心酔させてよ!大魔王 〜異世界に転移しても勇者に殺されかけました。でもスライムと融合して最強に! さらに魔女王達が心酔して、大魔王に即位した件〜

文福

第1章 転移の大魔王?シュンの章

第1話 プロローグ 始まりはエンディング ~なんで僕が大魔王なんですか?~

「シュン様、いえ――大魔王陛下、ちゃんとしてください!」

 

 金色の長い髪を持つ女性の張り詰めた声が、控え室に響いた。

 大声をあげたのは、魔族の頂点に立つ、四人の魔女王の一人――黄金の魔女王、ローリエ。

 

(いつからこんな世話焼きお姉さんキャラになったんだ? 本当は泣く子も黙る冷徹な女王様だったんだけどな……)

 

 ここは魔族の国、魔国の王都にそびえ立つ大魔王の居城。

 その名も〝大魔王城〟。

 これからシュンは、城の大広間で大魔王即位式に臨む。

 千年ぶりとなる大魔王の誕生に、百万人の魔族の民は心の底から歓喜しているという。

 

 それなのに、肝心の大魔王本人がこれでもかとオドオドしているのだから、ローリエが苛立つのも無理はなかった。

 とはいえ、シュンにしてみれば、まさに青天の霹靂。

 

(仕方ないじゃん。ほんの一年前は、ごく普通の高校生だったんだ。いったい、どうしてこうなったんだろう……)

 

 やがて扉が開かれ、いよいよ会場である大広間へ足を踏み入れる。

 見上げれば、真っ白で荘厳な天井。

 同じく白い大理石の床には、真紅の絨毯がどこまでも続いている。

 漆喰の壁には巨大なタペストリーや紋章、肖像画が飾られていた。

 

(どんだけゴージャスなんだよ……)

 

 一年前の自分なら、間違いなくそう叫んだだろう。

 そして今も、同じことを思っている。

 高校生だったシュンは、この式典をもって、正式に大魔王となる。

 玉座へと向かう道の両脇には、絶世の美女が四人、ひざまずいて忠誠を誓っている。

 彼女たちこそ、この国の実質的な支配者だった四人の魔女王。

 

 艶やかなサファイアブルーのセミロングヘアは〝幻霧の魔女王〟ネビュラ。

 燃えるような真紅のポニーテールを揺らす〝劫火の魔女王〟パルマ。

 深紫のロングヘアを気高く編み上げた〝冥府の魔女王〟アイデス。

 そして、先ほどシュンを叱咤した黄金の髪の持ち主〝黄金の魔女王〟ローリエ。

 

 だが、この女性たちはただ美しいだけではない。

 この異世界で最強を誇る実力者たち。

 そして――全員、どこかぶっ壊れている。

 

 しかし、もっとも〝ぶっ壊れている〟といえば、それはシュンの側に控える直属の従者、御影だろう。

 

 銀色のショートボブヘア。

 前髪は彼女の目元を覆い、表情が読み取りにくい。

 いつも口元に浮かべた笑みは、可愛らしくもあり、不気味でもある。

 そして、何より変なのは、その衣装が常にメイド服であることだ。

 

(この五人がそろうと、ろくなことはない。ほら、始まった……)

 

「いやぁ、めでたい! こうして新しい大魔王の即位式ができるのも、すべてあたし、ネビュラ様のおかげね!」


(いや、そもそもおまえの企みのせいで、どれだけ苦労したことか!)

 

「おい、陰険腹黒策士! てめぇは最初に子分になっただけだろうが。この大魔王は、俺、パルマ様が鍛えてやったからここまでになったんだよ!」


(おまえのせいで、死にかけたよね!)

 

「あらあらぁ、脳筋体力バカが何か言いましたかぁ? 大魔王様はぁ、わたくしアイデスが心から癒やして差し上げたのでぇ、お偉くなったんですよぉ」


(癒しじゃなくて、騒動に巻き込まれただけの気がする!)

 

「この色ボケ年増女! すぐに大魔王陛下から離れなさい! 大魔王陛下はこのわたくし、ローリエが誠心誠意お支えして、即位されたのです!」


(最後まで、僕を殺そうとしてたよね!)

 

「おまえたち、いい加減にしなさい! 陛下の御前ですよ。……ちなみに、このわたくし御影が陛下と力を合わせ、ときには一体化し……ぐふふ、大魔王にまで上り詰めたのは周知のとおりでしょうが」


(おまえとの〝融合〟で僕の人生が変わったんだよ!)

 

「なんだと、この影法師!」

 

「うるせぇんだよ、低能スライム!」

 

「やきもちなんてぇ、みっともないですよぉ、格下の魔獣さん?」

 

「引っ込んでいなさい、下郎!」

 

 ――ブチッ。

 

(あ、御影が切れた……)

 

「言いましたね、ドブネズミども。この場で成敗してくれる!」

 

 そうして、五人の美女が、その容姿からは想像もできないほどの勢いで、取っ組み合いを始めた。

 予想どおりの展開に、シュンは深いため息をつく。

 それにひきかえ、自分はどうか。

 

 ボサボサの黒髪に、不健康そうな青白い顔。

 一重で三白眼な上に覇気のない、のっぺりとした顔立ち。

 どこをどう切り取っても〝イケメン〟などとは呼ばれるはずもない、冴えない日本人の少年がそこにいるだけだ。

 

(大魔王って感じじゃ……ないよな)

 

 魔女王と従者の醜態に、居並ぶ六魔将軍たちは渋面を浮かべていた。

 大魔王の十二人の親衛隊〝メイドガーディアンズ〟もみなうんざり顔だ。

 羽の生えた小さな妖精は、もはや呆れて言葉もないように見える。

 遠巻きに見ている大勢の魔族たちも、きっと心の中では同じことを叫んでいるに違いない。

 

「もういい加減にしてくださーい!」と。

 

 シュンはそっと玉座の脇へ逸れると、音も立てずに忍び足で広間の隅に退避する。

 羽織り慣れないマントを頭からかぶり、体育座りで膝を抱え込んだ。

 

(とばっちりが来る、絶対に! こんなときは、嵐が過ぎるのを静かに待つんだ……)

 

 耳を塞ぎ、目をつむる。

 

(……こんなんで、本当に大丈夫なんだろうか? 僕が大魔王なんて、絶対に間違っているよ!)

 

 だが、この少年が、異世界に転移してからわずか一年で、この世界の最強種族である魔族の頂点〝大魔王〟に即位したことは、紛れもない事実だった。

 最強の従者とともに、四人の魔女王と激闘を繰り広げ、打ち負かしてしまった。

 だからこそ、五人の美女はここまでの道のりの手柄を巡って争っているが、シュンが大魔王に即位することには異論はなかった。

 

(どこで間違えたのかなぁ……)

 

 シュンは深いため息とともに嘆き、自らの過去、この波乱の一年を振り返る。

 

(すべては、御影が冒険者に殺されかけ、僕が屋上から突き落とされた――〝あの日〟から始まったんだ)

 

 ごく普通の高校生だったシュンの日常が壊され、この数奇な運命に巻き込まれていく、すべての始まりの〝あの日〟から。

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