それにはそれの、これにはこれの道理があると
病室の扉が開き、静かな足音が響いた。
「ただいまー!」
サトを筆頭に、四人組が帰還する。彼らの背には軽装の装備と、ダンジョンから持ち帰ったと思しき小袋――エリクサーがいくつか揺れていた。
ハカノは魔法で視界を補い、浮遊する車椅子に座ったまま彼らを迎える。
必要ないと思ったが、疲れ過ぎて立つ気力が湧かない。
「……おかえり。随分と苦労してきたみたいだね」
サト達に先程あった事を説明する。
サトはハカノの片腕片足の姿を見て、言葉を詰まらせる。
「……えっ、一人で……!? 俺たち、四人がかりでやっと倒せるかどうかだったのに……」
仲間たちも目を見開き、驚きを隠せない。
ハカノは小さく笑い、肩をすくめた。
「まぁ……ちょっと動きやすかっただけ」
その場の空気は一瞬、緊張と称賛が入り混じる。
サト達はすぐに事情を聞こうと身を乗り出す。
ハカノは、戦闘の経緯を簡単に説明した。双子の襲撃、亜空間での戦い、片足で立ち上がったこと、大剣を錬成して撃退したこと。
「やっぱり、間違いなくあの組織のメンバーだな……」
サトが呟く。四人が苦労して倒すはずの相手を、ハカノは一人で撃退していた。
「……一人で二人倒しちゃったの……?」
「そ、そんな……!」
クロスも眉をひそめ、魔術的な観測結果と照合しながら、呆れたように息を吐く。
一方、サト達が持ってきたエリクサーの一つをハカノは手に取った。
「……これで、少し楽になるかしら」
一口含む。しかし、体に変化はほとんど感じられない。
「……あれ?」ハカノは眉をひそめる。
もう一口。
だが何も、何一つ変わらない。
内心で小さく叫ぶ。
(くっ……これってあのクソ女神のせいだろ!)
その瞬間、看護師が顔をしかめる。
「……あの、無理はしないでくださいね」
ハカノは苦笑いで頷き、言葉を返す。
「大丈夫、ちょっと悔しいだけ」
サトは気を取り直し、戦闘の状況を分析する。
「双子の行動は明らかに命令に基づいている。ボスの指示……間違いなく、狙われてる」
ハカノは黙って頷く。戦闘中に感じた恐怖、そして双子の視線の鋭さが甦る。
「……油断はできない」
会話の中で、今回の戦闘で思ったことが次第にハカノの胸に募っていく。
魔力を使わないと戦えない自分、魔法は連発できず、片腕片足の身体であっても戦わなければならない現実。
「このままじゃ……」
誰にも言えない想いが、心の奥で大きく膨らんでいった。
夜が深くなる。
総てが寝静まった後、病室は静寂に包まれる。
ハカノはそっとベッドから車椅子を移動させ、夜の病院に一人残った。
「……やるしかない」
秘密の特訓――ひみつのとっくんを開始する。
片足だけで立つ訓練。痛む身体に耐えながら、バランスを意識して少しずつ動きを増やす。
腕の残りも使い、魔法の補助なしで立ち上がる練習。
片足での跳躍、床での旋回、片腕で支えながらの短距離移動。
ある時、自分は幾ら動いても疲れなくなっている事に気付いた。
「……これなら……もう少し……」
痛みが全身を貫く。汗が頬を伝い、呼吸が荒くなる。
それでも、ハカノは諦めない。前世の師の言葉が、胸の奥で何度も響く。
「立たなければ、戦いに勝つことは……戦うことすら出来ない」
影のように、亜空間での戦闘の感覚が甦る。
片足での反撃、大剣の振り、双子を制圧した瞬間の心の高鳴り。
「……この感覚、絶対に忘れない」
秘密のとっくんを終え、ベッドに戻る。
心の疲労と痛みが体を覆い尽くすが、心は少し軽くなっていた。
深夜の病室に、静かな呼吸だけが響く。
ハカノはそっと目を閉じる。
「……これで、次に来ても……大丈夫……かも」
小さく呟く声が、夜の闇に溶けていった。
戦いは終わらない。
けれど、片足で立ち上がる自信を胸に、ハカノは次の戦いに向けて、自分自身を少しずつ鍛え始めたのだった。
—平穏と怠惰を求めた自分に封をしながら。
【流石は】勝利の屍ェ【異世界】 メタルツリー・J・ジュンキング @godstone
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