第11話 授業
「おはよう、斎理」
「おはよう、今日も遅刻してるけど」
「え?聞こえない」
「はぁ」
朝礼が終わった後、やっと紡が教室の中に入ってきた。授業が始まるよりは前に、教室に来くることは出来ているが、それでも遅刻していることには変わらない。何度注意したら朝礼前に学校に来てくれるのだろうか。おそらく、二年生の間は治らないな。来年は受験があるから……さすがに遅刻しなくなるよね。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴り、鷹田先生が教室の中に入って来た。今日の一時間目は鷹田先生の数学であり、朝から計算をするのは紡にとっては大変なことだろう。寝ないように注意したところで、きっと無駄だ。
「起立!」
先生が入ってきたことに気が付いた虚凛さんが号令を始める。虚凛さんはこの一か月で随分と委員長の仕事に慣れたようであり、今では何事も滞りの無く仕事をすることが出来ていた。いや、これは慣れてというわけではなく……ううん、こんな考えはやめよう。
「今日は、微分・積分の演習をしていきます。これまでの授業で学んだことを実践して解いてください。解き終わりましたら、先生のところまで持ってきてください」
鷹田先生はそんなことを言って、クラス全員に演習プリントを配っていく。そのプリントの内容は、決して解けないほど難しいということはなかったが、それでも僕にとっては十分難しいものだった。おそらく、虚凛さんのような人ならあまり苦戦しないのだろう。もっと復習をしておけばよかった。
しかし、後悔している暇は無い。早速解いていかないと。
問題三
関数 f(x) = x^3 の x = 1 における微分係数を求め、グラフ上のその点における接線の傾きを考察せよ。
えーっと、これはこうして……
問題八
1.∫(3x^2+7x−3)dx
2.∫(3t^2−4t+5)dt
これはまだ簡単だ。これは……
問題十
関数 f(x) =- x^2+4と g(x) =2 x-3のグラフで囲まれる領域の面積を求めよ。
うわっ、めんどくさい。でも、これは六分の一公式を使うことが出来るんだっけ?
発展問題(任意)
ある商品の売上を時間 x(月)に対して関数 f(x) = x^3 - 6x^2 + 9x で表すとする。この商品の売上の伸び方が変化する瞬間を調べたい。そのときの月と、そのときの売上を求めよ。
は?これはどうやって解けばいいの?いいや、任意だからこの問題は諦めて先生に採点してもらおう。
そう思って斎理が立ち上がった時、ほぼ同じタイミングで虚凛さんも立ち上がって先生のところにプリントを提出しに行っていた。その光景を見て、斎理は目を疑う。何故、ほぼ同じタイミングで終わったんだ?
僕に比べたら、虚凛さんのほうがずっと頭がいい。だから、解き終わってからも僕のことを待つことで一緒のタイミングで終わったように見せかけることは出来るだろう――虚凛さんの席が僕の席よりも後ろであるのならば。
実際には虚凛さんの席は僕の席より随分と前の方であり、僕が終わったタイミングを知るためには後ろを見る必要がある。しかし、彼女はそんなことをせずに同時に終わらせた、つまり、それは……。
こういうことなのかな、水城澪が言っていたことは。いや、まだそうと決まったわけではない。偶然、一緒のタイミングになっただけの可能性はある。斎理はそう思って、先生にプリントを提出しに行った。
「先生、終わりました」
そう言って、斎理は先生にプリントを差し出す。何回か見直したから、間違いはないと思うけど、間違いを見逃している可能性があるから油断できない。
「はい、淡河さん、ほとんどできていましたが、一個だけ間違いがありましたよ」
「え?」
斎理は間違いがあったことに驚き、急いでプリントを確認する。すると、そのプリントの問題七にちょっとした間違いがあった。
問題七
関数 f(x) = x^3- 3x^2 + 2 の最大値・最小値を、区間 0≦x ≦3で求めよ。
「ここの計算が少し間違えていますね。とは言え、簡単なミスですからやり直しはしなくていいので、今後は気をつけてください。授業が終わるまで二十分ぐらいあるので、問題集をしてください」
しっかり見直したんだけどな……。そう思いながら席に戻ろうとした時、教卓の上にある虚凛さんのプリントが目に入って、無意識のうちにその中身を覗き込んでしまう。そして――問題七の答えが見えた。
一瞬、息が止まる。
全く同じ間違い
虚凛さんは、僕と同じ時間に解き終わっただけでなく、その回答まで全く同じだったのだ。こんなことがあり得るのだろうか。いや、あり得るはずがない。しかし、それは偶然ということでは説明できない。本当に――彼女の模倣はこの域にまで到達しているのだろう。
でも、今はそのことを無視しないといけない。ここで立ち止まってしまうと先生に不自然に思われてしまう。斎理は、視線をそっと虚凛さんのプリントから外し、何事もなかったかのように歩き出した。心臓の鼓動がいつもより少しだけ速くなっている。それでも、表情には出さないように努めた。
席に戻り、ペンを手に取って問題集を解くふりをする。僕は、このままでいいのだろうか。虚凛さんから離れたくない――だけど、このまま一緒にいると壊れてしまう。
正解が分からない。このままの関係を続けるのが、僕にとっても、虚凛さんにとってもいい結末になるのか。僕には到底いい結末になるとは思えない。
どうしたら、いいんだろうか?
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