軍人少女は、今更になって学園で無双する〜俺が女ってことは秘密でお願いします〜

落花生

第1話  足の怪我

「隊長!!」


 部下の叫び声が、夜の闇の中で響き渡る。心配を多分に含む声を背中で聞いたシズは、にやりと笑いながら魔法を発動させた。


 シズが虚空で展開させた魔法陣からは、氷の矢が次々と姿を現す。そして、氷の矢は闇に潜む魔獣たちに向かって放たれた。


 黒い森のなかでは、自分たちに向かってくる魔獣の数さえも分からない。魔獣たちは夜目が利くために、人間たちには圧倒的に不利な条件の戦いであった。


 他の部隊の救出作戦でなければ、シズは自分の部下のためにも作戦実行に全力で反抗していたであろう。


 それぐらいに、魔獣相手の夜の戦いは危険だ。


 しかし、別部隊の危機に駆けつけたいという気持ちが上回り、シズは優秀な自分の部隊から出来るだけ少ない人数を選んで夜の戦いに赴いた。


 連れて来る部下を少なくしたのは、同士討ちを防ぐためである。


 魔法の長けているシズであっても、夜の闇のせいで勘に頼って魔法を放っている節がある。これで魔導士の人数が増えたら、現場は混乱したかもしれない。


「……さすがに視界が利かないときついな」


 シズは暗い森の奥から聞こえてくる足音と遠吠えを聞きながら、自分の攻撃を避けた魔獣が何匹もいることを悟った。


 シズは若すぎると言っていい年齢だが、軍の中でも随一の魔法の使い手だ。そんなシズでさえ魔獣を取り逃がしたのだから、どれだけ夜の戦いが厳しいものであるかが分かるというものだ。


 シズは、再び魔法陣を展開させる。


 虚空に浮かび上がるのは、淡く輝く魔法陣。シズが最も得意としている氷の魔法の魔法陣である。


「この檻からは、誰も逃げられないぞ」


 シズの唇が、三日月型に歪んだ。


 周囲の木々は凍り付き、地面からは巨大な氷柱が生える。その氷柱は、まるで檻のように森を囲った。


 魔獣は氷柱で囲い込んだので、魔獣と戦うのは明日でも良いだろう。


 自分たちが、相手の土俵に立つ必要はないのだ。自分たちに優位な時間を待っていれば、それだけで自軍の被害が減る。


「隊長、氷の檻では溶けてしまうのでは?」


 部下のユシルスが、心配そうにシズに尋ねる。


 シズは、若すぎる軍人であった。


 そんなシズが小隊を率いているのだから、まるで冗談のような光景だ。だが、これは悪趣味な冗談ではない。シズは、紛れもなく正式に認められた隊長である。


「心配するな。炎の魔法でも使われない限りは、俺の氷は朝まで解けないよ」


 シズは、にやりと笑う。


 その顔は、悪童そのものだ。整った顔立ちのシズだが、表情がころころ変わるせいもあって美形とは思われない。今だって、楽しそうに悪だくみをしている表情が美しさに勝っている。


「これが……最年少の魔導士の実力なのか。頭一つ抜きんでているというレベルではない……。私たちとは桁が違う」


 ユシルスは、シズの魔法を見つめていた。


 その破壊力や発動までの素早さ、耐久力。そして、何より効果範囲は一般兵とは比べ物にならないぐらいに優秀であった。


 当たり前といえば、当たり前のことなのかもしれない。


 はるか昔に起こった世界大戦のなかで生まれた魔導士という存在は、現代では魔法では人類の敵である魔獣と戦う軍人となっていた。


 シズは、その魔導士の一人である。


 シズは、軍属しているなかでは一番若い。上層部の一人が育て上げた秘蔵っ子という噂もあり、魔法の腕に関しては大人よりも頼りになる存在であった。


 なにより、シズは情に厚い。


 仲間や部下に何かあれば危険を覚悟の上で飛び込んでいき、死人を出さずに戻ってくることも多くあった。


 シズに命を救われた者たちも多く、部隊の壁さえも越えて慕われている隊長である。


 軍人になるために育てられた、存在。


 それが、シズという存在であった。


 ユシルスは、シズに嫉妬した。


 ユシルスとシズは、同期の軍人である。無論、シズよりは歳上だ。自分は優秀な魔導士であると自負して入隊したのに、軍はユシルスの働きを評価してはくれなかった。


 だが、シズはとんとん拍子に出世をした。


 最初こそは、若いのシズを侮る人間は多かった。そんな者たちをシズは実力で黙らせ、信頼を勝ち取り、自分を育てた養父の出世さえも助けた。


 シズは、今ではユシルスの上司である。


 ユシルスにとってシズは何時だって輝かしい存在であり、あまりの眩しさに年甲斐もなく嫉妬してしまう相手でもあった。


「近隣住民の非難は終了しました!隊長たちも早く撤退を!!」


 シズの部下である女が、焦った表情でやってくる。彼女は魔導士ではないが、シズが信を置いている部下の一人である。銃剣を抱えている彼女は、後方からの支援に長けたスナイパーでもあった。


 夜間の作成には得意の狙撃も発揮できないというのに、こんなときにさえもシズは彼女を連れてきてた。それぐらいに、信頼している相手なのだ。


 女は、シズが作り出した氷の檻を見つけて絶句する。巨大な氷柱によって作られた檻は、普通の魔導士であったら作ることが出来ないものだった。


 いいや、作ろうとも思わないものである。


「さすがは、隊長!こんなにも立派な檻を氷で作るなんて、並みの魔導士では出来ませんよ」


 女は目を輝かせながら、シズを褒めたたえる。一方で、シズはあきれ顔だ。


「こんなの誰だって出来るだろ。ロゼさんだったら、暗闇でも魔獣を一匹残らず撃ち抜いていた」


 シズが引き合いに出すのは、何時だって普通の魔導士たちではない。


 銃に魔力を込めて撃つという唯一無二のスナイパーのロゼ。


 一回の魔法で数十人の怪我人を癒すと言われている、ファナ。


 魔獣のなかで最も強いと言われる竜を倒した、リッカ。


 軍の中でも一騎当千の兵たちこそが、シズが競い合っている者たちだ。ユシルスにとっては雲の上の人たちこそが、シズにとって好敵手であった。


「怪我人の手当てを始めろ。俺は、こっちで魔獣の対処を続ける。日が出てからは、全員で森にいる魔獣と戦うことになるぞ。体力は温存しておけよ」


 シズは、女の部下に命令を伝える。


 女の目には、憧憬があった。目をキラキラさせている様子は、まるで恋焦がれる少女のような瞳だ。


 ユシルスは、いっそのこと自分が魔導士でなければ良かったと思った。そうすれば、女ように憧憬だけを抱けたであろう。


 ——シズが、憎らしい。


 ユシルスだって、不出来な魔導士ではない。シズの側にいれば霞むが、ユシルスは優秀な魔導士だ。その証拠に、ユシルスはシズのサポートを命じられていた。


 そんな命令を受けたのは、小隊の魔導士ではユシルスだけだ。他の面々は、別の部隊の救援に向かわされていた。


 つまり、ユシルスはシズに認められているのだ。


 シズは天才的な魔導士ではあったが、十六歳の少年である。そのせいもあって、脇が甘いことは多々ある。それをユシルスが補うことを期待されていた。


 自分は、所詮はシズのサポート役。


 自分は主役ではないのだ、と。


「足の一本ぐらいは奪っても許されるよな……」


 それは、嫉妬心であった。


 シズは、あんなにも恵まれているのだ。少しぐらいは奪っても許されるのではないか。


 そんなことが、ユシルスの脳裏に浮かんでしまっていたのである。


「隊長……」


 ユシルスは、最後にシズを呼ぶ。


 もし、ここで罪悪感がもたげれば、ユシルスは行動を起こさなかったであろう。


 けれども、罪悪感など訪れなかった。代わりに、自分を憐れむ感情が湧き出る。


 だから、許されると思ってしまったのだ。


「た……隊長!!」


 部下の女の悲鳴が、夜の闇に木霊する。


 ユシルスが放った魔法が、シズの足を貫いたのであった。


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