第2話 学園



 一昔前までは、魔導士になる者は師匠の元に弟子入りするしかなかった。


 それは魔導士を軍人として利用することになってもしばらくは変わる事はなく、それによって魔導士たちの実力にはバラつきがでていた。


 師を別にすれば、教えられていることは当然のごとく違ってくるからだ。


 そのため、国は魔導士を育成する巨大な学園を建てた。目的は、画一的な魔導士を育成するためである。


 王立グスフ学園は、才能ある若者を魔導士にするための育成機関であった。


 この学校には十六歳から二十歳までの学生が集まり、国家試験を受けて教師として認められた魔導士たちから魔法とはなんたるかを学ぶのだ。


 将来の軍人を育成する機関でもある学園では、寮での一人暮らしが原則である。


 しかし、生徒のなかには貴族の子弟が混ざっていることも多い。魔導士となって軍人や教師になるのは、家を継げない貴族の次男坊以下の者たちには人気の将来設計であった。


 貴族の子弟らは運営陣がにっこりと笑いそうになる額の寄付金を払う代わりに、身の回りの世話をするメイドなどを連れてくることを認められている。


 一応ではあるが、メイドを連れてくる権利は庶民にも与えられている。だが、その制度を使うような庶民はいなかった。金が勿体ないからである。


 シズに割り振られたのは、貴族の子弟が使うような最上級の部屋だった。連れてきた使用人が休むための別室まで付いている部屋は、実に広々としている。


 学生の身では、使わないであろう来客用のソファー。ベッドも使うまでもなく柔らかいことが分かり、まさに身分不相応な部屋である。


 部屋に風呂までついているのはやり過ぎだとも思わなくはなかったが、他人に身体を見られたくないシズにはありがたい。


「リーシャ……。何をやっているんだ?」


 学生寮に到着したシズは、苦虫を噛み殺したような顔をする。


 学生寮まで付いてきた部下が勝手にシズの荷物を開けて、シズのシャツやズボンをクローゼットにしまおうとしていたからである。


「無論、シズ隊長のお世話です」


 部下であるリーシャはぴしっと足をそろえて、自らの仕事を上官であるシズに報告をする。その姿は立派な軍人そのものであったが、着ているものはメイド服だ。


 しかも、貴族に仕える使用人が着るようなロングスカートのものではない。夜のお姉さま方を連想させるような短い丈のスカートである。


 おそらくは、普通の使用人が着るような制服が用意できなかったのであろう。


 夜の店で着るものならばともかく、貴族の家の制服などは特注であることが多い。そのため、余分に作られることもなければ、取り引きされることだって少ない。


「普通の服に着替えろ。ついでに、出て行け。俺は、一人で大丈夫だ」


 シズがおもむろに自分の胸元を探るような仕草をすれば、リーシャは笑顔で薬の入った瓶を差し出した。シズが薬を携帯を忘れたことをしっかり見抜いて、先回りして準備をしていたらしい。


 戦場では後衛として、部隊のサポートに徹していたリーシャである。気遣いも完璧であった。それこそ、本物のメイドのように。


 リーシャから薬を受け取ったシズは、罰が悪そうに水も飲まずに薬を服用する。


 左足に障害を負ったのは最近のことで、それまでは痛み止め薬など服用しなくても良かった。ましてや、杖などもいらなかったのだ。


 だが、今のシズには必需品だった。


 情けないとは思わない。


 けれども、面倒だとは思う。


「隊長の足の痛みは、回復どころか悪化していますよね。それを見越して、スーリア様は私を隊長のお世話係に任命したのです」


 リーシャは、満面の笑みで答えた。


 スーリアは、シズの養父兼上司さらに師でもある。


 スーリアに魔導士として鍛えられたからこそ、今のシズはあるのだ。


 スーリアが孤児院でシズを見いだしてくれなかったら、シズはまともな人生を歩めていなかっただろう。食う為に軽犯罪を繰り返し、獄中と外界を行ったり来たりする人生だったに違いない。


 ましてや学びなおしの為に学園の入学するなどは、絶対に出来なかった。こんなにも贅沢な部屋を与えられるのも夢のまた夢だ。


 おかげで、シズはスーリアには頭は上がらない。


 いいや、頭を上げる気にもならないほどの恩師であった。義父としても上司としても師としても、スーリアは素晴らしい人であるとシズは信じている。


 それに、リーシャの言葉は正しい。


 今のシズは杖なしでは歩けないし、いつ足の痛みに襲われるのかも分からない。リーシャが日常生活を手伝ってくれるのならば、とてもありがたい。


 シズだって、それぐらいは理解していた。


 いくら学生寮と言えども、足を負傷して強力な痛み止めを服用している自分には一人暮らしは難しい。


 メイドのように、かいがいしく世話を焼いてくれる人が必要であった。そして、そのメイドはシズの様々な事情を考慮してくれる人間が相応しい。




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