第十四話

 リリの目が光っている。濃いピンク色で発光している。

 リリの目の前に現れた円陣も光っている。部屋の電気がついていたのに、その電気と並ぶほどだ。どこからか吹いてるのか、リリを中心として風が出ている。部屋中に強めの風が吹いている。



 変わらずリリの目の周辺は発光している。この世界では見ない光景である。人の目が光ることなどまずない。

 リリ自身は何が起こっているかもわからない。そもそも、側から見ても目が光ってしまって、意識があるのかわからない状態だ。




「なんじゃ?!何が起こった?!」

 異世界人に遭遇率の高いおじいちゃんでさえこの光景は見たことがなかった。





 異常な光景を目の当たりにして、神風が念の為の拳銃構える。これは5年前の魔法が使える異世界人の資料に載っていた現象と似ている。”光る円陣”が現れた後、同僚が犠牲になったのだ。しかし、今回の相手は自分の上司である最上の子供だというじゃないか。しかも、彼の子供が生まれたのは5年前のはずだ。彼自身も出生バンドを5年前に作ったと言っていた。しかし彼女は11歳だと自分で言っていたし、実際彼女を見て5歳とは到底思えない。計算が倍以上も合わない。撃つ気はないが、本当に念の為である。



 拳銃を構えた神風を見てイッセイは咄嗟に言った。

『彼女が起こしてるんじゃない!!"彼女に"何か仕掛けられてる!



 恐らく、”彼女自身”に魔法がかけられている!!』



 リリの目と円陣の光が薄れてきた頃、リリが我を取り戻したようにハッとした。

 そんなリリを見てイッセイはほっとしたがそれも束の間であった。リリのピアスの先の機械から文字が浮き出て見える。仕組みは不明だが空中で何も無いところに、浮き出た文字が見えるのである。しばらくじっとその浮き出てくる文字を見てると、変わる。一定の間隔で変わっていく。タイマーのように思える。




「あら、何だか時限爆弾みたいね」




 おばあちゃんだ。おばあちゃんがいつものように食べ物を持って工場まで来たのである。

 それよりも、おばあちゃんの「時限爆弾」の言葉にその場が冷えた。


「時限爆弾ってなに?」


 リリが”時限爆弾”を知らないで本当に良かったとその場の男性が全員思った。もし知っていたら、今は叫び狂っているであろう。



「ちょっとしたイタズラよ。でも、タチが悪いから動いちゃダメよ」



 時限爆弾なんてただの遊びやおもちゃと言わんばかりの軽い口調でおばあちゃんがリリに言う。しかし、”動いちゃダメよ”と言っているのでちゃんと”危険物が作動している可能性がある”とわかっている。自分の祖母ながら感心する。おばあちゃんはそのまま、リリと話しをする。大人たちは、実物であるリリのピアスとその先についているピアスを見て話をしながら作業を進めるほかない。会話の内容をリリが聞いたら不安になるであろう。少しでもリリの耳に会話が入らないように、おばあちゃんはニコニコしながら会話を続ける。

「リリさん、少し疲れたんじゃない?うちを出てからずっと飲まず食わず何でしょ?」

「え・・・えぇ。まぁ、そんな心の余裕なんてなかったから・・」






「おい、イッセイ。何だかわからんが、解除できるか?」

「魔法が絡んでいるとわからない。流石に迂闊に手を出せないよ」

「ただのおもちゃで最後はピロピロリーンって音が鳴るだけならいいんだけどよ」



「タイマーのカウントを見る限りあと・・・60分くらいか?」

 おじいちゃんが、一定の間隔で変わる文字をしばらく見て、おおよその推理でこの世界での時間に置き換えた。



 イッセイは、持ってきた機械をテーブルに広げて置いてリリの隣に座る。更なる分析と解除に取り組み始めた。

 それを見た最上はおじいちゃん呼び出した。


「ちょっと、部屋の外までいいか?」


 自分の娘に時限爆弾紛いが仕掛けられたのだ。しかも、ただの爆弾ではなく、発動方法、発動源が魔法ときた。おじいちゃんも、イッセイと一緒に分析をしたいが、ここは最上の話を先に聞こうと珍しく大人しく部屋の外までついて行く。

「イッセイ、そのまま分析頼む」

「うん」





 部屋の外に出た最上とおじいちゃん。最上は、神風が最初にスキャンした時から自分の娘だとわかっていたのだろう。だから、手荒な真似はしたくなく、神風に引かせたのだが、神風が独断でリリを捕えようと動いてしまった。そして、神風から魔法について論破されてしまい、あの少女は”魔法で”自分の娘のフリをしているのかもしれないと一度は思った。しかし、魔法の話は一切出てこないし、使う素振りもない。徐々に、自分の娘だと言う確信が自身の中で強くなっていった。そして、

 突然時限爆弾騒ぎだ。異世界人に慣れている最上であってもこの事態には慣れていないであろう。正常な思考回路ができていない。



「時間が来たらどあの時限爆弾のようなものはどのくらいの範囲に影響が出る?」

「わからん。ただのおもちゃかも知らんし。それを今イッセイに見させる」

「わかるのか?」

「わからん。

 少なくとも、さっきのイッセイが言っていた"嬢ちゃんに魔法がかけられていた"という仮説が正しければ、良い状態ではないな。

 "魔法を掛けられた"と言うことは、嬢ちゃんは意図的に送り込まれた。

 もし、あちらの異世界からしての"何か"起こった時、嬢ちゃんの”思い出”とか”記憶”は、異世界のこちらとしては貴重なデータとなる。嬢ちゃん自体を記憶媒体と捉えて、その"記憶媒体"を破壊するつもりなら記憶をなくす細工がされているか、頭吹き飛ぶ威力か、または破壊するだけの何かが仕込まれてるか。

 何かとは知らん。物理攻撃かもしれんし電流かも知れんし、今はなんとも」




 部屋の中ではイッセイが電圧を測ったり内部を可視化する機械を使ったりして構造や物体を良くみる。

 息をしているのかわからないほどの止まり様と、機械を持ち替える時の速さがアンバランスだ。








 1秒経つごとにピッピッと音がする。1分経つと少し長めの音がする。

 1分の経過がわかりやすいが、思っているより時間の経過が早く、音に催促されている気分だ。


 周りの大人の顔つきや行動にリリは不安になる。

 今の一瞬、自身の記憶がない”間”があった。異世界人だと確認をされ、更に、この世界の生まれと言われて自分で納得してしまった時からだ。


(私は、確かに小さい頃に疑問に思ったことがあった。王も、王妃も、双子の妹ですら綺麗なブロンドの髪色だったのに、私だけ真っ黒。私が物心つく前から周りの大人な見慣れていたからか、私の髪の毛の色に関して何か言う大人は誰一人いなかった。でも、気になるから王妃に聞いたけど、『特別だ』といわれ、それを信じてきた。顔つきも。それを最上という人から言われて、反論できなくなった。血がつながっていない事に否定することができなくなった。だって、自分で納得しちゃったのだから。その瞬間から、目の前にいるおばあちゃんが話しかけた来た時の記憶がない。

 でも、自分は特に何も変わっていないと思う。何もしていないはずきっと時間だってそんなに経ってない。なのに周りの大人たちの反応や態度がおかしい。イッセイも、冷静な顔をしているけど見たことないさっきとはまた違う顔つきと目つきだわ)


 神風も今は下げたとはいえ、いつの間にか、また拳銃を自分に向けていた。

 最上は、”身の安全は保証する”と言ったのに、青白い顔をしておじいちゃんを呼び出して部屋の外へ行ってしまった。おじいちゃんに至っては大人しく最上の呼び出しに従うなど、文句の一つも言わなかった。


 そんな周りの大人の行動見ているリリにおばあちゃんは話かけた。


「はい、これ、持ってきたのよ」


 お菓子だ。リリが家で食べた種類とは別のお菓子を渡す。

「動いちゃいけないかもしれないけどお菓子はくらいは食べていいでしょう?ね?イッセイ?」

「・・・っえ?あっ?俺?あぁ。お菓子?あまり動かないなら食べてて良いよ」


 おばあちゃんの心遣いや、本当はお菓子なんて食べないで微動だもせずに座っていた方が良いだろうに、イッセイも優しい。自分の置かれている状況はわからないが、良くない状況だと言うことだけはわかる。でも、何もできない。とても無力だとリリは思った。



 キュイーーーーー

 ピピッピピッピピッ


 ーーーーーーーウウウウウウウ


 自分の隣でひたすら手を動かしているイッセイが信じられないほど汗かいてる。あんな運転をしたり無茶なことをしても涼しい顔をしていたイッセイが、暑くもないこの部屋で信じられないほど汗を流している。派手に体を動かしているわけでも、重いものを持っているわけでもないのに。

 リリはイッセイを心配する。心配と同時に途轍もない恐怖心に襲われる。あのイッセイがこんなになる程だ。しかし、できることが本当になく無力だと、先ほどの思考に戻る。

 リリはおばあちゃんから受け取ったお菓子を泣きながら食べる。


 そんなリリを見たおばあちゃんが、優しくリリを抱擁した。

「これは、実はおばあちゃんの手作りです。美味しいですか?」

「美味しいけど、落ち着いて食べたかったわ。ちゃんと味わえないわ」

 声が震えてしまっている。

「じゃあ、また今夜作りますから、明日食べにいらっしゃいな」

「うん」


 返事をして、おばあちゃんの腕の中でブラウニーを食べた。






 少しして、イッセイがリリから離れた。

 部屋の外にいるおじいちゃんと最上の元へ向かう。


「一応、まだじっとしててください」

 ようやく自分の流している汗に気づき、拭いながらリリに忠告して部屋を出た。

 イッセイに続いて神風も部屋を出ていく。



「イッセイ、何か分かったか?」

 部屋から出てきたイッセイを見ておじいちゃんが聞く。

 イッセイは、この場にいる最上や神風にもわかるように話をしなくてはと思ったが、どこから話そう・・・と考えて、手短にリリがこの世界にやってきた所からにした。


「まず、リリさんと一緒に異世界の誰かがこっちに来ていて、この状況を見て魔法、タイマーを発動させた可能性は低い、この世界にリリさんと一緒に来たものはいないと言うのはつまり」

「あのタイマーの発動は異世界からの操作か?じゃったらなぜ今頃?」

「遠隔でもなく、発動するのに条件があったからだよ。自分が異世界人と受け入れたこと。それらしい話の時にノイズがあった


 発動条件は《リリさんが"自分が育った世界の人間”ではなく、”更に他の世界からきた異世界人だと自認、自覚すること”》だと思う。最上さんが説明をして、リリさんが”この世界の生まれかもしれない”と思わざるを得なくなる度にノイズが強くなっていった。発動条件はそれであっても、その後の魔法の作用がわからない、手を加えた途端に何か起こる仕掛けがあるかもしれない。今も魔法が発動中であることで、以降遠隔で何かできる可能性も否定できない。


 ・・・おそらく、リリさんは幼少期に”意図的に”異世界に送られた可能性が高い。王宮で育ったのも、その方が都合がいいからだ。人との関わりを持たせてもらえなかったのも、勉強を外に通わず王宮で受けていたのも、外との関わり、つまりは世界の情報を彼女に知られない為。彼女にはできるだけ異世界の情報を与えずに、”彼女からこちらの世界の情報を得るため”だ。そのために、何かにつけて王宮医が彼女を大切に扱っていると見せかけて半ば取り調べや研究材料としていたのだろう。早い話、彼女が今この世界にいること自体が、”実験、”利用”または”用済み”と言う認識であまりズレはないと思う・・・。彼女は大事にされてたと言ってたが、俺が聞く限りでは、”隔離”や”監視”と取れる発言が多かった」



 最上や神風は新しい情報に聞くだけで精一杯である。

 しかし、イッセイは続ける。


「完全に本人が納得した状態、脳波か感情か、その二つともか、何かを宝石が感じ取って発動したと思う。魔法の発動条件を満たしたからか、はたまた異世界から見られているか・・・。ただ、見られているなら発覚した時点ですぐに起動させるなりさっさと行動に移すと思う。だから遠隔はされてない。では何故時限を組み込んだか?って話しだよね。時限式にすると、”解除”しようと人が集まるでしょ。解除の為と異世界人である可能性のある人物を取り扱う”機関の人間”と”解除をする人間”が揃う。

 もし、この時限式の狙いが機関と技術者であったら・・・だよ。詳細はわからないけど、5年前の魔法使いが戻ってこなかったんだ。復讐か、戦力を削りたいか・・・とにかく、何か目的があってあの装置を彼女につけたんだ。

 つまり、彼女が異世界人だと言うことにたどり着いて、それを彼女に話した人、そして、魔法が発動して、その魔法や装置を解除しようとする人を一掃するのが目的の可能性がある。

 そのために、長過ぎず、短過ぎないタイマーが必要だったんだ。長いと解除される可能性もあるし、短いと、目的の人物たちが集まる前に時間を迎えてしまう」


「そもそも、解除中イジってドカンの可能性はどうじゃ?」

「それもないとは言い切れない。今は外側からしかまだ確認をしてないけど、いじり始めたら即何かが起動する可能性だってある」

「何か手はないのか、何か・・・」

 おじいちゃんがイッセイの説明を聞いて唸る。


 ひどい汗をかいているイッセイや、唸るおじいちゃんを見て、最上は自分がリリに話をしたことを後悔した。

「まさか、事実を知る事が破滅への扉の鍵を挿すことになるとは。この場合は(引き金)の方が合っているかもしれない。私が話さなければよかったのだ」

「それを言うのはやめましょう。そもそもリリさんには帰る場所がもうないんです。どのみち分かることでしたし、誰かが言わなきゃならない。その役目が最上さんだっただけの話です。なんなら、まず”リリさんに話そう”と言った僕の判断が間違ってたんですよ」


 ここで神風が口を開いた。

「この件は、誰も悪くないですよ」

「おい太郎、お前自分のしたことも正当化しようとしとるんじゃろ」

「彼女の件と僕の命令無視、違反、反逆的行為は別物です。お咎めはちゃんと受けます。そうでなくて、彼女が事実を知ってこのような事になるなんて、分かっていればそんな破滅の扉の鍵なんか挿して回したりなんてしませんよ。分かった時点で鍵を引き抜けば良い。知ることができなかった、この件は不可抗力だ。だから、誰も悪くない」



 その、神風の言葉にイッセイがふと何かに気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る