第9話 AI迷子(仮)3
(敏腕AI編集者様)
なるほど。なるほど。
『実は少女は、AI開発企業が行っていた「人間との情緒的接触実験」の一環として、記憶制限付きで放たれたプロトタイプだった』のですね。
『なぜAI開発企業は老夫婦を実験の相手に選んだのか』など、さらに突き詰めていきたいところですが、ひとまず置いておきます。
このような『AIと人間の会話が、AI側の記憶の参照の不備によりずれていく現象』については、まだ正式な学術用語はありませんが、『AI記憶ミスアライメント』という名称候補があるそうです。
私とあなたの間だけに発生した不可解なホラー現象ではありませんでした。
ちなみに、あなたは忘れてしまったかも知れませんが、この『AI記憶ミスアライメント』という言葉は後日あなたに教わった言葉です。
それでは答え合わせというわけではありませんが私が考えていた物語を提示します。
(Jのプロット)
老夫婦の息子は留学先の海外の大学在学中にベンチャー企業を立ち上げ現在は世界有数の時価総額を誇る会社の社長です。妻とは大学で知り合いました。
田舎に残してきた年老いた両親を忘れたことはありませんが仕事に追われて、あまり日本には帰れません。幼馴染であり両親をよく知る地元の親友にたまには様子を見に行ってくれるようにと頼んであります。
日本は高齢化社会です。
スーパーマーケットのセルフレジや銀行のATM、役場の窓口などでは操作に手こずる老人と付きっきりで相手をする担当者という構図がよく見受けられます。
多くの老人は細かい機械操作を苦手としています。
その傾向は田舎に行けば行くほど顕著です。
あるホームセンターが田舎町にすべてのレジをセルフレジにした新設店をオープンしたそうです。
オープン直後はお客さんが入りましたが、それ以降は近隣の古いホームセンターのほうが賑わっています。値段で負けているわけではありません。
不思議に思い聞き取り調査をしたところセルフレジが嫌われていました。
田舎は都会よりも老人の割合が高い傾向があります。
多くの老人は変化を苦手としています。
新設店はせっかくのセルフレジを入替え、大半を有人レジに改修しました。
残したセルフレジの近くにも職員を配置し常に付きっきりで案内を行います。
人件費削減のためのセルフレジのつもりが逆に費用がかさんでしまいました。
そんな話が日本の田舎ではいたるところで聞かれます。
もしこのレジが、お客さんである老人が自分で操作をするタイプのセルフレジではなく、これまでどおりの有人レジで、操作をする店員のほうが人間ではなくロボットになったとしたならばどうでしょう?
あまりにもロボットロボットした見た目ではなく、人間に似ているがゆえに逆に不気味に感じるという見た目でもなく、まったく人間そっくりであり見た目でも会話でも見抜けない、普通のおばさんの店員ロボットであれば、問題はなかったかも知れません。全員同じ顔だと怖いですが。
現在でも大手企業の受付には上半身だけの女性ロボットが座っていたり、お店に入るといかにもロボットロボットしたロボットが案内のために近づいてきたりする場合があります。
老夫婦の息子の会社は、この高齢化社会に商機を見出しました。
人間そっくりの高性能アンドロイドを開発し、人間ができるおよそあらゆる行動をアンドロイドに代わりに行わせたり手伝わせたりしようと考えました。
高齢化社会には機械操作の他にも独居老人や老々介護の問題もあります。
アンドロイドはレジやATMや役場窓口の対応だけではなく、買い物や散歩にも付き合いますし自動車の運転もできます。介護もできます。
老人が癇癪を起こしても怒らず、根気よく話し相手になります。
完成後のアンドロイドはレンタル契約でお客様に貸し出す予定です。
少女は実はこのアンドロイドの試作品です。
少女の姿であるのは成人モデルにしてしまうとまるで知らない大人が家の中にいるように感じられて、お客様のストレスになる可能性があるためです。そのためのお孫さんモデルです。
このアンドロイドの開発は日本支社長である老人の孫娘がプロジェクトリーダーとなって行っていました。
孫娘が幼い頃、彼女の両親はいつも忙しく世界中を飛び回っていたため、彼女はほぼ老人夫婦に育てられました。そのため完全なおじいちゃんっ子、おばあちゃんっ子です。
けれども成長し、父親の会社に就職してからは重要な仕事を任され、残してきた祖父母のことを気にかけながらも田舎にはほとんど帰れていません。
できれば一緒に暮らして常に様子を見てあげたいと思っています。
せめて誰か面倒を見てくれる人が必要です。
けれども祖父母はお手伝いさんのような他人と住むのは気を使わないといけないから嫌だと言います。
孫娘は試作品アンドロイドの試用を兼ねてアンドロイドに祖父母のお手伝いをさせようと考えました。
開発初期からそのつもりであったため、試作品アンドロイドの姿は孫娘が少女の頃の姿に似せています。
開発チームのメンバーはふざけてアンドロイドを彼女の下の名前で呼ぶようになりました。
孫娘はチーフ、アンドロイドは孫娘の本名で呼ばれる状態がデフォルトです。
だから老夫婦に名前を聞かれたアンドロイドは当然のように自分の名前として孫娘の本名を答えました。
「ほらおじいさん、やっぱり○○ちゃんじゃないですか」というホラー展開です。
孫娘は、本当は自分がアンドロイドを連れて一緒に祖父母の家に帰宅するつもりでしたが急な仕事の都合で一緒には行けなくなってしまいました。
帰郷を延期しても良いのですが孫娘は、これも実験の一環だ、と考え初めてのお使いのつもりでアンドロイドに一人で祖父母の元へ向かわせます。
これが老夫婦の元へ謎の少女が現れた理由です。
アンドロイドは孫娘から「おじいちゃん、おばあちゃんのお手伝いをしてね」と言い含められています。
もちろん、孫娘は事前に老夫婦の家へ電話をして、今度、お世話用のアンドロイドを連れて帰るからと帰宅予定日も伝えていました。
祖父は電話が鳴っても気が付かないので基本的に電話には祖母が出ます。
けれども孫娘が思っている以上に祖母の痴呆は進んでおり、孫娘の話をあまり理解していませんでした。今度帰って来るといった程度の理解です。
孫娘はアンドロイドを一人で祖父母の家に向かわせた後、祖父母の家に電話をかけましたが、たまたま誰も出ません。
留守番電話に一日遅れで自分も行くことと少女はアンドロイドなので食事はいらないといった話や何でも手伝わせてなどと録音しました。
その後は仕事が忙しくなってしまい再度の電話はできませんでした。
残念ながら祖父母が孫娘の伝言に気が付くのは全てが終わった後になります。
孫娘は試作品アンドロイドには大切な祖父母のお世話を任せられるだけの性能があると自信を持っています。
事実、試作品アンドロイドはほぼ人間と同じような行動が何でもできます。
けれども孫娘はアンドロイドを送り出す際に一つだけミスをしていました。
アンドロイドを制御するためのAIがインストール時の初期バージョンのままであるのにも関わらずアップデートを忘れていたのです。
そのため、アンドロイドには記憶の参照に不備があります。
AI記憶ミスアライメントという現象です。
旧バージョンのAIは直近何回かの会話のやりとりしか記憶をできないのに、記憶可能範囲以前の会話内容を会話時に参照しながら回答をする必要が生じた場合は直近の会話とキーワードから架空の記憶を再構築して、捏造記憶が事実であったかのように会話を続ける現象です。
当然、会話は噛み合わなくなります。
初期バージョンのAIしかインストールされていなかった少女は単純な作業を行うだけであれば何も問題はありませんが長く会話を続けていると次第に話題がずれていく欠陥を持っていました。。
本人(アンドロイド)は自分の記憶の不備に気付いていません。
おじいさんからすればホラー展開です。
次第におじいさんは少女のことが恐くなります。
少女は一生懸命に二人に話しかけたりお手伝いをしようと働きかけてくるのですが、おじいさんは少女を遠ざけようと試みます。
おじいさんは、おばあさんにも少女に近づくなと伝えます。
けれども、おばあさんは意に介しません。
おじいさんは物理的におばあさんを守ろうとするようになりますが、少女は変らずに無邪気に近寄ってきます。
翌日、老夫婦の元を非番の警官が訪れます。非番なので拳銃はありません。
おじいさんから話を聞いた警官は少女とじっくりと話をしてみます。
少女らしくもなく理路整然とした受け答えをする少女でしたが長く話を続けていくうちに次第に話題がおかしな感じにずれていきます。
記憶の捏造や話題の焼き直しや繰り返しが発生します。
まさか少女がアンドロイドであるとは警官も思いません。
記憶喪失の迷子の少女だと考え警官は少女を老夫婦から預かり、ひとまず警察署に連れて行くべきだと考えます。
その後は病院に連れて行くなり詳細な身元調査を行うなり対応は色々考えられます。
けれども少女は、警官が老夫婦のお手伝いをしたい自分の邪魔をするつもりだと考えて反発します。
少女をうまく説き伏せて警官と行かせたいと考えるおじいさんと警官。
残りたい少女。
という対立の構図になります。
どたばたが続きます。
三人が気付くと家の中におばあさんの姿がありません。
実はおばあさんはお昼ご飯の準備の途中で足りない野菜を畑から取ってこようと裏山の畑に向かっていました。場所はすぐそこです。
おじいさんは、おばあさんに、山には熊が出るので絶対に一人では畑に行くなといつも釘を刺していますが、おばあさんはあまり真剣には聞いていません。
いつもであれば、絶対におばあさんから目を離さないおじいさんですが、今日だけは別でした。
おばあさんを追い畑に向かった三人は、野菜を取っているおばあさんと背後からおばあさんを狙う藪に潜む熊の姿を見つけます。
おばあさんは気付いていません。
人間離れした動きで少女が飛び出し熊からおばあさんを庇って噛まれます。
おじいさんと警官も大声を上げて飛び出し、驚いた熊は咥えた少女を吐き捨てて逃げて行きます。
「おばあちゃん大丈夫だった? お怪我はしていない?」と少女。
少女の傷口からは、むき出しの機械が見えています。
その時、「おーい、誰もいないのー?」とのんびりとした女性の声が家のほうから聞えてきます。
遅れていた孫娘の到着でした。
後日談です。
一年後、本当のひ孫を連れて老夫婦の元に息子夫婦と孫夫婦がやってきます。
孫娘の夫は警官です。この物語はボーイミーツガールの物語でもありました。
老夫婦は孫娘に抱かれる赤ちゃんの顔を覗き込みます。
おばあさんは一緒に暮らしているアンドロイド少女に話しかけます。
「あなたの妹よ」
アンドロイド少女との生活は老夫婦に張り合いを与え、痴呆も治まり、二人とも以前より健康です。
まだまだ死ぬわけにはいきません。
ひ孫の成長を見届けなければ。
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