身バレ凸

「あ、今更だけどあたし、名のっていなかったわね」


「あ~たしかに」


互いに息を荒くしてベンチに腰がける

彼女の話がどうでもよかった星凪は、相槌を打つ。


「私は【愛夢 美桜(あいむ みお)】高校生よ」


「風見(かざみ) コウ、今は風見 星凪(かざみ・せいか)って名のってる」


制服の上からでもわかるたわわな物を前に付きだし

自身ありげに自己紹介をする。


「で、なんで俺をこんな目に合わせたの?」


「それよりさぁ....とりあえず、服どうにかしない?

職質される前に」


美桜は目のやり場に困るといった表情で俺を見る

視線を下に向ければ、上はタンクトップから始まり

次にステテコとその下はサンダル。

控えめに言っても、この見た目の女がするには刺激的を通り越し

加齢臭漂ようコーデとなっており、


「通報されそうな視線、マジで来てるな」


 ベンチの向こうを通りかかった親子連れの母親が、

俺のことを遠巻きに見て顔をしかめた。

くそっ、現代社会はこんなにも視線に厳しかったか?


「私のセンス掛かれば、明日から、パリコレのど真ん中歩ける

コーデを用意してやろう」


「おい」


美桜が立ち上がって俺の腕を引く。ずるずると引きずられ、

俺はそのまま近くのファッションセンターへと連行された。


「――で、俺をこんな格好にした理由は?」


ピンクのフリフリTシャツに“I'm So Kawaii!!”とデカ文字で

プリントされた服。スカートにはラメ入りのハート、足元は光るスニーカー。


「J-POP風って言われてたやつ」


「俺の知ってる、J-POPでわ無い」


すると美桜は信じられない物を見る目でこちらを見つめる。

その目はどちらかと言えば、俺がお前に向ける目だ。


「テメェのセンスは中二男子か、

サバゲしすぎて頭おかしくなったかの2択だな」


「ちょっと派手にすれば“原宿ロック”になるのよ!」


「なるかよ。サバゲー帰りの人だよ」


渡されたのは、黒のコンバットパンツに迷彩タンクトップ、

その上からミリタリー要素の強いジャケット、そしてスカルのネックレス。


「おいおい、それ地味すぎないか?」


「お前のセンスは、何らか法で規制されるべきだ」


結局、俺が選んだのは地味なグレーパーカーに黒スキニー。

これ以上、美桜の“毒電波ファッション”に巻き込まれるわけにはいかなかった。


「せっかく女の子になったんだから、アナタみたいなのはもっと遊ばなくちゃ」


「遊ばない」


今は制服を着てる美桜だが、コイツのプライベートの服装を見て見たくなった。


「で、アンタは,.どこに俺を連れて行こうとしてるんだ?」


「そうだね~」


「おわ⁉」


俺の顔をガシっと両手で押さえ、ジッと無言で俺を見つめる。


「あ~とりあえず、ご飯でも食べに行かない?」


「ねぇ!、なに今のなに!?」


「まあ、とりあえず高いの奢るから」


 店内に足を踏み入れた瞬間、俺はたじろいだ。


天井からぶら下がる造花の花束。

壁にはピンクとアイボリーのパステルカラー。

ガーリーな手描き文字でメニューが並び、小さな黒板に

「季節限定!パフェ♡」と書いてある。ハートマーク、星マーク、

レースの縁取り。なんだこれは、幼児向け絵本の中に迷い込んだみたいだ。


店員の制服も気合が入っていた。白シャツにピンクのエプロン、

胸元にリボン。

周囲を見渡せば、女、女、女

照明が設置されていて、女子たちはスマホを構えて、

パンケーキを撮影している。


何だこれは


「愛夢さん、なんですかこの空間」


「カフェだけど?」


何言ってんだコイツといった顔で俺を見る。

俺がおかしいのか、俺は男だぞ?


「ほら、さっさっと座る、お店の人に迷惑でしょ

はいメニュー」


「あ、ハイ」


席に座るよう促されオズオズと座り。

渡されたメニューを開く。

内容の7割ほどがいわゆるSNS映えのするものだ。


とりあえず、ここは一番安いので...待てよ

そもそもなんで俺がこいつに気を使う必要があるのか

こっちは迷惑を被っているのだから、こいつへの嫌がらせの意味もかねて

一番高いメニュー、グリルチキンプレートを...


「えー、そんなの頼む? せっかく来たのに可愛いの頼みなよ!」


美桜はメニューをひったくると、勝手にウェイトレスを呼び、


「こっちは季節限定のストロベリーパフェと、ハニーミルクティーで」


と笑顔で注文。


「おい、俺そんなもん頼んでな…」


出された瞬間、思わず黙る。

グラスの上でふわふわと光るホイップ、散らされた金粉、

飾られたマカロン。

なんだこの、見るだけで脳が糖分まみれになりそうなやつは――

でも、不思議と悪くない。


「ほら、一口あげるから写真撮ってあげるよ」


「は? 俺はそういうの、SNS映えとか狙ってねぇし」


「SNS?」


「...何でもない」


断るつもりだったのに、気づけ携帯を構えていた。


その横で、美桜はスマホをものすごく鋭い目つきで

スマホの画面を睨みつける。


前世で映えるとか言って写真を撮り、一言二言添える

女の裏の顔を見てしまったと恐れおののく。


「....ごちそうさまでした。」


「お粗末様でした。

じゃ、ショッピングの続き楽しもうか。」


彼女は手を引き、走り出す。

「ねえ」

「う~ん、まだ夏じゃないけど、水着を見に行くのも悪くないかもね」


しかし、美桜は店に入ったと思ったら、そのまま出口から抜け、

人混みの多い通りへと入っていく。

わざと人と肩をぶつける勢いで、間をかき分けるように進む。


「美桜さん、無視しないでください」

「星凪ちゃんってさ、アイドルとかやってて、追っかけとかいる感じ?」

「はぁ⁉ アイドル? するわけ……⁉」

「――振り向かないで」


声のトーンが、さっきまでの軽さとは違った。

冗談ではない。そう直感した瞬間、心臓が一拍遅れて跳ねる。


背中の奥が、ざわりと粟立つ感覚。

ざわめく人混みの中で、やけに鮮明に響く足音があった。


それが人の話し声や車の走行音に紛れない。

まるで俺の歩幅と呼吸に合わせてくるみたいに、耳の奥にこびりつく。


「……いる」


唇が勝手に動き、声にならないほど小さく呟いた。

喉が乾き、冷たい汗が背中を伝う。

握っている美桜の手の温もりだけが、現実との接点みたいに感じられた。


情けないと思いながらも、その手を強く握る。

美桜は何も言わず、俺の腕を引き、次の角を迷いなく曲がる。

その拍子に、俺の肩越しに視界の端をかすめた影があった。

ほんの一瞬、こちらを見ているような――そんな錯覚が、全身を固くした

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