きびだんご

明星 暁

きびだんご 

題名 きびだんご 


「奥様。

隣の鬼ヶ島に盗賊退治に桃家のご子息が出向くそうですよ。」


「へぇ、桃家の息子がねぇ…。

そこの櫛を取って。」


召使いは櫛を渡した。


「奥様、今日はご機嫌が良さそうですね。」


鬼ヶ島はねぇ。

あそこは盗賊の住処と昔から知ってるの。

すくすくと悪意も知らず育った金持ちの息子に盗賊退治なんか務まるのかしら。


女は何も言わずクスリと笑うと召使から渡された櫛を受け取って髪を梳かした。


「今日も一段と衣装が決まっていますね。

特に笠のかぶりものが素敵です。

一体どちらへ?」


「下町にかんざしを買いに行くのよ。あなたも爪が割れない程度に家事はほどほどにして羽を伸ばしなさい。

私がいない間だけ。」


召使いは苦笑いをした。


「奥様、夕方には必ず戻って来てください。

旦那様がお怒りになると私たちが叱られてしまいますから!」


女は下町に出ると簪を見て回った。


「奥様、これなんかお似合いですよ。」


「これも、これも、全部いただくわ。」


「毎度ありがとうございます奥様。」


その時、男が女にぶつかって来た。

女はその青年に平手打ちを喰らわした。


「無礼者!!」


「す、すみません…あの…。」


「わざとじゃなかったら一体何のつもり?」


「すみません!

当たって砕けろと…。

度胸試しで女を口説いてこいと言われて仕方なく…。」


「呆れた…それを間に受けて私に体当たりをしたわけ?」


「これは悪いことだと知りました…非礼は詫びます…。

腰に銀子がありますからどうかお納めください。」


これは…本当に剣の鞘がどこにあるかもまるでわかってないどこかのお坊ちゃんだわ。


女がよく見ると桃の家紋の帯だった。


まさか…。


「銀子はいらないわ。

あんた、名前は?」


「太郎と申します。

恥ずかしながら桃家の一人息子です。

ごめんなさい!!」


「何ですって?!」


女は太郎と名乗った男を裏道まで引っ張った。


「鬼ヶ島に盗賊退治に行くと聞いたわ。

盗賊の住処にそんな調子で行くと間違いなく死ぬわよ。」


「好きで行くわけじゃないんです。」


太郎の目から涙がこぼれ出した。


「わけがありそうね…何のいきさつでそんなことになったの?」


「実は犬山、海猿、白雉家のご子息が盗賊退治で一旗あげようと言って聞かなくて無理やり私も盗賊退治に行かなければならない形で纏まってしまったんです。」


やっぱり。

女は額に手を当てた。


金の無い武士家の犬猿雉三家の息子たちの黒い噂はよく聞く。

恐喝に詐欺、女のかどわかし。そして賭博の如何様。

この三家の息子は重税好きの地頭と仲がよくて繋がっている上、都合の悪いことは全部盗賊のせいに黒いことの揉み消しは平然とする。

幕府に勤めている旦那様もこの三家が賊より困りものだと愚痴をこぼしていたわ。


「盗賊退治なんか僕はしたくないんです。

でもあの三家を断ったら…。」


ようはこの息子は育ちが良すぎてガラの悪い武家三家を突っぱねられなかったのね…。


「本当は僕を拾って育ててくれたおばあさまとおじいさまとそのままずっと一緒に暮らしていたい。

僕はどうしたらいいのでしょう…。」


太郎は泣き崩れてしまった。


困ったわ。

こういうの性分上放っておけないのよ。


女は茶屋に太郎を連れ込んで宣言した。

「…銀塊の袋を3つ用意しなさい。」


「は、はい銀塊!?

銀塊の袋を3つ?」


「あんたの家は有名な呉服屋。

この町で桃家を知らない存在はいないわ。

私も年に何回かお世話になってるからあんたの家が潰れるのは困るの。

毎年呉服で稼いでいる桃家ならできるでしょう?

それから私を犬猿雉家の息子達がいる状態で桃家に招きなさいな。」


2人は約束を交わしてその場を去る頃には夕暮れになっていた。


「私は寄るところがあるから。」


「お気をつけて…。」

太郎は女の姿を見送った。


次に女は治安の悪い酒場に顔を出した。

そしてかぶりものを取った。


「…久しぶりねぇ、鬼威山。」


「はっはっは!

千代か!

お前を幕府に勤める旦那に売っぱらった時は俺もお前もまだほんのガキだった!

で?

何か面白い話でもあったか?」


「そうねぇ。

困りものの下町武家三家があなたの陣域をこれみよがしに踏み入ろうとしてるけどにあなたは達どうするのかしら?」


「一つ足りないぜ。

犬、猿、雉、桃の四つだろ?

噂はこちらまで来ているんだ。」


「桃は縁起物だから抜きなさい。

いいことあるわよ。」


千代は紙と筆を男に頼んだ。

「良いところに売ってくれた昔の恩を鬼威山に返そうと思ってねぇ…。」


「ほほう?」


「ここの通り道。

3日後、丑の刻。

高価な帯をしてる3人。

犬、猿、雉。」


「一体何を考えてやがる?」


「…ふふ、きびだんごよ。」


地図を渡された男は笑った。


千代は男を残して酒場から去った。


「奥様どこ行ってらしたんですか!!

幸い旦那様は帰って来てませんが深夜ですよ!」


「3日後、出かけるから留守をよろしくね。」


旦那様のお勤め中、奥様は勝手なんだから…。

召使いはため息をついた。


3日後の桃家


犬山、海猿、白雉の3人の息子は昼から麻雀をしていた。


「太郎、何だその女は?」


「千代と申します

新しく入った太郎様の召使でございます。」


「へぇ?

まあまあ美人だなぁ?」


「太郎、わかってるよな?」

犬山の息子はそれとなく太郎を威圧した。

他の2人の息子もそれとなく太郎を牽制した。


「千代ちゃん。

3人にお酌をしてくれ。」


「はい、ただいま。」

千代は3人の酒をついだ。


そして彼女は切り出した。

「実は盗賊退治に行く前に桃家から犬山家、海猿家、白雉家の3人に贈りたいものがあるそうです。」


太郎は銀塊の袋を三つ差し出すと彼らは口を揃えて言った。


「おー?

気がきくねぇ!?」✖️3


召使いに化けた千代はしなを作りながら3人にもう一度、トクトクとお酌をした。


「旦那様方…。

太郎様に万が一のことがあったらこんな美味しい思いは出来なくなってしまいますわよ。」


「わかってるじゃないか!」


犬山は吠え、白雉はうなづいた。


「…そうだな、実は俺達も太郎は盗賊退治に向かないと思っていたんだ。」


海猿もつぶやいた。


夜中までもてなされた犬、猿、雉の息子達は嬉しそうに渡された銀塊を持ち帰った。


「あの…これで一体何が…。」


「明日になればわかるわ。

私は召使いの部屋で寝るから。」


千代は何が言いたげな太郎を躱して召使いが寝る部屋で寝泊まりをした。


夜道。


「すっかり酔ってしまった。

太郎も気がきくことするじゃねぇか!」


「犬山、やっぱり、金持ちのお坊ちゃんは甘いな。

俺はこうなることを狙っていたんだよ。」


「海猿らしい。

あいつを死ぬまで俺たちの資金源にしたってわけだ。

金はあっても賭博は控えとけよ、白雉。」


「わあったわあった。」



そんな供の少ない3人を複数の刃が狙っていることなど誰1人つゆ知らず…。



朝日が昇る頃、千代は黙って桃家を去ろうとした。

他の者達が目を覚ます前に召使いの部屋を抜け出した。


うっすらと光が桃家の屋敷に差し込んでいる。


がさりと枯葉を踏む音がした。


「…あんた、うちが気に入らなかったのかい?」


千代に話しかけて来たのは老婆だった。

なんとおばあさま本人がわざわざ朝から桃家の屋敷の清掃をしていたのだった。


まずいわ!

さりげなく消えるつもりだったのに見つかってしまった!

本家のおばあさま本人が敷地内を早くから掃除してるなんて!


おばあさまは千代をじっと見ると筆と紙を差し出した。


「…よければ本当のお所をここにお書き。」


千代は少し考えて自分の嫁いだ屋敷の住所を書いた。


おばあさまは紙を見るとにこやかに微笑んでそれを懐にしまった。


千代はおばあさまに礼をしてその場を去った。

そして自らの屋敷に着いたら急いで着替えて身支度をした。


「奥様、朝帰りなんて一体どちらに行ってらしたんですか!

大変なんですよ!

犬山家、海猿家、白雉家のご子息が昨日の夜中に盗賊に襲われて命を落としたとか。

3人とも供は全て殺され、持っていた金品が全て持ち去られていたそうです。」


「まあ大変。

鬼もきびだんごが好きなのねぇ?」


「お、奥様…鬼にきびだんごなんて冗談がすぎますよ。」


三週間後の後日のこと、昼下がりだった。


「奥様。

届け物があります。」


…何かしら?


女は袋を開けてみた。


「あら…。」


中身はきびだんごほどの丸い金塊が8つ入っていた。


それからはらりと薄い紙が落ちた。

拾ってみてみると桃家の印が押されていた。


…たぶん、あのおばあさまだわ…。


私も犬、猿、雉や、鬼のこと言えないわね。

このたぐいのきびだんごは好きだわ。

ありがたく受け取っておくわね。


おしまい。


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きびだんご 明星 暁 @Akira9946

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