第2話 夢魔のヴェレム:夜診録『夢の中に入り込んで、あなたの全部──奪ってしまいましょうか?』

【現在:寝顔を見ながら】


(SE:静かな夜の空気、遠くで虫の声、揺れる蝋燭の音。セレンの微かな寝息)


……ふふ。診察台で眠ってしまうなんて、


先生。

あなたって、本当に、どこまでも無防備なんですから。


(SE:ヴェレムが診察台に座り、軋む音)


こんなふうに、無防備……。 あなたって、本当に……そういうところが、罪ですね。


(SE:髪を指先で撫でるような微細な音)


ねぇ、覚えていらっしゃいますか?


あの夜のこと。 あなたが、初めて魔王軍の面接に現れたあの夜──いえ、名目はただの“夜間業務”でしたね。でも、どういう業務かわかっていらしたでしょう?


(SE:過去へ切り替わるフェード音)




【回想:面接の夜】


(SE:湿った路地裏の足音、地下への扉が軋む)


「私はヴェレム=ノクターナ。魔王軍の面接官です。あなたの腕を見せていただけますか?」


(SE:ヒールの近づく音)


「まずはテストです。──古医術師セレン=アルウェイス。古の医術に通じていらっしゃるとか。あなたは無事にクリアできます?」


(SE:書類を差し出す音、ページをめくる音)


「獣人族の近衛兵。


 腕の腫れと発熱、筋肉痛が続き、魔法薬でも改善しない。


 この薬が、実際に使われた魔法薬です」


(薬瓶を置く音)


『この症例は、万能薬の副作用による筋繊維の再生暴走だ』


一目で、言い当てましたね。


軍医長でさえ首を傾げた症例を、あなたは、迷いなく、静かに──けれど確信をもって診断した。そして、実際に兵士を治療し、その痛みを取り去ってみせた。


でも。


その中で、私の目にもっとも深く焼きついたのは、

薬草を調合するあなたの手でも、兵士に寄り添う声でもありませんでした。


──“怯えていた”あなた。


周囲の空気に、私の目に、軍の圧に。


それでも逃げず、震えながら、踏み出した一歩。


……刺さりましたよ、先生。 私の中に、ずっと抜けない棘のように。


(SE:沈黙、空気が張り詰める音)


……そして、あの時のあなたの顔。


「……今さら、逃げられると思います?」


──そう私が言った時、あなたは目を見開いて、一瞬、凍りついた。


でもその怯えと、ほんのわずかな反発の混じった表情が……ぞくぞくしてしまったのです。


まるで捕まえた蝶が最後にもがくみたいに、美しかった。


……その顔、今もはっきり覚えていますわ。


【契約の夜】

(SE:羽ペンの音、契約書が広げられる)


「では、報酬はこちら──金貨百枚。そして、こちらが契約書」


(SE:椅子が引かれ、距離が詰まる音)


「先生の医術は、魔王軍……いえ、私にとっても貴重なものです」


「……あなたの命は私が“握っている”」


(SE:囁く声が近づく、呼吸がマイクにかかる)


私があなたの首に指を添わせると、その鼓動が、ぴくりと跳ねましたわね。


(SE:喉元をなぞるような指の音、微細な衣擦れ)


細くて、繊細で、でも芯がある……。

まるで、そこに“生”そのものが詰まっているみたい。


この命を握っているのが私だと思うと……


(SE:低く、甘く、耳に息を吹きかけるような囁き)


ふふ……ぞくぞくしてしまいますわ。


あの時、あなたの瞳が揺れた。

恐怖と、ほんのわずかな期待が入り混じった……


ねえ、先生。

あなたは気づいていませんでしたでしょうけど──


あの夜、私のほうこそ、あなたに捕らわれてしまったのです。


冗談のつもりでした。でも、その半分は、本気で。


あなたは、私の中で“興味”ではなく、“渇き”になってしまったんです。


【契約破棄の夜】


……そういえば──あなたが契約の破棄を申し出たこともありましたね。


「魔族が人間の子供を傷つけた。俺はもう、関われない」……と、そう言いましたね。


(SE:鼓動に似た低い残響)


……先生。


あの時、私、とても傷ついたんですのよ?


もちろん、あなたの信念は理解しています。


でも、まるで私自身が、あなたの理想を踏みにじったみたいで。


(SE:吐息、苦笑のような微かな笑い)


私にとって、あなたは……

──そのままのあなたでいてくれるだけで、充分に価値がある存在なのに。


……それでも、あなたは自分を律するのでしょうね。

それが、“あなた”だから。


【現在:セレンの寝顔を見ながら】


(SE:記憶が呼び起こされるような低い鈴の音)


……それから、あの日のことも。


あなたが魔王城で裁かれかけた、あの緊迫した瞬間も──


(SE:鎖が軋む音、重く閉じた扉の音)


鎖に繋がれ、たったひとりで立っていたあなた。


それでも、震えていましたね。


……でも、逃げなかった。


その足元の震えまでも、あなたという人の“強さ”なんですの。


そして、震える声で、それでも魔王の前で真実を告げた。


利権と虚構の裏で何が起きていたのか── 誰もが口を閉ざす中で、あなたは告発した。


……素敵でした。 本当に、眩しくて。


(SE:吐息、ほんの少し声がかすれる)


だから、私はあなたを助けたかったのです。


“私のセレン”──そういったら、あなたは安心した顔をしましたね。


……あなたが壊されるなら、私が先に手を伸ばす。


そう、強く、強く、思ったんですのよ。


(SE:過去の記憶を思い出すような淡いフェード音)


(SE:蝋燭が揺れる音、静かな寝息)


……ふふ。聞いていませんよね。

それでいいんです。今は、眠っていて。


(SE:微かな衣擦れ、ヴェレムがそっと近づく)


明日も、誰かを救うために動き続けるあなたへ。


私はせめて──あなたの夢を、守ってあげたい。


(SE:指で髪をすくう音)


おやすみなさい、先生。

……私の、セレン。


……ほんとうに、可愛いひと。


こんなに無防備に眠っているのですもの。


夢の中に入り込んで、あなたの全部──奪ってしまいましょうか?


(SE:ほんの少し甘く、低く囁く)


……冗談ですわよ。ええ、きっと。


(SE:再び静寂。夜の余韻に溶けていくようにフェードアウト)


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【月間18,000PV突破御礼】古医術で診療所やってたら医術ギルドに潰されそうになり、闇バイト先が魔王軍で魔族たちに溺愛されてます(R15)~スピンオフASMRシリーズ~ 悠・A・ロッサ @GN契約作家 @hikaru_meds

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