第5話 前のオレが言ったことは全部撤回な





「んじゃ、とりあえず視察に行くか。この辺で一番でかい都市はどこなんだ?」


 そう切り出すと、アマーリエが小さく胸を張った。


「それはもちろん、王都です」


 ちょっと誇らしげに言う様子が、ちょっと可愛い。


「ふーん、なるほどねぇ」


 王都っていうからには国の中心地なんだろ。そこから近いなら、ここは歓楽街としての立地はいい方だな。


 勉強のためにも、視察に行っておかないとな。


 でかい街には当然暗い部分がある。人間の欲望を受け止めるための場所が。とりあえずそこでこの世界の風俗ってのを見てみたい。参考にもなるし、ネタにもなる。


「んじゃ、この街をざっと見てから王都に行くわ。誰か案内――」


 オレが言う前に、クライヴが動いていた。オレのすぐ背後に回り、完璧な防壁の雰囲気を出す。

 ――近衛騎士だから当然とはいえ、こいつと行動するのは緊張するな。

 あんまり刺激しないようにしとこ。


「――街の視察は結構ですが、その後に王都に行かれるのは推奨できません」


 後ろのクライヴが事務的な声で言ってくる。


「なんで?」

「王都までは馬車で半日――夜は進みも遅くなります。いまから出発すれば、到着は明日の昼になります」

「馬車で、半日?! ……マジかよ」


 遠い。遠すぎる。

 そうだよな、そりゃこんな世界観で、自動車とか電車とか地下鉄とかねえよな。文明の力、ゼロだよな。


「んじゃ、朝方出発にしてくれ。それならちょうどいい時間に着くだろ。オレは馬車で寝るから」

「承知しました」


 にしても半日か……遠いな。まあ、遊びに来るにはちょうどいい距離かもな。オレにとっては遠いけど、この世界のやつらなら、リゾート地に行くのにそれくらいの移動時間がかかっても許容範囲内だろ。たぶん。


 王都から半日かけてここに来させて、酔わせて、楽しませて、何泊かさせて、金を落とさせて、満足させて帰らせる。

 そしてまた来たいって思わせる。そのためには、非日常感とリピート動機が必要だ。さてどうしようかね。わくわくするね。


「――わたくしも、視察に行きます」


 アマーリエが立ち上がる。


「……この街の中だけな?」

「どうしてですか。王都もご一緒します」


 いや、若いお嬢様を変なところに連れていってトラブルが起きると面倒くせえし。

 あんまり刺激が強いものをお嬢様に見せるのは気が引ける。


 オレはアマーリエの目をじっと見つめた。


「どこ行くかわかってる?」

「はい、王都でしたらわたくしもご案内できます」

「――オレは王都内の一番最下層の人間たちが集まる場所を見たいんだ。そんなところに、可愛いオレのお姫様を連れていけないな……心配で心配で、何も手につかなくなる」

「か――かわいい、なんて……も、もう……仕方ありませんね」


 ――チョロ~~~~い。

 頬赤くて可愛い。言われ慣れてなさそうなのが可愛い。悪い男に騙されんなよ?



◆◆◆



 そうして、チームの本拠地にしている神殿を出る。つーかオレ神殿にいたのか。なんか変な感じ。


 護衛を引きつれながら、街をざっと見て回る。


 見た目はまあ、古い。さびれた外国の街って感じ。そのまま。鮮やかさなんてないし。

 けど――歓楽街ってのは夜が本番だ。

 多少の古臭さなんて、夜の闇がうまく誤魔化してくれる。

 むしろ、それが味になるってもんだろ。


 通りには、どこか無機質な石造りの建物が並んでる。教会っぽいやつが多い。やたら神聖って感じ。


「この都市は、かつて聖域とされ、多くの神官たちが集まり、大変栄えていました」


 隣を歩くアマーリエが説明してくれる。


「めっちゃ高潔な街じゃん……居心地悪ぃわ」


 アマーリエは少し笑って、でも真面目な顔で続けた。


「時代の移り変わりにより、段々と人が減り、信心も薄れ……ですからユーリ様ご自身で、この街の信仰を復活させ、芸術を栄えさせ、一大宗教都市にする構想を建てられたのです」

「それって自分が『聖王子』だから? 神聖術とかいう神の御業を使って、信者集めるつもりだった?」

「……そ、そうですが? ユーリ様はご自身の力を大変誇りに思い、深く神に感謝されていました」

「へーえ」


 ……ご立派な話だな。

 でもなんか、イラッとくるのはなんでだろうな。


 それにしても、静かな街だ。

 もうすぐ夜だってのに、浮き立つような空気が一切ない。遊びに出るって雰囲気もない。


 住民の、こっちの様子を窺う視線がひしひしと刺さる。

 さびれた街だな、ほんとに。娯楽がないから、余計他人が気になるんだろう。

 しかもどう見ても貴族様御一行だしな。


 あんまり変わり映えのしない街中を進んでいくと、ふと、でかい建物が目に入る。

 まるで役所みたいな無機質さだ。そして古い。


 けど、人の気配がする。


「――ユーリ様、そちらには近づかない方が……」

「なんで?」

「そちらは、罪を負った浮浪者が収容されている場所です」


 なんだそりゃ。留置所とか刑務所とかみたいなもの?


「――ユーリ様の大事があって一時中断されていましたが……ここにいる者たちは明日には街の外へと送り出されますので、ご安心ください」


 犯罪者は街から追い出す、ね……それがこの世界のルールなのか。

 まあルールがそうなら、従うしかないよな。


「ふーん、ちょっと中を見せてくれよ」


 この世界の犯罪者ってのが気になる。


「な、なりません――危険です!」

「こっちは護衛がわんさかいるだろ?」


 この集団に手を出すようなバカな奴らはいないって。


 ほとんど押し切るようにして敷地内に入って、役所のような施設の中に入る。

 そして、警備員みたいなやつに声をかける。


「ご苦労様。オレはユーリ様。この中に集められてる人たち見せてよ」


 警備員みたいなやつはガチガチに緊張しながら奥に案内してくれる。

 そこは中庭みたいな場所で、屋外のふきっさらしの場所に頑丈な檻があった。


 檻の中では、病人、老人、けが人――見るからに弱った人々が、身を寄せ合って委縮していた。

 小さく、小さく――生きる希望をすべて失ったような姿で。


「……こいつら、何したの?」


 どう見ても、犯罪とかできるような元気があるように見えない。

 足のないやつ、包帯で目元を覆ったやつ、力なく座り込む老人たち。


 ――こいつらを街の外に放り出す?


 本気?


 それって、死ねって言ってるようなもんじゃねーの?

 こいつらがそこまでの罪を犯したって、どうやっても信じられない。


「――ユーリ様は、民に神聖術を施されて癒しを与えていました。ですが……この者たちは、神のご加護を得られませんでした」


 アマーリエが心苦しそうな顔で言う。

 つまり、前ユーリ様が癒せなかった連中ってことか。


「――それは罪がある故だと」


 ……ん? 癒せなかったのは、こいつらの方に非があるからってこと?


「神に見放されし罪深きものたちは、新しくなる都市にはふさわしくないと……」

「……だから、追い出すって……?」

「――仕方ないのです。神にすら見放された彼らを、神聖都市に住まわせておくことはできないのですから」

「それ、誰が言ったの?」


 問いただした瞬間、アマーリエの顔から感情が抜け落ち、まっすぐにオレを見た。そんなことを言われるなんて、一切思っていなかった――そう言わんばかりの顔だ。


 ……あ、これ言ったの、もしかして――前ユーリ様か?

 なんかアマーリエの目が「お前だろ」って言ってる気がするぞ。


「いや、誰とかはいいや。――それ、お前も本気で思ってる?」


 アマーリエ本人に問いかける。


 それがこの世界の普通の考え方かもしれないけれどな、オレはそういう選別嫌い。オレ自身が切り捨てられる訳アリ品だから。

 そうでなくても、胸糞悪いよ。


「簡単に切り捨てんなよ。歩けないやつは手先が器用かもしれないし、字をうまく書けるかもしれねえだろ」


 片目が見えなくても、耳が聞こえにくくても、それが何だってんだ。


 年取った人間は知識や人脈があるし、いままで生きてきた経験がある。


 つーか簡単に切り捨てんなよ、前ユーリ様。


 なんだかまるで、自分を神に見立てて、自分の力が及ばなかっただけのを『神の思し召し』とか言って責任転嫁してるだけの気がしちまうぜ。


 ――神の奇跡で人が救えないなら、人の努力で活かせよ。王子様ならさ。


 そして、檻の前へと歩み寄る。そして大きく息を吸って、声を張り上げる。


「あー、以前の命令? 全部撤回」


 ざわっと場の空気が揺れた。

 浮浪者たちだけじゃない。アマーリエや護衛たちも、揃って目を見開いていた。


「オレ死んだからな。死んだらチャラだろ? 甦ったしな。甦りなんてめでたいし、恩赦もありだろ?」


 右手をゆっくり掲げる。


 ルカくんに教わったばかりの神聖術。

 ユーリが聖王子と呼ばれる所以。


 治せるなんて思ってない。

 もしかしたらって期待はあるけどな。


 無理なら「やっぱり無理だわ、ごめん」って謝って、普通に雇わせてくれって言えばいいだけだから、気楽なもんだ。


 そう、オレはこいつらを雇いたい。働かせたい。都市の再開発なんて、いくら人がいたって足りないだろ。


 金色の光がほのかに周囲を照らす。

 檻の中の浮浪者たちが、ぎゅっと目を細める。

 傷ついた腕が、荒れた皮膚が、腐食した足が、次々と光に包まれていく。


 老いて曲がった身体が、しゃんと伸びる。

 膿んだ足を引きずっていた者が、両足で地を踏みしめた。

 光が、命を洗い直すように――ひとつ、またひとつと、痛みと衰えを癒していく。


「……こ、これほどの奇跡……っ。かつてのユーリ様ですら……」


 アマーリエの涙声が響く。


 ……ほんと、全員治ってた。

 しかも、足のなかったやつにまで足が生えてる。


 ――うおおぉぉおお?! マジで?!

 すげー! 奇跡すげーー!!

 足なくなってたやつに足生えてんじゃん!! やっっっっべえ!!


 うわ、やべぇ……え、これマジで聖王子じゃん……こわ……オレ、マジで神かも……?


 ダメだ。まだ笑うな。まだ堪えるんだ。

 くっ、どうしても口角が上がっちまう……まあいいや。ちょっと余裕ぶった顔で、お嬢様に営業かけるときのテンションでいこう。


 神聖術の光がまだほんのりと残っている中、オレは檻を開けさせる。

 そして中に入り、まだ座ったままのジイさんに手を差し伸べた。


「さ、立てよ。これから忙しくなるぜ」


 ボロをまとったジイさんが、おずおずとオレの手を取る。シワだらけの乾いた手。芯に熱いものを感じるぜ。強いな、このジイさん。


 わかるよ、人の手をにぎりゃ、その人がどんな人生を歩いてきたか、だいたい見えるんだ。


 オレは一人一人の手を取り、あるいは肩や背中に軽く触れる。


 スキンシップってのは大事なんだぜ。心の距離が一気に縮まる。使いどころに注意だけどな。


「お前ら、これからはオレのために働け。街を生まれ変わらせる。神様がお前らを見捨てても、オレは見捨ててやらねーからな」


 ひとり、またひとりと、膝をついて頭を垂れる。涙をこぼすやつもいた。


 おいおいやめろよ。オレは神様じゃねーんだから。

 ただのクズホスト。お前らと同じ人間だ。



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