恋の花
@KSGood
第1話 嘘と真実
蝉の声、風鈴の音、スイカの味、太陽に照らされたひまわりの眩しいほどの黄色。壊れかけの扇風機。真っ赤に染まった僕と君。典型的な夏休み…最悪だ。またか。
手と顔を洗い、生ゴミをポリ袋に入れ、畳に着いた汚れを酸性の漂白剤で消す。
トラックの後ろにポリ袋と最近買ったシャベルと、スコップを入れて、鉢に植えてある紫のアリウムを持っていく。君と一緒に山へ向かう。電話が鳴った。
携帯には[畠山 秀]の名前、僕の幼なじみだ。
「もりー?」もりは僕のあだ名で、小森の森からとっている。
「どうした?ひで。」
「顔見せてよ。」
「ちょっと待って…はい。」
「あれ?ドライブ中?」
「まあね。」
「どこ?」
「山。」
「どこの?」
「千葉。」
「は?そんな遠いとこで何してんだよー。」
「ドライブ。」
「そんな事はわかってんだよ。」
「ごめん、もう1人いるから…きるね。」
「彼女?」
「もう違うよ。」
「何?わかれたん?」
「今忙しいから…後でね。」
ブチッと電話をきった。
シャベルで30センチメートルほど掘って生ゴミと土をよく混ぜて掘り起こした土をかぶして軽く踏み固める。またスコップで少し掘り、鉢から土に植えかえる。そしてアリウムに水をやる。
電話が鳴った。またひでからだ。
「ねー!彼女とどうなん?いい感じ?」
「花のことだよ。」
「は?また花植えてたのかよ!いい加減花のこと1人とか彼女とかいうのやめろよ、気持ち悪いから。」
「うるさい。」
「んで?今回は何植えたの?」
「アリウム。」
「アリウム?聞いたことないな。」
「そう?綺麗だよ。」
「てかさ、どこの……」
充電切れだ。ちょうどいい。ああいう時のあいつは質問攻めで煩わしい。
高校生になってから初めての夏休み。道路で干からびるミミズを避けながら、彼女の元へ向かう。彼女を抱きしめる。彼女からキンモクセイの匂いがする。初めての恋、高鳴る鼓動。感じたことの無い高揚感。まさに天にも登る気持ち気持ちだ…最悪だ。またなのか。
手と顔を洗い、生ゴミをポリ袋に入れ、風呂の汚れを漂白剤で落とす。
トラックの後ろにポリ袋とシャベルとスコップを入れて、鉢に植えてあるアルケミラモリスを持っていく。
君と一緒に山に向かう。どんなに遠くても君とならどこにでもいける。
ひでからの電話だ。
「もりー?またドライブしてんの?」
「……悪いか。」
「また例のお花植え?最近連続殺人事件の被害者が山で死体見つかったとか聞くから気をつけろよ…。」
「………どこの?」
「兵庫県。」
「へぇ。」
「てか海育ちのくせに山とか花とか好きよなー。」
「だからだよ。」
「ん?飽きるってこと?」
「そうだ。」
「今日のはなに…」
電話をきった。お節介な世話焼き…そんなひでに救われる時もあるが、基本的にうざったらしい。
昨日植えたアリウムと同じようにアルケミラモリスを植えかえる。そして水をやる。30センチメートルも掘るのが億劫だが、何回もやってるとさすがに手慣れたものだ。
春の生暖かい空気と清々しい程の青空、くしゃみをする君と桜の花びらが落ちた髪。そっと花びらを取る君の長くて細くて白い指。最悪だ…もうか。
手と顔を洗い、生ゴミをポリ袋に入れ、家の前の大理石をデッキブラシでこする。
いつもの道具をいつもようにトラックに入れ、鉢に植えてあるアネモネを持っていく。いつものように彼女とドライブをする。日常は変わらないから日常なのだ。そろそろこういう悪循環をやめたい。
またひでから電話だ。無視するか。
アネモネをいつものように植えかえる。水をやる。暇なのでひでに電話してみる。
「おいっ!無視は違うだろ?どうせまたドライブしかしてないんだから、お前卒論どうすんの?やっぱり花?」
「そうだな。」
「これからはドライブするような暇なんてないだろ?こういうのはやめろよ?」
「うるさいっ!俺の勝手だろっ!」
「え?は?お前…自分のこと"俺"って言ってたっけ?なんか、大丈夫か?」
あぁ…うるさいうるさいうるさい…煩い、五月蝿い…
静かになった。どこかで風鈴の音が聞こえた気がする。やっぱり山は良い。すべてを包み隠してくれる。オトギリソウのように、全てを。
雪?雪だ…白い、甘そう…味がしない。つまらない。花はない。彩りもない…冬のベランダは寒い。声がでない…あ、あったくなって来た…眠い…。
「ひでっ!」ママ?開けてくれたの?俺はここだよ!
「やめてよっ!私の子よ!」
「あんた、ベランダに子ども放ったらかしといてよくそんなことが言えるね!」
「ひで!ひでっ!」ママ…ママ…叫びたいのに声が出ないよ…この人は誰?助けてママ…怖いよ。ママ?
「ひでちゃん、これどうぞ。」
しわくちゃの手で撫でられた、あったかい手。もう雪で凍えることもない。一緒に桜を見に行った。花火も夏祭りもハロウィンもクリスマスも。サンタがいるなんて知らなかった。
「ひでっ!」
「あなたどうやってここが…。」
「うるせぇババア!ひで!ひで!ママだよ!こっち来なさい!」
祖母があの女に突き飛ばされた。
「おばあちゃん!」
「あんた…あいつの味方するのね!?産んでやったのに!!あんたなんか死ねばいいのよ!」
あの女に腹を蹴飛ばされる。祖母とあの女が揉み合いになっている。やめて…やめて…
「離して!」
ドンッという爆音とともに祖母から赤いものがドンドン出てくる。
「えっ…うそ、うそでしょ!?…ぎゃあああ!」
あの女が耳障りな悲鳴を上げた。ドアからドンドンと音が鳴る。あの女がものすごい勢いでドアから出ていく。
「きゃっ…だ、大丈夫って…はっ…お、おばあさん!?大丈夫ですか!?あ、君は?さっきの人は?」
あぁ…視界がボヤける…気を失っているのか…。
雨?雨だ…冷たい、でも心地よい、悲しい時は雨水にあたっていたい。声がでない…胸が苦しくなってきた。祖父に肩を抱き寄せられる。墓石は冷たい。人の温もりはない。声も聞こえない。あぁ、なんだか眠くなってきた…。
彼岸花が咲く秋頃、カーディガンを着るような暖かさ、鈴虫が鳴いてうるさい夜。最悪だ…。
目の前で真っ赤に染まるカーネーション。鉢に植えてある赤いカーネーションを持ってドアから出ていく。
カーネーションをマッチで燃やす。ゴミ袋に燃やしたカーネーションを大切に入れる。海の浅瀬に入り汚れを落とす。海でびしょ濡れになった僕を心配する人はいない。俺以外には。生ゴミをいつものようにトラックに入れ、鉢に植えてあるジシバリを持っていく。君を1人にはさせないよ。電話が鳴った。ひでからだ。
「もしもし?ひで?」
「なあ、さっき千葉県の山でアリウムの下から身元不明遺体が発見されたって…お前、じゃないよな?そうだよな!?」
「え?ほんとだ…警察?」
「おい、もり!?なにが…」
警察にトラックの荷物を確認していいかと聞かれ、俺は快く答えた。さっきのひでの話、もしかしたら誰かが俺に罪を擦り付けたのかもしれない。事情聴取は免れないが、事件解決のためにできる限りの事は協力しよう。ん?警察だ。何かあったのか?
警察にジェスチャーで開けろと催促されてしまった。カチャリという音とともに俺の手首に手錠が着けられる。
「え?」
警察に向かう途中マスコミにたくさん撮られた。違う。やってない。誰かが俺に罪を擦り付けたんだ!違う!違う、違う違う!
「君さぁ…証拠は揃ってんのよ、トラックに身元不明の遺体と花があったの、アリウムの件も君でしょ?」
「アリウムを植えたのは確かです。だけど…。」
「遺体は埋めてない?」
「はい。」
「ふざけないでくれるかなぁ!?」
刑事はバンッと机を叩いた。まるで僕が犯人だと決めつけてるかのように。
「事件当日、僕はひでと電話してました。畠山秀です。」
「ふざけてんのか?畠山秀は…君の旧姓の名前だろ?小森 秀さん。」
「やだなぁ…刑事さん、何言ってるんですか?俺の名前は小森 義男ですよ。」
「義男は君のことを育ててくれた祖父の名前だろ?」
「は…?違う違う違う!違う!俺はやってない!」
「あれは…解離性同一性障害というものではないですかね。」
マジックミラー越しの被疑者に対して後輩がそう言う。
「ま、そうだろうな…最初僕って言ってたのに、小森 秀と呼んでから俺と言っている。」
「何人いると思います?」
「は?」
「彼の中に、何人いてその中の誰がやったんでしょうか。」
「関係あるか…?」
後輩の謎な疑問に不思議に思う。そんなことが気になるのか?どっちにしろこいつがやった事実は変わらない。
「俺らが事情聴取してみるか?」
後輩教育の為に疑問に思ったことを聞かせてやろうと思った。この被疑者の中の誰がやったにしろ、裁判は免れないだろう。
「はい」
事情聴取中の刑事の肩を叩き、交代を促す。
「変わるよ。」
「……わかった。」
「んで、誰がやったんだ?」
「知りませんよ。」
「今どっちだ?いや…どれだ?」と聞くと目が曇り初めて、しばらく沈黙が続いた。
「……秀です。畠山 秀。」
小森 秀…いや、小森 義男が友人と言い張ってた方の人格らしい。
「何人いる?」
「3人…もともとは2人だったんです。俺ともりの。もりが、母親を殺して…血で祖母の死がフラッシュバックしてショックで寝て…俺が出てきたんです。」
やはり解離性同一性障害だったか。と後輩と目を合わせる。
「それで母親を…生ゴミにして、花を植えたんです。さっき見た赤は、カーネーションの赤なんだって思わせるように。それから俺は電話してくるお節介な友達秀として、もりとずっと一緒にいたのに、最近もりの様子がおかしくて…ドライブで花を植えに行ってた頃から怪しかったんです。あの時止めていれば……。」
「……なるほど。」
「それで…こんなことやめようぜって言っても、もりの耳に届かなくて…そしたらもりが、自分のこと俺って…そこからどう頑張っても連絡取れなくて…1回、身体の主導権握れたことがあって、そしたら…。」
「そしたら?」
被疑者の目が曇り始めた。まさか、今"変わる"のか?
「っは、すみません…寝てました?」
「ちっ…くそが。」
思わず舌打ちしてしまった。記憶のない小森 義男からは何を聞いても意味が無い。
「す、すみません…あの、事件のことはわかりませんが、協力出来ることならします。」
「アリウムの花言葉ってなんですか?」
「僕の花だから紫ですよね?紫なら無限の悲しみ、正しい主張ですかね。」
「なるほど。」
花言葉なんて意味あるか?なんて思いつつ、こういう趣味の悪い凶悪犯罪者達は妙なこだわりがあるから、花言葉はこいつにとって大切なのかもしれないので一応念の為に他の花も聞いておこう。
「他の花は何植えました?植えた場所とその花言葉言ってください」
「植えた場所は同じ山ですよ、今日もジシバリを植えようと。」
「いいから、アリウムの次は何植えました?」
「アリウムの次は…アルケミラモリスです。」
「ある…あるけ…?」聞きなれない単語につい聞き返してしまった。
「アルケミラモリス。花言葉は輝き、献身的な愛、初恋、女性の幸せです。次に植えたのはアネモネです。花言葉ははかない恋、恋の苦しみ、あなたを愛します、見放されたです。最後に今日のジシバリの花言葉は束縛、いつもと変わらぬ心、人知れぬ努力、忍耐です。」
「……なるほど?恋に関する花言葉が多いんですね。」
「ぼ、僕は…花に恋をしているんです。ひでにはキモイと言われましたけど…。」
「にしても良く花言葉全部覚えてますよね。」
「確かに…なんででしょう」
目が曇った。小森 秀か、"あいつ"か。
「っ…はぁ…はぁ、まずいですよ、あいつが暴走し始めました、1回しか言えません、ボイスメモでもなんでもしてください。」
息切れをしている。目も虚ろで落ち着きがない。あいつに何をされたんだ?そしてあいつは何をしようとしてる?
「主導権を握れた夜、ニュースを見ました。アリウムの…もりが言っていたことと重なってて気づいたんです。でも、俺は脅されていたんです。あいつに、この花とゴミを用意しろって、さもなくば事件のことを全部もりに話すって…だから花と…し、死体を解体して生ゴミを用意し、もりに身体を引き渡しました。」
「なるほど?」
「いいですか、刑事さん、1回しか言いません。実はあいつが女性を殺して俺に身体を引き渡す際に見る夢があるんです。それに出てくる花はひまわり、キンモクセイ、桜、彼岸花です。母親の時植えさせたのはカーネーションでした。」
そう言い終えると被疑者の目が曇った。
「あ、すみません…疲れてて…眠くて。」
「さっきの花なんだっけ。」と後輩に聞いた。
「ひまわり、キンモクセイ、桜、彼岸花、カーネーション」
「そうそれ、その花言葉教えてくれませんかね?」
「えぇと、ひまわりはあなたを見つめる、憧れ、情熱、輝き。キンモクセイは謙虚、気高い人、真実、初恋、陶酔。桜は精神美、優美な女性、純潔。彼岸花は独立、情熱、悲しい思い出、諦め、再開。赤いカーネーションは母への愛、深い愛です。花に興味があるなら刑事さんも育ててみては?」
「……義男さん、花の植え替えは何故?ほら、山に植えるには少し…適応出来なそうな花もちらほら。」
「大丈夫ですよ、花は強いので、意外と生きていけますから。」
「義男さんは海育ちですか?」
「……そうですけど、それが何か?」
「いえ、殺人をする人の心理として、慣れた土地に近い環境では死体を遺棄しない傾向があるんですよ、あくまで傾向なので、気にしないでください。」
「はぁ…」
「カーネーションも植え替えたことあります?」
「は、はい…なんで知ってるんですか?」
「君が言っていたんだよ、正確にはもう1人の君かな。」
「は…?何言ってるんですか?」
「君さ…2人だろ?ずっと、畠山 秀と小森 義男の。」
「はい…?」
「気づいてるかわかんないけど交代する時目が曇るよね、意識がない状態。それがあいつにはないよね。」
しばらく沈黙が続いた。ひんやりと張り詰めたような空気。涼しいはずなのに冷たい汗が出る。すると被疑者がにやりと笑いだした。
「…………………ばれました?いやぁ…刑事さんすごいなぁ…秀にも気づかれなかったのに。」
「その道のプロなんで、一応ね。」
「へぇ…気に食わない。」
ドスの効いた低い声。先程の柔らかい雰囲気から一変した殺人鬼の雰囲気を纏ったこの男は…一体何者なんだろうか。
「なぜ…こんなことを?」
後輩の声が少し怯えている。
「若い刑事さん花言葉聞くのもすごいよね、そんなの気になる?あれは焦ったなー。」
「何故秀を騙してる?」
「ちょいちょい、そんな悪者みたいに言わないでよ〜…カーネーションの時は、ほんとにショックで殺したとは思ってなかったんだ、だけど夢を見た。初恋の人を殺す夢。でもそれは夢じゃなかった!血が吹き出した瞬間はアルケミラモリスのようだった。僕は…女性が死ぬ姿が花のようで…その姿に恋をした!興奮した!」
「アリウムは?無限の悲しみって…」
「やっぱり若い刑事さんはいい事聞くね!父親を殺した。…でも男は見苦しくて見てらんなかった。美しいのは花のような女性だけ。」
嬉々として殺人を語る…気持ち悪い。殺人を性的欲求として満たしている。
「でも秀に怪しまれ初めて…見放されたみたいな気持ちになったからアネモネを。でも俺は離すつもりは無いからジシバリを…刑事さん達は植え替えさせてくんなかったけど。」
「お前から畠山 秀に変わる時、夢を見るって言ってたな…あれは?」
「あれは僕の記憶、勘違いしてるって言う設定の…でも不思議なもんでさあ…2人演じてるうちに自分の中から"俺"と"僕"が分裂していくんだよな…だから3人いるっていうのは嘘では無いよ、本当でもないけど。」
「畠山 秀は?」
「寝てるよ、あいつ記憶が曖昧で気づいてないけど主人格だから、いなくなることなんてないよ。」
「母親、父親、初恋、次の恋…ジシバリは誰だ?」
そこから沈黙してしまった。3人目の被害者、4人目の被害者の身元も不明だ…共通点を洗い流すしかない。
「やっぱり…花に関係があるのでは?」
「花?」
「アリウムは誕生花で、5月16日、7月23日…偶然にも父親の誕生日は7月23日です。」
「母親は?」
「赤いカーネーションは5月12日、11月20日…母親の誕生日は11月15日です。」
「はぁ…偶然だろ」
真面目に聞いた俺が馬鹿だった。
「ただ、彼岸花は…9月20日、9月23日、11月15日です。」
「なるほどな?被害者の誕生日はどうやって割り出す?」
「夢に出てくる花と照らし合わせれば…なんとか」
「恐らく、植えた花の方は誕生日だろう、でも2つ以上あるんだろ?…夢に出てきた花の咲く季節を調べればわかるかもな。」
「……?あ、なるほど!」
「お前は誕生花を調べろ。俺は開花期間を調べる」
「はい!」
お互い携帯を取り出し、それぞれ誕生日と開花期間を調べた。
「アルケミラモリスは5月7日、10月24日です。」
「キンモクセイの開花期間は9月下旬~10月下旬だ。つまり10月24日。」
「アネモネは3月12日、3月13日、4月6日、1月22日です。」
「桜の開花期間は3月下旬~4月上旬だ。つまり4月6日か?」
「ジシバリの誕生花はありません…」
「ジシバリの開花期間は4月~6月だ……ほんとに誰なんだ?とりあえずその10月24日と4月6日で小森 秀と関わっていた人物を探すぞ。」
捜査の結果、1年前に行方不明になった元々小森の高校の同級生で、大学3年生で偶然同じ授業だった女性。10月24日の誕生日の山中 花鈴。今年の春行方不明になった、大学4年生で小森 秀のサークルの先輩だった緋山 華菜。誕生日は4月6日。悔しいが後輩が目をつけていた花…ましてや花言葉なんかに、被害者の共通点があるなんて。この事実を被疑者に突きつけたら、何か変わるだろうか。ジシバリの被害者が、わかるのだろうか。
取調室に入った。たった一日でこんなに人は変わるものなんだろうか?それとも…変わって見えているのだろうか。たった1日で、殺人鬼というだけで…。
「植えた花は誕生日、見た夢は開花期間…それで調べた。後輩がヒントをくれたおかげでさ。そしたら、父親の方はドンピシャ、ただ母親の方は彼岸花の誕生日だったが…3人目の被害者は山中 花鈴、高校の時と…大学3年生の時一緒だったな。」
「証拠は?確かに1年前に山中さんは行方不明になってますね。でも僕じゃない。」
「どちらにせよ、母親、父親、女性を殺した証言は取れてるんだ。」
「死亡時刻もわからない、だからアリバイもわからない、身元不明で被害者は花言葉と開花期間の憶測。事情聴取の証言なんて刑事さんに言わされた〜って言えば、何も無いから検察も動けないよね?」
「……そうだな、4人目の被害者は緋山 華菜さん…サークルの先輩で付き合ってたっていう噂もあったそうで、実際には違う人と付き合ってたとか。浮気されました?」
「だから!憶測ですよね?どれも証拠不十分だ!決めつけないでくださいよ!」
昨日殺人を嬉々として語っていた殺人鬼とは別に、今は言い逃れをしている犯人にしか見えない。余程ジシバリの被害者が誰なのか、ばれたくないらしい。
「そんなにジシバリの花、5人目の被害者が誰なのかバレたくないのか?」
「だーかーらー、殺ってません。」
実際全部こいつの言う通りだ。状況証拠はあれどアリバイや凶器などの物的証拠も、ましてや死体遺棄した場所も見つからない。こいつの言う通り同じ山で、花の下に植えたなら、目立つはずなのに。だから逮捕に至らす刑事の俺が事情聴取している。検察は殺人の罪では動けない…。
「ねぇ、ジシバリって身元不明の遺体があったって言ってたよね?それの罪で捕まえれば?」
「……身元不明の遺体にも、ゴミ袋にも、お前の指紋はおろか毛髪…皮膚すら…しかも他の人のDNAが検出された。このままだとお前はただの死体遺棄になっちまうだろ?」
「それでいいよ、俺はね?」
検察に余罪で調べて貰ってるが…。くそ、時間が無い。ここまで事情聴取してただの死体遺棄でした、なんて、それじゃ遺族が浮かばれない。
「高校の時、付き合ってたんだろ?山中さんと」
「そうそう、運命の再会ってやつ?」
「何故あんなに5人目の被害者だけ頑なに言わないんでしょう?」
「……さあな、誰かを庇ってるのか?」
「誰か…」
「……父親に対しての花言葉が憧れ…なんてことあるか?」
「……え?」
「今すぐ父親の連絡先調べろ、亡くなってるか確認してみろ」
「は、はい!」
他の誕生日と開花期間は一致しているのに、母親だけ違うのも気になる。
「生きてます、逮捕履歴の中にあるかと思って検索してみたら、これ…」
「畠山 則夫…現在服役中…よくやった!待て…なら…誰だ?」
余計に事が分からなくなってきた。頭を抱えていると、後輩が肩を叩き、メモを見せてきた。
・後輩のメモ
母親殺害
彼岸花(夢)
カーネーション(植えた花)
父親殺害
ひまわり(夢)
紫のアリウム(植えた花)
初恋(山中 花鈴)
キンモクセイ(夢)
アルケミラモリス(植えた花)
恋(緋山 華菜)
桜(夢)
アネモネ(植えた花)
???
ジシバリ(植えた花)
後輩がそのメモの父親殺害の部分を斜線で消した。
「憧れの対象…もしかして祖父…とか?身近な人物はそれしか。」
「かもな、母親の方も怪しい、カーネーションもそうだが、誕生花と開花期間はあってない。」
「それなら父親の方も…。」
「ミスリードだろ、捜査を混乱させるための、祖父の誕生日は?」
「えぇっと…」
後輩がパソコンの元へ向かう。
「5月16日…紫のアリウムの…誕生日」
「……カーネーションは恐らく祖母に手向けたものだろう。いや、これも憶測だな…。」
どうしたものか…と頭を搔く。
「でも祖父は行方不明届出されてます…息子の小森 秀から。」
「…」
「祖母の誕生日は5月12日…カーネーションと同じですね。」
「これは俺の憶測だから黙って聞いて欲しい。」
「……はい」
「祖母の骨を遺棄した。それがカーネーション。母親を殺害した。祖父にばれ、祖父を殺害し、死体を遺棄した。それがアリウム。女性は前の憶測のまま。そして、最後に母親の死体を遺棄するはずが警察に捕まる。それがジシバリ。」
「でも…畠山 秀の証言とは…」
「こっからも憶測だが、身体の主導権を握られてるうちは視界が見えないのかも。」
「……それなら筋は通りますね。」
「憶測を言ってみるか。」
また事情聴取だ。証拠が無いからか欠伸をしている。
「憶測だから、聞き流してくれて全然いいからな。」
「開きなおったんですね。」
「……身体の主導権を握られたら視界は見えないんだろ?だから秀の言っていたものと違っていた。最初に殺したのは母親だ、そして祖母の遺骨とカーネーションを植え、その記憶を母親のものだと誤解させた。母親を殺したことが祖父にばれ、殺害して死体を遺棄したのがひまわりとアリウムの件。2人の女性はおおかた憶測通り。そしてジシバリ…最初は誰か殺されたのかと思ったが…実は母親の死体だった。途中で畠山 秀にバレそうになり、それを遺棄しようとしたが、警察に止められた。」
「…刑事さんは想像力が豊かですねぇ!素晴らしい!!」
「畠山 秀、聞こえてるか?お前しかこいつを説得出来るやつはいない、もう一度頑張ってくれないか?」
「はは、刑事さんってば変な人だなぁ…はは。」
目が曇りだした。しばらく曇ったまんまだった。
数時間たち、目の活気を取り戻してこう言った。
「……俺です。俺が殺りました。母親も、祖父も、山中 花鈴さんも、緋山 華菜さんも。」
「ほんとか!?」
「……はい。司法取引はしません、死体の場所も教えます。」
「そうか。畠山 秀のためか。」
「……刑事さん、憶測1つ間違ってるのがありました。母親の時、誤解させようとなんて思ってなかった。むしろバレればいいと思ってた。俺の中に2人つくろうとしたのも…ひでに俺の暴走を止めて欲しかった。でもばれたらひでに…消されるかもって。精神科に通うと、心をひとつだけにするやつがあるんです。成功できるかはその人次第だけど…、ひでが消したいと思うなら、俺は消えるしか無い。けど…ひでが、消さないって…一緒に罪を償うって。刑事さん…ありがとうございました。」
頭を上げた小森の顔は爽やかで、垢が取れたみたいだった。
小森 秀は裁判でも十分に反省していたことと、精神障害者…解離性同一性障害ということ、家庭の事情により実刑は免れ、懲役10年、保護観察付きの執行猶予2年。普通の連続殺人事件よりは罪は軽くなった。
[速報です。5年前行方不明になっていた、花沢 謙也刑事62歳と森山 陽介刑事44歳の遺体が千葉県、市原市の山奥で遺体で発見されました。現場にはイヌホオズキと藤の花が添えられてあったことから、警察は17年前の大学女性連続殺人事件の犯人、小森 秀容疑者、当時・24歳と同一犯として捜査しているそうです。]
テレビを消す。スターチスを花瓶に刺し部屋にか飾る。11月19日、41歳の誕生日。やはり山はオトギリソウのように全てを包み隠してくれる。全てを。
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