青蟹記

青切 吉十

夏のせい(一)

 一週間ある、会社の夏休みの初日。海辺の街はおだやかだった。

 ぼくはやることもないのに、いつもの時間通りに起きた。

 しかたがないので、家の掃除をすませたあと、とりあえず、本屋へ出向き、ガブリエル・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」の文庫本を買った。税抜きで千二百五十円だった。その帰りにそば屋へ寄って、天せいろを食べた。同じく税抜きで千五百円だった。

 午後が丸々空いていた。やることはとくになかった。そこで、ぼくは、ふと、電車で海へ行くことを思いついた。


 ぼくとその街に深い縁はなかった。会社の都合でいまの賃貸マンションに引っ越して来ただけで、生まれた街は海から遠かった。

 引っ越してきたときに、海岸へ出かけただけで、海に足を向けることはなかった。泳ぐのは生来苦手だったし、ひとりで行くものでもないように思っていたからだ。そんなぼくが、海に行く気になった理由はわからない。チープな考え方ですませるのならば、夏のせいだったのだろう。

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