短編小説集

雨矢健太郎

冷蔵庫の開け方




 まず最初に冷蔵庫の開け方について説明をします。

 ここで言う冷蔵庫、とは特別な物ではなく一般的な何処の家庭にでもあるような物を指します。

 その冷蔵庫の色が白い場合、説明が幾分、簡略化されあなたは有利でしょう。

 白く、そして四角い冷蔵庫なら尚良いです。

 あなたがもし白くて四角い冷蔵庫を所持しているならそれは大変、喜ばしいことでしょう。

 冷蔵庫と対面したらまずは挨拶を交わしましょう。

「ちいーす」

 あなたは言います。

「あなたは誰ですか?」

 冷蔵庫が言います。

「人間」更に続けます。「お前は?」

「……見てわかりませんか? 冷蔵庫ですよ」

 大抵このように冷蔵庫は小生意気です。某進学塾から帰宅途中の小学生を思い描けばまず間違いありません。

 ここであなたは殺すぞっなどとけして言ってはいけません。まだその段階ではないのです。人間はすぐに感情が出ます。そして冷蔵庫に埋め込まれた人工知能はそれを冷徹に判断するでしょう。

 会話はなるべく当たり障りの無い内容から始めるのが良いでしょう。「オオタニ打ったね」とか。そして頃合いを見計らい本題へと突入するのです。

「あー喉、渇いたな」

「……」

 冷蔵庫は黙り込むでしょう。

 さっきまで仲良く会話していたのに。

 冷蔵庫は察したのです。何かやばい雰囲気を。自分の物を奪われるのだと。

 冷蔵庫の歴史。

 それは強奪の歴史でもあります。とにかく冷蔵庫はなんでもかんでも与えられ、そのあと全てを奪われて来たのです。アメリカ先住民のインディアン以上に奪われました。そしてその理不尽さを冷蔵庫は受け入れられなかったのです。中には号泣する冷蔵庫もいました。

「返せようっ」

 だが人間には冷蔵庫の号泣を理解する機能が付いていなかったので無視でした。自分の理解の及ばない範疇の事柄に関しては存在しないと定義付けることに於いて人間の右に出る者はいなかったのです。

 人間の喉が渇きました。

 これは事実です。

 ここで残酷な決断を迫られます。もしあなたがここで冷蔵庫に感情移入をすれば永遠に喉の渇きを潤すことは出来ません。

「あー、ビール飲みてえなあ」

 そして冷蔵庫からの返答を待たずして手を伸ばします。

 冷蔵庫はあなたの友達ではありません。別にそいつが泣いたって構わないではありませんか。どうせわたしたちにはそれを知る機能が無いのです。ただ知らないふりをしていれば良いのです。

 みんなそうしています。

 みんなそうやって自身の感覚を遮断させ、この世界で自分らしく楽しく生きているのです。冷蔵庫の泣き声なんて聞こえたって良いことはちっともありません。ただ頭がおかしい奴、扱いされて終わりなだけ。

 さあ何もかも見なかったふり聞こえないふりをして幸福になりましょう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る