くねくね殺人事件
黒澤 主計
前編:こちらクネーク。潜入ミッションを開始する
これは決死のミッションだ。
耳を澄ます。わずかな足音、息使い。空気の流れを肌で感じ、安全なルートを導き出す。
「どこだ? 奴は一体、どこへ隠れた?」
忌々しい。
なぜ奴らは、こんなに執拗に俺を追う?
「落ち着け」と自分に言い聞かせる。
足音が遠ざかった。明らかに、付近から人の気配が消える。
今こそ、チャンス。
「よし」と俺は素早く、物陰から飛び出そうとした。
だが、失敗。
すぐ真横で、ハッと息を飲む音がした。
「くねくねだ! くねくねがいるぞ!」
俺は人間じゃない。
いわゆる、『妖怪』と言われる類の存在だ。
最近の世の中では、『くねくね』という名で呼ばれている。
趣味はダンス。田舎の村の中などで、クネクネっと身を揺すって踊るのが好きだ。
しかし、それを人に見られてはいけない。
「おい! なんだよアレ」
踊りに夢中になりすぎて、うっかり人に見つかってしまう。
それは、『悲劇』の瞬間だ。
「くねくね~、くねくね~」
数えること三秒。おれの姿を『はっきり』と見た人間は、『呪い』を受ける形になる。
以後は『くねくね~』とひたすら身を揺すり続けるばかりになってしまう。
なんと、罪深いことだろう。
だが、これはどういうことだ。
「殺人事件。そして犯人は、同じ部屋にいた男」
刑事と思われる男が、『現場』を捜査していた。
刑事の年齢は三十代の半ばくらい。外見は、かなり濃い。
顔にはサングラス、リーゼントにした髪で、もみあげが長い。
そして、真っ白なマスクで口元を覆っている。
階級は警部補らしい。名前はたしか、『
俺たちの住む村は、人口が五十人ほどの小さなところだ。見渡す限り畑と田んぼばかり。周囲は森に囲まれ、そんな中に小さな家が点々と佇んでいる。
事件現場となったのは、そんな一軒の家の中だった。
「被害者は、地元で画家をやっていた、と」
こっそりと、俺は物陰から様子を見る。
家の中で、胸をナイフで一突き。眼鏡をかけたやせ細った男だった。
「そして、容疑者は
ふむふむ、と状況が反芻されていく。
これで解決か、と通常なら思う。
だが、この状況には問題があった。
「くねくね~、くねくね~」
力井戸という名の容疑者は、しきりに奇妙な踊りを続けていた。
「警部補、ずっとこんな調子のようです。この男が殺したのは間違いないようなのですが」
部下から報告を受け、「ふむ」と警部が頷く。
「つまりは、『責任能力が疑われる』ということか」
これが、人間の社会のルールらしい。
『責任能力』。いわゆる、正気を失っている状態で問題視される。
これがないと判断されると、『犯罪の責任を問われない』ことが起こりうる。
「くねくね~、くねくね~」
力井戸なる男は、今もしきりに体をくねらせている。
「この近辺では、ちょくちょく見られる症状のようです。『くねくね』とかいう妖怪が棲んでいて、それの姿を見てしまうと、こんな風に正気が失われるとか」
「犯行時はずっと、こういう状況にあったということか」
むむ、と警部補が険しい顔をする。
どうも、良くない風向きを感じる。
「要するに、その『くねくね』って奴が原因となるのか」
モヤモヤする。
くねくねを目撃した話は、この村ではよく囁かれている。俺を見てしまった人間が正気を失い、周囲の人間が慌てて保護する。
「たしかに、このところ『うっかり』は多かったがな」
最近、何人かに間違って呪いをかけてしまってはいた。おかげで、最近は『くねくねの被害』に関して周囲ではかなりの噂が広がってはいる。
だが、一生そのままっていうわけじゃない。俺を見てしまった『呪い』は、大体三日くらいで解ける。後遺症も基本はないし、またすぐ元の生活に戻れるものだ。
「でも、あいつは絶対に嘘だ」
俺は絶対に、あの力井戸という男には会っていない。つまり、呪いをかけてはいない。
なのに、奴は『くねくねのせいで正気を失った』と世間にアピールしている。自分が呪いによって心神喪失に陥っているのだと。
そうやって、自分が犯した殺人を『無罪』にしようとしている。
こんなことが、許されていいものか。
元々、俺のこの体質は『呪い』なんかじゃない。一時的に知性を失う代わりに、ちゃんと人間に『利益』も与えるように出来ていた。
『くねくね』なんかじゃなく、もっと別の呼び名もあった。
それが今は忘れ去られ、悪質な妖怪みたいに言われてしまっている。
「ちょっと、外の草むしりしておきなさいって言ったでしょ?」
近くの民家で、母親が激怒する声が響いてくる。
「ごめーん。多分、くねくねのせい。それで最近忘れっぽいの」
小学生くらいの子供の声が、悪びれもせずに言う。
「あちゃー、スーパーで納豆買ってくるの忘れちゃった。くねくねのせいだな」
買い物帰りの中年女がそう呟く。
最近、こんな声がよく聞こえる。
「学校のテストが赤点だった。絶対くねくねのせいだ」
「おじいちゃん、さっきごはん食べたでしょ? くねくねのせいね」
「企業献金、収入に記載するのを忘れました。くねくねの責任です」
どいつもこいつも、何かあると俺のせいにする。
あの、殺された男のことは覚えている。田んぼの前で絵を描いていて、その途中で俺の姿を見つけてしまった。
あくまでも、呪いをかけたのは数人のみ。村中の人間に目撃されるほど、俺はドジを踏み続けてるわけじゃない。
「もしかすると、近くにいるだけで呪いがかかるのかも。くねくねと同じ空気を吸ったとかで、頭が悪くなっちゃったりすることもあるのかも」
近くの民家の中から、そんな声が響いてくる。
「そうねえ、ただでさえ、最近は息苦しいのにね。頭の血のめぐりも悪くなりそう」
なんなんだ、一体。
「とりあえず、全部くねくねが悪いんだね」
「そうね。くねくねが悪いのね」
ほのぼのと、親子がそんな結論を出す。
俺はもう、限界だった。
「やっぱり、あいつだけは許せん」
村の中では、俺を悪く言う奴の数がどんどん増えていく。
何もかも、あの力井戸とかいう奴のせいだ。
「どうにかして、俺は無実だっていうことを証明しないとな」
力井戸という男が嘘をつき、殺人をしたのは俺の呪いのせいだと示そうとしている。
きっと今も、『くねくね~』と呪いにかかった振りをしているに違いない。
「なんとか、あれは演技なんだってことを証明できれば」
こういう時、俺の体はとても不便だ。
万が一、人に目撃されたら厄介なことになる。相手の正気を奪ってしまい、数日間は『くねくね~』と体を揺するだけになってしまう。
「まずは、情報収集だな」
どうすれば無実を証明できるかはわからない。人と会話をしようにも、俺を見た瞬間に人間は普通じゃいられなくなる。人間の使う文字なんかも俺は知らない。
「力井戸の奴は、隣町の病院に運ばれたんだったな」
まずはそこで情報を掴み、その先で『無実を証明する方法』を考えよう。
「あとは、どうやってそこまで向かうかだ」
村の中を見る。隣町まで向かうには、この広々とした田園地帯を抜けねばならない。
一切、身を隠すものがない空間を。
「どうしたものか」と周囲を見回す。
現在は豚小屋の陰に身を潜めている。今も近くでは野良仕事をしている人間たちがおり、下手に飛び出せば阿鼻叫喚の地獄絵図を作ってしまう。
「む」と両目を見開く。
すぐに、『打開策』が見つかった。いかにしてこの難易度の高い状況で『スニーキング・ミッション』を完遂するか。
そのために必要なアイテムが、はっきりと視界に捉えられた。
打ち棄てられた、『ダンボール箱』が。
「これより、潜入ミッションを開始する」
ダンボールの中に入り、俺はゆっくりと畦道を移動していく。これで傍から見る分には茶色いダンボールが打ち棄てられているだけとしか見えない。
まさに、完璧な作戦だ。
そう、思っていたのだが。
「あれ、なんでこんなところにダンボールが?」
田植えをしていた老人が、不思議そうに俺の方を見る。
通り過ぎろ、と必死に念じる。これはただのダンボールですよ。収穫したお野菜を入れるため、ちょっと置いてあるだけですよ。
「おかしいな。風で飛んじゃったかな」
老人は一人でそう呟き、ひょいっと俺の入ったダンボールに手を伸ばす。
やめろお、と俺は心の中で強く叫んだ。
「くねくね~、くねくね~」
く、と俺はダンボールの中に身を戻す。
開始数秒で、最初の犠牲者を出してしまった。
今も畑の真ん中で、老人は一人で身をくねらせている。
「この作戦、実はあんまり良くないのか?」
ダンボールに入って移動する。完璧なステルスアクションと思ったのだが。
「おい、なんだあれ」
しかも、どんどん難易度が上がっていく。
老人が大声で「くねくね~」と叫び続けるため、他の村人たちまでこっちを振り向く。
まずい。まずい。まずい。まずい。
「なあ、じいさんのあの動き、もしかして」
中年男が俺の方に近づく。
「間違いない。また『くねくね』が現れたんだ」
隣の男が神妙に言う。
やめろ、こっちに来るな。
そこまで気づいたんなら、さっさとこの場を去ってくれ。
「おい、あのダンボール怪しくないか? なんで、じいさんの横にあんなのあるんだ?」
足音が近づいてくる。ぬっと両手を伸ばそうとしてきた。
「ニャーオ、ニャーオ!」
咄嗟に猫の鳴き真似をする。
「これ、絶対に猫じゃないよな」
失敗。俺の声はものすごくシブい。
またしても、ダンボールに手が伸ばされた。
「大変だ! くねくねだ! くねくねが現れたぞ!」
ちくしょう、と毒づかずにいられない。
村人たちが集まってくる。『呪い』を受けた三人を見て、戦慄した様子を見せる。
お前ら、どういう了見だ。くねくねは見たら危険だというのに、なぜそこまでわかって集まってくる。
こういう時は、家にでも閉じこもるのがセオリーなんじゃないのか。
「まずいな。今もどこかに潜んでいるのかも」
そうだよ。それが悪いか。
もう、ダンボールは使えない。
周りの奴らが騒ぎ出す前に、俺は素早く水田の中へと飛び込んだ。稲穂が長く伸びており、屈んでいればどうにか姿を隠せる。
「猟友会の人に連絡した。今すぐ、銃を持ってやってくるって」
バカ。やめろ。
「くねくね~、くねくね~」
オレンジ色のジャケットを着た男たちが、しきりに体を揺すり続ける。
なんという、バカな奴らか。
くねくねに関しては、『三秒ルール』が存在する。最初の一秒で目を逸らせばセーフだが、三秒間見つめ続けると呪いが発動してしまう。
そんな相手を、どうして『銃』なんかで倒そうとするんだ。
あんな、じっと見つめないと使えないようなものを。
「俺は、誰にも迷惑をかけたくないのに」
いったんは逆方向へ進み、民家の裏へと身を隠す。それでも足音がやむことはなく、どいつもこいつも必死に俺を探そうとする。
だから、なんで追ってくるんだ。
「みんな、気を付けろ。あいつの呪いにかかると、『知性』が失われるっていうからな」
お前らに、失って困るほどの知性があるのか?
「なんのつもりなんでしょう。ここへ来て、いきなり何人も襲うなんて」
俺は何もしてない。ただ移動したかっただけなのに。
「とりあえず、消毒だけしますか」
透明な消毒液が、周囲になぜか振り撒かれる。
こいつら、やることが全部ずれてやがる。目を覆えばいいのに、なぜか全員が白いマスクで口元を覆っている。
どうする、と物音に意識を集中する。
どうすれば、俺は安全にこの場を脱出できるのか。
その後も、死屍累々の状況が出来上がった。
「あれ? これってもしかして」
村に住む子供と遭遇した。今度はちゃんと、自分の目元を両手で覆う。
「くねくね~」
だが、失敗。
まさか、指の隙間からこっそり見てくるとは。
「なんか、ヌルっとしたものが!」
通りかかった男に飛びついて、『体術』で気絶させようとした。
だが、やり方がよくわからない。「くねくね~」とすぐに姿を見られてしまった。
「こっちの方から、声が聞こえたぞ」
そしてまた、人が集まってくる。
「最初から、こうなる運命だったのか」
とぼとぼと、俺は畦道の上を闊歩する。
今も村のあちこちでは、「くねくね~」と身を揺する奴らの姿が見える。数にして五十以上。ちょうど、この村の人口と同じ。
俺にはどうも、スニーキングの才能がなかったらしい。
「この村、全滅させちまった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます