抱き枕営業

青めがね

第1話 抱き枕営業と私について

 私はいわゆるデブスだ。分からない人のために説明する。デブスとは、太っていて醜い人のことを指す俗語である。そして、私の場合それがやばいことになっている。あ、忘れていた。そういえば名乗っていなかった。別段、名乗るほどの者でもないため「メガネ」と名乗っておく。自己紹介らしいことをしても仕方ないとは思うが、歌が得意な20歳くらいの女、とでもしておこう。以上のことから分かるかもしれないが、色々と冷めていて面白みがなくて、見た目も悪くて凄みのない存在が私なのだ。というわけで、この世の中における「お荷物」となる寸前の存在なのである。しかし、ある日私にぴったりな仕事が舞い降りてきたのである。

 抱き枕営業は、単なる枕営業とは異なる。抱き枕営業とは一緒に遊ぶことや、添い寝をすることでお客様を癒すという仕事である。だからこそ、ガリガリは求められていないのだ。自らが抱き枕になることで癒しを与えるのだから骨ばっていたら、良い抱き枕にはなれないのだ。つまり、一般社会とは反対のシステムなのだ。一般社会はガリガリあるいはアコースティックギターのような体系、言い換えるとボン・キュ・ボンと呼ばれる体系が理想とされる。実際、メディア内で美しいとされる女性たちは前述のような体系であろう。どうだろう、これに反論できるだろうか?ともかく、この「抱き枕営業」はただエッチなことをすれば良い仕事でも、スタッフが痩せているべき仕事でもないのである。もちもちでフィット感のある体が求められ、加えて、多少のコミュニケーション能力やユーモアが評価される仕事である。少し説明が長くなってしまったが、私の言いたいことはただ一つ。この仕事によって何の役にも立てないデブスの、社会にとってのお荷物になりかけている私が、役に立てるのである。社会へ、ささやかながら貢献できるのだ。それはそれは嬉しいことなのである。変な意味ではないがやりがいもあるし、給料ももらえるし、何より楽しい。且つ、たくさん寝ることができるのだ。寝ることも大好きであるため願ったり叶ったりである。

 今日のお客さんは23歳の人である。約束していた駅に着くとあの人だ、とすぐ認識できた。仕事の前に写真を一応見せてもらうため少しなら特徴を知っている。色白で痩せていて、何だか折れてしまいそうな雰囲気の男性だった。顔はというと気弱そうだが優しそうな印象であった。そして今、こんな男性が突っ立っている。その人をよく見ると、肌がすべすべであった。陶器とまではいかないが、触りたくなるような質感である。また、足が奇跡的なレベルで細い。私の足が絶望的に太いことは承知しているが、これはこれで心配になる。ともかく声をかけなければならない。「あの・・・」と声をかけた。すると「あ!メガネさんですね。」と可愛らしい声で反応してくれた。こいつは本当に男性なのか、と疑うくらい可愛い。しかし、今の時代、性別に縛られるのは良くない。どんな男性や女性がいてもいいし、性別という概念さえ必要なくなってきている。それ以前に、この人は単なる私のお客さんなのだ。癒されてくれたら、お金をくれたらそれで良いのだ。

 約束の駅というのが実は私の自宅の最寄り駅である。そこから徒歩15分くらいで自宅に到着する。狭いただのアパートで、正直全くおしゃれではない。そこそこ片付けてはいるが入りきらないものたちや、放置してしまったものが床に転がっている。布団を敷くにあたって干渉するわけではないため気にしないことにする。マットレス的なものを倒して布団をその上に敷く。エアコンで冷えないようにタオルケットを端に置く。いよいよ営業スタートである。ちなみに、お客さんはというと床に正座している。座布団も用意していたがお客さん自身の性格なのか座ってはくれないらしい。気にする点でもないからスルーして、布団にうつ伏せになった。スライディングのような恰好である。若干意識が薄れてきた。まずい、お客さんが寝転がっていない。すると体を触られる感触がした。下心もありそうではあるがマッサージのような感覚でむしろ心地よい。触られている箇所は尻だから人によっては焦るだろう。しかし、私は色々なことに対して無気力であり、多少そういうところを揉まれたとして何も思わない。妊娠しなければあとはどうでもいい。しばらく謎のマッサージを受けていると、お客さんが布団に入った。、ガリガリでも案外体温が高い。完全なる偏見で申し訳ないが、燃やせる脂肪がなさそうだから体温が低そうだと考えていたのだ。とにかくそんなことはどうでもいいのだ、接客しなければならない。お客さんはというと、ひたすら寝転がりながら体を触り続ける。進展もない。私もマッサージ(?)に対して特に思わない。多少は心地よいけれど、無を体現したような空間が狭く広がっている。その後、お客さんも疲れたのか寝始めた。これで寝られる。触られている最中はうまく寝付けなかった。やれやれ・・・と思ったとき、お客さんが聞こえるか分からないくらいの声量で呟いた。「これくらいしっかりしてた方がいいな」とのことだった。おそらくこの人はガリガリの女性や一般的に言われる、スタイルの良い人に執着していないのだ。見た目でなく中身、という理想論が実現されることはほとんどないが、この人は違うらしい。驚くべきことに、体形など何でもいい、むしろがっしりしている方が好ましいという風である。心がえもいわれぬ感覚に陥った。じんわりと波紋が広がるように、温かくなるようなイメージだ。恋愛感情かというと違うだろうし、混じっているとは思うが、嬉しいとか楽しいとかそういう単純な気持ちでもなさそうだ。正体不明の感情を覚えながらだんだんと意識を失った。その状況の中でも、私の頭には「これは接客」「これは金目当てだ」という言葉が渦巻いていた。

 ここまで読んだ人がいるのかは知らないが、冒頭からここまでを通してお分かりであろう。とにかく私は無気力で冷めている。感情ですら何だろう、と頭で考えるようなそんな奴だ。心という存在が危うくなっている。しかし、この性質があるからこそこの仕事ができるのだ。少し触られたくらいで騒いでいたら務まらない。そして、この話から何かを得た人もほぼいないと信じている。別に何かを訴えたいわけではないため、全く問題ない。

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