第十六話 最終話


 神風は、リリの耳の穴に指を入れ、残りの指は顔・耳たぶとピアスの間に指を差し込んだ。

 ピアスの宝石を耳からなるべく離して浮かせた上で、核を狙って撃ち抜いたのだ。


 神風の腕前だ。核は粉砕した。その後、リリが起きてもノイズも起こらずタイマーも復活しない。

 イッセイの読み通り、核を破壊したことで魔法の発動は無くなったのである。





「止まりました」





 指に大火傷を負った神風が、安心した顔で言った。
















「コレ美味しいわ!なんて言うの?!毎日食べたいわ!」

 昨日、この世界に生まれた時以来初めて戻ってきた少女が元気にミルクレープを食べている。

 宝石の核を破壊した後、神風は最上と病院へ。また、リリは1日で受ける衝撃が多過ぎであった。そのため、いくら実の父親であろうと、最上にリリをすぐに預けることなく、まずはリリを最初に保護したイッセイの家、それもおばあちゃんと一緒にいることが彼女の心の安心に繋がるだろうという判断をし、イッセイが一晩自分の家でリリを預かったのである。




「おい、良い加減連れて帰れお前さんの娘だろう」

「預かってもらったのはたったの1日だろう」

「1日って軽く言うな!24時間じゃぞ!日付換算して一桁で済まそうとするな!なんなら1,440分じゃぞ、気が狂うわ!」

「連れて帰る前にやってもらわなくてはならない事の確認がある」

「はぁ?!この後に及んでまだなんかさせる気か?!」

「言ったはずだ、少額でも良いから引き受けると」

「なに?!まだそれ生きとるの?!」

「彼女のデータの改竄ですよね」

 イッセイが、最上とおじいちゃんの会話に加わった。

「だいだい、お前さんの娘の出生バンドの年月日は5年前じゃったぞ!なんであんなにでかいんじゃ!」



「・・・リリは双子で生まれた。片割れは5歳。元気にしている。

 生まれて家に帰る時に異世界の男が現れると同時に腕に抱いていたリリがいなくなっていた。自分とリリが先に家に向かい、後から妻と双子のもう1人の娘が帰ってくる予定だった」


 なぜ、異世界でもリリが”リリ”と呼ばれていたのか・・・アスカ=リリは出生バンドの名前を何かしらで解読できた異世界の人がつけた名前だろう。アスカは最上の妻の名前だ。


「生まれてすぐの話、勿論、出生届は提出していて戸籍の登録はしていた。しかし、本人がこの世界にいない以上周囲には言えないため黙っていたんだ。子供が生まれるまで、神風にもにも双子と言うことは内緒にし、後日驚かせる予定だった」

「僕、生まれる少し前にお子さんの買い物をしている最上さんに遭遇した事あったんです。全部二つずつ買っているのを見て。予備も買うなんて過保護だなあって当時は思ってたんです。でも、昨日、彼女をスキャンして出た情報を見た時に全部納得しました。あの買い物は”二人分"だったんだって」


 スキャンに出た情報とは、

【親族欄に最上と妻のアスカの名前】【5年前の生まれ】【出生後すぐのスキャンログしかなかったこと】である。他に思い当たる事として、5年前から最上が異世界人が現れるたびに躍起になっていた事。


 スキャンの顔写真も、アスカや5歳の娘にそっくりだった事。


「そうですよ、5年前に生まれたのに大きくないですか?」

「太郎?!今そこに気づいたかい!!」

「だって双子のシュリちゃんは、ちゃんと5歳の大きさですよ」

「あちらの世界の時間の流れが違ったんです。リリさんの出生バンドの年月日は紛れもなく5年前の話しです。異動先の世界では時間の流れがおそらく倍速です。」

 イッセイの説明に、納得をした神風だったが、次の疑問が生まれた。

「…最上さん、双子なのに、この先どうするんですか?」

「だからこそ、そこの犯罪レベルの技術者と発明家に罪を被って貰う」

「改竄しろって言ってんだよお前さんの上司は」

「一見は良くない事ですけど、今後の世界の平和とか均衡を考えると、今はまだ言わずに隠しておいたほうが多くの人の為になりそうです」

 イッセイが苦笑しながら神風に言った。


「事実でも、言わなくていい事って言うのはこう言う事なんですね…初めて遭遇しました」

「で、改竄費用の話しじゃが」

「少額でいいと言った。話は済んでる」

「ぺぇぇえええ!!!!!」



「それより太郎!お前さん勝手な事して、ちゃんと最上に謝ったほうがいいぞ。指示や命令はちゃんと聞くものじゃ」

「もういい、昨日50回は謝られた」

「お前しつこいな」

「謝っても謝りきれません」

「まぁ、仲直りしたならいい。さっ、連れて帰れ」

「接し方がわからない」

「ウチに置かれても困る」

「今妻を呼んでいる」

「奥さんになんて説明したんだ」

「見つかったと。文化が違う所で生き延びた為、割とズレていると説明してある」

「それだけ?!わしらは一晩かけて異世界の事言わないようにとか物凄く苦労してこの世界のルールとか教えてたのに?!」



 最上とおじいちゃんがいつものように話をしているのをそのままに、イッセイがケーキを食べているリリの元へやってきた。

「リリさん、貴方の本当の家族の所にそろそろ行きましょう」

「いきなり言われても困るわ。私ここにいる。貴方責任とってよ」


「責任!!」

 リリの”責任取ってよ”の言葉に最上は狼狽えた。最上からしたら”嫁に貰え”と同義語である。狼狽えてイッセイ睨む。睨まれたイッセイはすかさずリリに説明をした。

「責任なら、”保護者”がとるべきです!ほら、貴方のお父さんが言ってたでしょう?身の安全を保証するって!」

 リリに最上を見るように促す。リリは最上を見ながらも何も発せずに黙る。


 最上も黙る。


「ぺぇえええ!!!話しすすまねぇ!!」

 おじいちゃんが叫んだ。



「最上さん、ちゃんとリリさんと向き合ってください」

 神風が最上を後押しする。最上も緊張して硬くなりながらもリリに近付く。リリも、後退りしたいが、自分はソファーに座っているためこれ以上は下がれない。


「…ウチに帰ろう」

「イッセイも一緒じゃなきゃヤダ」


 突然話に出されたイッセイは驚く。

「え?!ちょっとそれは・・・神風さんが一緒に行ってくれるって」

「え?!僕?!」

「この人やだ!私に拳銃向けるの!イッセイが責任とるっていったじゃない!」

 またしても最上がイッセイ睨む

「ごめん、それは…そう言う意味じゃない」

「じゃあどう言う意味よ!」

「あーでも、本当に危ない時、リリさんを助けたのは神風さんだからね。みて、神風さんの手」


 手の至近距離で拳銃を発砲したため、神風の指は火傷をしている。傷はもちろん見えないが、包帯が何十にも巻かれている。


「あれ、治るのすごくかかるよ」

 罪悪感を煽るのではなく、それほどまでに守ってくれる、信頼ができる人だという意味でイッセイは言った。

「…じゃあ、イッセイじゃなくてこの人で我慢する」

「うん、そうして貰えるとリリさんのご両親も嬉しいと思うよ」



 話がまとまりそうだったその時だった。



利理リリ!!」



 一人の女性が部屋に飛び込んできた。

 後ろにはおばあちゃんがいるので決して他人の家に無断で上がり込んだわけではない。

 女性は、リリの目の前に来るなりいきなり大きな声で言った。


利理リリ!!私は!!最上 朱鳥アスカ!貴方のお母さんです!!」

「私の…?」


「お前の奥さん突拍子もない人だな」

 おじいちゃんが隣にいた最上に言った。


「一緒に帰りましょう!!!」

 目を輝かせて帰ろうという女性を、リリはじっと見る。


「私と顔似てる」

「え?」

「目の色も同じ」

「ん?」

「髪の色も同じ・・・私のお母さん?」

「そうですよ、利理リリのお母さんですよ。何も育ててないけど」

「…私!1人だけ、みんなと顔も色も違って!特別って言われても、全然嬉しくなくて!」

「私の子供の時にそっくりよ」

 自分にそっくりの顔の、自分の母だという人が、自分のことをそっくりだと言ってくれた。

 リリは大泣きである。


「感動の再会ね!…再会かしら?」

「意識ないけど会ってるから再会でいいんじゃねえか?」

 おじいちゃんとおばあちゃんが感動の再会を側で見守っている。



「これからあなたの双子の妹の【朱理(しゅり)】を迎えに行くのよ!」

「双子?」

「そう!貴方は双子なの!」

「私は、また双子なんだ。あっちでも双子だって言われて妹が居たの。全く似てなかったけど。そうよね、だって他人だったんだもん。私はいつも誰かと一緒じゃないのに一緒にされるんだわ。スペアみたいな」


 リリがしょぼくれてぼやいた。そんなリリを見てイッセイが言う。



「確かにセットで考える人もいるけれど、でも、実際は別々の存在、姿形は似てても全く別の人間です。自分以外は”他人”ですから。

 貴方という存在は世界で1人きりです。でも、もう貴方の周りには、血が繋がってても、繋がってなくても沢山の味方がいます。もう、我慢しなくて良いんですよ」

「元々そこまで我慢はしとらんじゃろ」

「してたわよ!」






 4人がイッセイの家から帰って行った。

「今度はお母さんとミルクレープ作ってみてね!」

「美味しくできたら持ってくるわ!」

「あら!ありがとうね!」








 いつもそんなに長い間、騒動が起こるわけではない。数時間から1日、2日ほどだ。しかしいつも内容が濃いのである。



 やっと普段通りの平穏な幸せが戻ってくるのだとイッセイもおじいちゃんも安堵する。



 止めていた研究も再開できる事にイッセイは喜びを感じる。しかしまずは一服しよう。


「お茶が入りましたよ〜」


 あぁ、いつもの日常だ。イッセイとおじいちゃんはお互いに顔を見合わせて笑った。

「あら、楽しそうね」

「はぁ〜待ち望んだ平和!!」

「キヨハルが帰ってくる前に落ち着いてよかったですね!」

「っハ!キヨハルの事忘れとった!」

 おじいちゃんがスキンヘッドをぺちっと叩いてテーブルに座り昆布茶を飲む。


 すると、テーブルの隣の窓ガラスにポツポツと雨粒が打ってきた。


「あら!晴れてるのに!狐の嫁入りねぇ〜縁起が良いわ!」

「そう言えばカナンが帰る時もなんか言ってたよね、”キツネの嫁入り”って」

「そうなのよ、方言…じゃないでしょうけど、こっちはみんなお天気雨だとか言うわよね」



「うん…て言うか、おばあちゃん」

 イッセイが恐る恐る、隣のおじいちゃんもそわそわしている。

「はい?なんでしょう?」







「"キツネ"って何?」





 ーーーガチャ


「ただいまぁ〜


 あー飛行機って本当に慣れない」



 キヨハルが帰ってきた。



「あら!お帰りなさい!ケーキありますよ」

「父さん!おかえり!」

「息子!お土産はなんだ?!」




 久々の家族の帰省に、イッセイとおじいちゃんは質問したことを忘れ、キヨハルと話し込む。

 ケーキのお供に、リリのために仕入れた紅茶の残りを合わせて出そうとおばあちゃんは台所へ向かう。







「あら?そういえば何か変な質問された気がしたけど…なんだったかしら?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狐の嫁入り 二部〜機械ノ音〜 すぎざき 朱 @sgzk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画