気合で爆ぜろ!青春のGW!(前半)

天気予報は、昨晩の時点で晴れの予定らしい。


気温も少し高まって、快適な一日となるでしょう。

昨日の昼と同じように。

天気予報を信じるのは、これが最後だ。


電車の揺れに身を任せながら、外を覗く。

予報とは裏腹に、空はすっかり灰色で、青さの欠片もなかった。

車輪の響きに紛れて、遠くで低い音が鳴った気がする。

雷に聞こえてしまったが、気のせいであると祈るしかなかった。


……茂にふてくされそうだな。


案の定、海老名駅を出た瞬間、不機嫌の化身が待っていた。


「……しんっじらんない…」


「派手に外れちまったよな、天気予報」


苦笑しながら相槌を打った。諦めの様子で茂の肩が落ちた

それと同時に、茂の恰好に目が行く。


派手な色のスニーカーにスリムな空色のジーンズ。

オーバーサイズ気味のTシャツの端に入った柄がやたらオシャレ。出かけ慣れてる感が半端ない。

他の友達と遊びに出かけているのだろう。その影響かもしれないと俺は思った。


ふと、首元の小さな星形ペンダントが目に入る。それには妙な見覚えがあった。

俺がじっと見ていることに気づいたか、茂は下を見る。


「あ、ああ、これ?茉奈姉にもらったやつだよ。あっきーももらったんじゃなかったっけ?」


……そうだっけ…?


首をひねっていると、改札の人混みを縫って誰かが近づいてきた。

振り返ると、清潔感を語る恰好をした爽やか系男子がいた。


「早かったな、お前ら」


「「……だれ?」」


俺と茂の声が重なった。すると、その人は額の皺を寄せた。


「ああ?喧嘩の値段交渉ならすぐに受け付けるよ?」


三門だった。

去年遊びに出るときはいつも乱雑した格好をしていたが、今回はイメージがガラリっと変わっている。

薄いグレイのボタンシャツの上に黒い上着。それとバランスをとるように白に近い色のスラックス。

俺らの知っているオタク趣味の三門とは思えない恰好だった。


……と思いきや、そのベルトには例の電子ペットのキーチェーン。あぁ、やっぱり三門だ。


「イメチェン?」


茂から漏れた言葉に三門の表情がまた変わった。


「ああ、そうだけど、悪いか?」


恥ずかしそうに目を逸らした仕草から、初挑戦のようだ。

あんまり触れないでおこう。


二人が軽口を交わしている間に、聞き慣れた声がした。


「あら、待たせたかしら?」


振り向いた瞬間、空気が止まる。

髪を下ろした美人が現れた。


淡いクリーム色のブラウスに、併せのカーディガン。そして清楚な優しい色のズボンとの組み合わせは、男を誰しも振り向かせてしまうだろう。

肩にかけている小さなハンドバッグが加わると、大人っぽい清楚系お姉さんの雰囲気を漂わせていた。


俺と三門は思わず言葉を失った中、茂はぱぁっと顔を明るくして島村の方に駆け寄った。


「わーお!島村ちゃんめっちゃ可愛いじゃん!いつからそんなおしゃれするようになったん?」


「え?あ、まぁ、ちょっと最近気になってね」


照れくさそうに笑いながら返すと、一瞬俺と目が合った。

ドキッとして、思わず頬を掻いてしまう。


これが、俺の振った相手だ。


困りましたねぇ……


「ね?三門!あっきー!めっちゃ可愛いよな!?」


「あ、おう……びっくりするほどに」


俺が先に口を開くと、ワンテンポ遅れて三門もコメントをした。


「……っ…ま、まあ。かわいい…よ?」


どうやら、二人にダメージが入ったらしい。

三人の視線を浴びた島村は笑いながら肩をすくめた。


「男友達もメロメロにできるなんて、嬉しいわね」

「言ってろ」


くだらないやり取りに笑いが零れる。


なんか、こういう空気、久しぶりだ。


しばらくして、今度は三人の視線が俺に向く。

下から見定めるような眼差しに、なんだか冷や汗が滲む。


「デニムジーンズに」


「普通のパーカー」


「んで、だっさい柄のシャツ」


「「「安定だね」」」


「三人そろって…ひどい……」


吹き出す茂と島村、肩をすくめる三門。

たぶん、今日一番の笑顔がそこで咲いた。


この4人の中で俺だけが特別におしゃれをしていなかった。

それがかえって、俺が浮いているように感じていた。

その結果、俺だけ季節感ゼロらしい。


もう好きに言ってくれ。


***


午前は軽く屋台を見回っていた。どうやらGWの小さなお祭りらしい。


曇った天気にかかわらず、広場はそれでも賑わっていた。


珍しいお菓子を見つけるたびに、茂はあと先考えずに買って、俺たちに弄られていた。

古本の屋台もあって、三門はそこに釣られる。


俺と島村はそんな二人に振り回されながら、とにかく賑わっている広場を堪能していた。


だが、それもつかの間。


しばらくしたら雨が降り始め、ビナウォークで避難することになった。


広場を歩く人は傘をかざして歩き、上から見るとそこは雨との絶妙なコントラストを取った色鮮やかな絵になっていた。


広場を行く人々の傘が、雨粒の中で色を散らしていた。

上から見ると、それは水彩画みたいな光景だった。


「ねぇ、よかったら、これに行かないかしら?」


島村のスマホの画面には近場のイベント掲示板だった。

そして表示されているのはお菓子作り体験のイベント。

近くのモールで開催されているので、雨を凌いで歩いて行ける。

興味はなかったけど、今ならなんだか楽しそうに思えた。


「おー!いいね!天才!」


茂も同じ気持ちだったらしい。


決定した次の予定に、俺たちは足を運ぶ。

厨房についたところ、意外と男性もいることに正直驚きがあった。

とはいえ、その人たちの隣には女性が一人いるみたいだ。


カップル…多いなぁ。


手続きを済ませて厨房に入る。


俺たちは一つの作業台を囲って待っていると、そのうち開始時間になった。


「皆さん、本日ご参加いただきありがとうございます。今日作るのは、家でも簡単に作れる“プリン”と“カスタードクリーム”です。」


明るい声で先生が告げると、工房内の参加者たちは一斉にエプロンを締めた。

今日は“卵のお菓子”がテーマらしい。それでこのメニューなのだろう。


「それにしても、島村ちゃんがお菓子作りとはね~」


エプロンの紐を結びながら、茂がぽつり。

ニヤついた顔が“意外”の二文字を雄弁に語っていた。

正直、俺も思った。


「ええ、最近ちょっと興味があってね」


「へぇ~。なにかきっかけでも?」


島村は少しだけ考え込み、そしてふっと笑った。

その笑みに、どこかいたずらめいた色が差す。

視線が一瞬、俺の方をかすめた気がした。


「女子力、つけたいなぁ……って思って」


「おーおー? なになに、気になる人でもいるの~?」


「ふふ、どうでしょうね?」


……やめてくれ。

こっちを見るな、島村。


顔の筋肉が、見事に引きつっていくのが自分でもわかった。


「でも…まあ、とりあえず今はしばらくいいかな」


……なんだか引っかかる言葉だった。

島村は目の前の作業に目を向いた。

その横顔に、かすかに悲し気な色合いが漂っている。

その意味を理解していると……なんだか申し訳なく感じてしまった。


茂は首を傾げて、島村に何か聞きたそうな様子だったけど、先生の指示が飛んできた途端、すぐに作業に取り掛かった。


混雑するから、4人には二人組に分かれるように言い渡され、俺は茂とペアに、島村と三門はペアになった。

そのまましばらく黙々と卵を割って混ぜる、そして指示に沿ってお菓子を作り始める。

軽快な調子になった茂は、勢い余って卵をこっちに飛ばしたりする。

俺の一言には軽く笑って流すが、先生が注意にして来たら素直に頭を下げた。


調子に乗るのはいつものことだ。そんな茂を見て、思わず笑ってしまう。


ある程度区切りのいいところになったら、島村と三門二人の様子を覗いた。

なんだか気ごちなく三門は取り掛かるけど、隣にいる島村は手慣れた様子で作業をしながら説明をしていた。

ここから見ると、なんだか背の高い弟がお姉さんのお菓子作りを手伝っているような絵ずらだった。


「三門のやつ、なんか硬いな。ウケる」


「やめてやれよ。あいつも初めてだろうからさ」


にこやかに笑う茂はいつものようだった。

けど、その目には何かが見えているようだった。


「……にしても、楽しそうでよかったね」


目の先を追うと、三門が何か落としそうな身ぶりだった。


「…んん…楽しそうか?」


「うん!間違いない!」


正直、本当にそうかはわからなかった。

けれど体験を終えたあと、三門のすがすがしい笑顔を見て――それだけで十分だと思えた。

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