかも」

「……なに?」

「あたし魔道具師でぇ、仕事せずにお酒ばっかり飲んでたらいつの間にか奴隷になっててぇ」


 自己紹介がひどい。

 酒クズだ。こいつ酒クズだ。未来あるお子様に見せちゃいけないものだ。まー、クズはオレもだけど。昼間は泥のように寝て、夜はホスト。女の子に夢見せて、酒飲ませて、金稼いで……あー、クズだな。


 だが、魔道具師? ――なんだそれ。ドラ●もんみたいなもんか? 夢広がるじゃねえか。


「それくらいの単純な構造なら、材料とお酒さえ用意してくれたらつくれるよぉ」


 にわかに胸が躍る。


「マジか……じゃあ、スモーク焚くやつとか、シャボン玉出るやつとか、酒用の丸い氷とか四角い氷とかも?!」

「んん~~、たぶん、だいじょぶ」

「お前マジで最高だなぁ!」


 オレは立ち上がってチルチルの肩を掴み、軽く揺さぶった。

 ひみつ道具いっぱい手に入るじゃねーか!


「よし、セブンツリーに着いたら何か作ってみてくれ!! あ、あと、長時間馬車に乗っててもケツが痛くならないクッション作ってくれ!!」

「衝撃吸収? それには乾燥スライムシートと酒三本がいるねぇ~」

「できるのかよ! いいじゃん、いいじゃん。放送禁止大人同士仲良くしようぜ!」


 クライヴたち護衛が理解できないものを見ている目で見てくる。見とけよ、クズたちの力を!



◆◆◆



 夜が更けるころ、ようやくセブンツリーに帰還する。

 本拠地にしている神殿に入ると、使用人を引き連れたアマーリエが出迎えてくれる。


「アマーリエ、ただいま!」

「お帰りなさいませ、ユーリ様」

「さー次は酒だ! キャバクラのために、シャンパンとドンペリを仕入れまくってくれ!」


 アマーリエはきょとんとして軽く首を傾げる。


「なんですか、それ? 聞いたことのないお酒ですが……」

「高い、泡の出る酒だ。うまくて高くて泡が出りゃなんでもいい。泡があるだけで喜ばれるし、高ければ高いほど酔えるってな。それっぽけりゃなんでもいい! 金ぴかの瓶でも作って酒いれておけ!」

「……は、はぁ……ユーリ様がおしゃられるなら」

「あとドレス! 古着でも何でもいい! 女の子をきれいに飾るから。店の中には音楽と照明、ミラーボール、ステージもつける! スモーク焚いたりバブルも飛ばす!」


 この辺はさすがに無理かと思ってたが、魔道具師がいれば何とかなりそうだ。


「客を王様気分にさせて酒を飲ませる――それがキャバクラだ!」

「…………」


 ……あれ? ノッてこないな。

 オレの中では完璧なイメージがあるんだけど、アマーリエの表情はもはや「理解を超えたなにか」に至っていた。


 まぁ、異世界人にはちょっと刺激が強すぎかもしれない。

 その辺は百聞は一見にしかずということで、楽しみにしててほしい。絶対驚かせてやるから。


「あとこれ請求書な。期限までに振り込んどいて」


 奴隷店からの請求書をアマーリエに渡す。


「はい、わかりました」

「やけにあっさりだな」


 もうちょっと眉顰められると思ってたのに。

 アマーリエはちょっと嬉しそうに笑う。


「ユーリ様を資金面で支えるのが、わたくしの仕事ですから」


 ……マジかよ、なんつー健気さだ。中身変わってるのに。


「それで、王都で何を買ったんですか?」

「人。オレの街に一番必要なもの」


 請求書を開いたアマーリエの目が、わずかに見開かれる。

 口元がぷるぷる震えている。


 ん? まずい金額?


「えーと、大丈夫なの?」

「え、ええ……国からの初期資金がありますし、貴族や聖職者、商人からの寄付もあります。まだ資材などの手配をしたぐらいで、ほとんど手を付けていませんので、大丈夫です……」


 うわー、有能。さすが侯爵令嬢。王子様の婚約者。もう全部任せる。


「さっすが頼りになるな、アマーリエ。ありがと!」

「…………」


 アマーリエは頬を赤らめながら、請求書で顔を隠すようにして目を伏せた。


 でもまだ、顔が晴れない。

 胸の中に不安をため込んでいる表情だ。


「……どうした?」


 女の子の不安は早めに解消しておかないとな。

 どんな小さなことでも、違和感に気づいたらすぐに対応しておかないと。下手したら大爆発だ。


「……あの、ユーリ様……キャバクラって、どんなお店なんですか?」

「女の子に話し相手してもらいながら酒を飲む店」

「……それで、人が来るんですか?」


 やっぱ心配だよな。人が来なかったら資金繰りもダメになるもんな。そしたら倒産か。いや、王様レースの最初の脱落者になるってわけか。


 ――アマーリエは、それが不安なんだな。


「オレを信じろよ。もし失敗したら、オレが教祖になって新興教団作って街を盛り上げてやるよ」


 なんせ聖王子様だからな。

 突然死した美貌の聖王子が、死後三日後に甦って、奇跡の力で人々を救う――

 こんなの受けないわけないだろ。下手したら二千年後も受けてるわ。


 奇跡バンバン使って人も寄付も集めまくってやるから。


「ちなみに、男女逆バージョンがホストクラブな。こっちはキャバクラが軌道に乗ったら始める」


 歌舞伎町ホストのオレがやるんだから、そりゃもう大盛り上がり間違いなしだぜ。

 ただ、いまの時点では客がほとんど見込めない。


 この世界の女の子、たいていお金持ってないからな……

 女の子の稼ぎが上がるか、貴族とか金持ちを呼び込めるまでは、我慢。


「あの……ホストクラブってどんな感じなんですか?」


 やっぱそっちも気になる?


「んじゃちょっと体験してみるか?」


 少しだけ声を落として、問いかける。


「酒とジュース、どっちが飲みたい?」


 ちょっと戸惑ったように息を詰めるアマーリエに、軽い笑みを向ける。

 気軽な二択。選んだら戻れない二択だ。


「えっ……そ、それでは、ジュースで」

「オッケー。じゃ、部屋に行くか」


 オレの執務室になっている部屋にいって、従者たちにジュースとグラス、そして氷を用意させる。

 軽くテーブルをセッティングして、入口に立ったままのアマーリエの方を振り返り、手を伸ばす。


「――ようこそ、夢の国へ」


 静かに、そして愛情をこめて。

 アマーリエの瞳がわずかに揺らいで見えた。


「お姫様、今夜はオレが全部忘れさせてあげる」



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