祈り




 まあ想定内ではあったが実際、目の当たりするとかなりへこんだ。

 やる気が失せた。鬱になりそうだ。完全に自己否定された気分だ。

(……そんなにおれが悪いのか?)

 初対面のあんたらにおれの一体、何がわかるって言うんだ。

 おれはスマホの画面を見つめた。何度、読んでもそこに記されている内容は同じだった。


『あなたの今後のご活躍をお祈り申し上げます。』


 それだけを読むとああなんてこの人は人情味に溢れた良い人なんだろうと思うが、これはただの形式的な不採用通知なのだ。

「はあ……」

 おれは溜息をついて布団にどさりと背面から落下した。

 世間の景気ってやつが今どの程度なのかはおれにはよくわからない。これより好景気の時も不景気の時もあったらしい。ただ自分の体感で言うと日本って国はもうずっと不景気なままなのではないかと思ってしまう。

 つまらなさそうな顔をして満員電車に揺られる大人たちを見れば希望なんて何処にも無いことは明白だ。そもそも父や母が終始、何かを間違えたと顔面に刻み込みながら生きているのを直視させられている。

 だからもしかしたらこれが普通ってやつなのかもしれない。ただの普通ってやつが、逃れられない宿命のようそこにあるだけなのかもしれなかった。おれにはちと辛いぜこの国で生きてゆくのが。

 新着メールが来た。

 開いた。


『〇〇様

 株式会社△△採用担当の××と申します。

 この度は多くの企業から弊社へとご応募頂き誠にありがとうございます。

 厳正なる選考の結果、誠に残念で』


 うわああああああっ。

 スマホを部屋の対角線上へと放り投げた。そして歩いて拾ってもう一度、何かの間違いかもしれないと思い読み直した。うわああああああっ。

 そんな内容が一件や二件ではないのだ。

 現在、二十六件目。

(……おれって頭がおかしかったのだろうか?)

 少しはまともだと思い込んでいたが世間一般では何か致命的な過ちを抱えた奴だったのかもしれない。不採用通知も最初の内は余裕で、カスピ海ぐらい広い心でそれを受け止めることが出来た。まあそう簡単には決まらないだろうという予測もあった。だが周りの友人たちが次々と決まり出すと次第に焦りが出て来た。

(……何故おれだけ採用が貰えないのか?)

 就活から解き放たれ満面の笑顔でなんの役にも立たない助言をして来る連中に死ねと思った。もしかしたらあいつらはおれの友人ではなかったのかもしれない。そのような直面したくない事実とも向き合わなくてはならなかった。

 お祈りメールの文面には心が無かった。

 ここまで人間の心を無くすことが出来るのかと唖然とさせられる。全て空虚だ。上部だけだ。中身は空っぽだ。嘘偽りしかなかった。そしてそれを隠そうともせず全面に押し付けていた。おれはスマホを見つめる。

(この文章は一体なんなんだろう?)

 ぞっとさせられる。

 もはやホラーだ。

 おれの活躍を祈るだって?

 嘘つけ。

 もし仮におれが明日、死んだとしてもお前らなんとも思わないだろ。取り敢えずコピペして送っているだけ。このような会社に採用されなくて寧ろ良かったとさえ思える。いや嘘だ。採用されていたらきっとその会社を好きになろうと努力していただろう。

 面接では手応えがあったのに不採用通知が来ると本当にへこんでしまう。理由がわからない。気分を良くさせ、期待させておいて突き落とすそのやり方に人間不信になってしまう。

 夕食後、また新着メールが届いていた。

 タイトル『選考結果のご連絡』おれはそっと開いた。


『〇〇様

 株式会社△△の××と申します。

 先日はお忙しい中、弊社の面接にお越し頂き誠にありがとうございました。

 採用チームで十分に話し合った結果、高い自己成長意欲、共感力、そしてポジティブ思考の〇〇様の期待に沿えない可能性があると判断し今回は採用を見送らせて』


 一瞬、脳が誤作動を起こしやったあと歓喜しかけた。放火されろこんな会社は。人を一喜一憂させてそんなに面白いか。もはや嫌がらせとしか思えない。もう二度とお前のところの商品なんか買ってやるか、死ね死ね死ね。

 あー。

 どんどん心が荒んでゆく。人のいない世界へ行きたい。そこで永遠にぬいぐるみと談話していたい。

 面接で会った連中の顔が頭をよぎった。

 あいつら暇つぶしに他人の人生を弄びやがって。おれみたいな純真無垢な人間はもうこの社会では生きていけないのかもしれない。こんなメールを送り付けて平然と済ますような人間たちが結局はこの世界で利を貪るのかもしれなかった。それならもうおれは一生、無職でいいよ。

 それでもメールが来れば深呼吸をし、覚悟を決めてぶるぶると震える指先でクリックをするおれがいた。

(……どうせ駄目なんだろ?)

 おれは思った。

 なあ、そうなんだろ? もうわかってるんだ。だから最初から期待させるな。どうせ駄目に違いない。おれなんかを雇う会社が一部上場にあるわけない。それはもうわかった。だからもう何も言うな。おれはもっと自分に見合ったところを探すべきだったのだ。見栄なんて張らなくて良いんだ。株式会社チーカマ・アイランドとかそういったところに就職すべきだったのだ。そこでのボーナスは全部、現物支給のチーカマで、春夏秋冬チーカマのことを考えて定年まで働かなくてはならないのだ。そしてその頃には脳内の全ての主要回路は焼き切れて廃人と化してしまっているおれがいるのだろう。

 そのようなことを思いつつも(……さすがにそろそろ受かるのでは?)などと同時に思ってしまっている自分もいる。一体こんな右往左往をあと何回、繰り返せば良いのか? 早く解放されたかった。ポジティブ思考だって? あいつら人を見る目、無さすぎだろ。

 だがそのような全ての悪態は虚しかった。所詮、自分は選別される側であって、どのような正しさを主張したとしても判断するのは向こうなのだ。新着メールが来た。

(……ああわかったよ)

 おれは思った。

 どうせ駄目なんだろ?

 まるで仏のような気分だった。感情を掻き乱されるだけ損だ。大人って、多分こんな風にしてなるんだろう。あのかつてのみずみずしい感性はある日、突然、失われ、ぼろ雑巾のような物へと成り下がっている自分がいるだけなのだ。今はその途中経過だ。もうどうにでもなれよ。祈ってほしい。心の底からそう思う。このおれの活躍を心の底から祈ってほしかった。ありがとう。御社に必要の無いおれの活躍を祈ってくれて。心を無にしてそう思うことにしよう。

 メールは長文だった。タイトル『勃ち過ぎ』


『勃起状態の完全なる維持! びんびんで驚異の持続力! マカ? そんなものはもう古い! あなたのあの頃の若さが蘇ります! 一晩に何度も訪れる勃起状態があなたを快楽の渦へと引き摺り込む! 白目を剥き泣き叫んでも許されません! パートナーも悲鳴をあげる! これ以上、愛液を垂れ流すと死ぬと医者からも最終宣告! 誠に申し訳がございません! 数量限定にて販売しております! あなたの自信、取り戻してください! 自分以外の誰かになるなら今です! 下半身をもっこり膨らませた愛されキャラへ! 真夜中の淫獣が解き放たれる! わくわくセックスランド! 世界の中心で白濁液を迸らせる! ひいひい言わせる! 女子高生! 女子大生! 人妻! 義母! 愛犬! 愛猫! ミトコンドリア! 生きとし生けるもの全てが対象となります! 内閣総理大臣も絶賛、愛用中! とにかく穴さえあればそれでいい! そんな自分に出会えて本当に良かった! イマジネーション・ギャラクティカ・セクシャルバイオレンスタイム! 前屈みのあなたがヨドバシ辺りで発見される! メスによる争奪戦です! おちんちんが一本しかない苦痛にあなたは耐えられますか? 弊社では一切その責任はとれません! 嬉しい悲鳴のお手伝いをさせて頂きます! 改良に改良を重ね現在、有効成分が当社比1.25倍! 段違いの強度にあの小保方もイかされた? 弊社、問い合わせ欄に殺到中! ビルを囲んで火炎瓶を握り締めた犯罪者寸前の勃起待ち状態の人間が一斉待機! まずは一刻も早くこのメールを読んでいるあなたへ! 今世紀最大のハッピーを受け止める準備は出来ましたか?』



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