第12話 確定ヒロインとの初めての顔合わせ【リーズロッテ公爵家】




 それからは滞りなく、俺とリーナさんはハンナさんの案内で屋敷の玄関口まで到着する。



 ゲームで何度も目にしていたとはいえ、やはりここまでの道のりもなかなかの豪華さだった。


 目の前の玄関も、ここの景観にぴったりな荘厳さだ。屋敷への扉も、成人男性二人分くらいの高さはある。



 また、ハンナさんはいつの間にか屋敷の方へも連絡を入れていたらしく、内側から二人のメイドさんの手によってその扉はゆっくりと開かれていった。


 そうして、露わになったのは屋敷のエントランス。


 そこには大勢のメイドさんが並び立つ中、カーペットの中央でこちらを待ち構えていた三人の女性の姿があった。


 ……。


 うん、ぱっと見ただけでも美人なお姉さんか美少女しかいない。


 しかし、今回ばかりは先ほどのハンナさんの件を反省して、そのお姿をじっくり観察するような真似はきちんと自重した。


 みなさんのその美貌は、また隙を見てこっそりと拝ませてもらうことにしようと思う。



 うん、目の保養は大事だからな。


 あくまでもバレないように己の心を潤す。それが俺流の自重術だ。


 ……そう、今決めた。



 なんて、俺がそんなくだらないことを考えているうちにも、時は進む。


 気付けば中央にいたお三方がこちらへと歩み寄り、皆一様に優雅なお辞儀で俺を出迎えてくれていた。



 実はヒロせかの設定集にはこの世界の礼儀作法なんかもある程度記されており、俺もその内容も大方記憶している。


 確かこういう時は招いた側が先にお辞儀をして、次に招かれた側がお辞儀と共に歓迎の礼を述べるのが通説だったはずだ。


 故に、俺もすかさずお辞儀を返して、なるべく不自然さを感じさせないように堂々と振舞う。



「この度はお忙しい中、温かなご歓迎をくださりまして誠にありがとうございます」


「こちらこそ、この度は当家への養子入りにご同意いただきまして、ありがとうございます」



 俺が礼を述べると、この家の当主と思われる物腰の柔らかそうな女性がすかさず礼を返してくれた。



 とりあえず、今のところはゲームの方で学んだ礼儀作法でも間違いはなさそうである。


 まずはそのことに心の中で安堵した。



 この調子で、今度は俺の方から自己紹介の流れまでもっていく。


 ここは、ゲームの方でも先に名乗った方が若干の好印象の判定をもらうことができたので、できる事ならこのまま手堅く進めていきたい。



「この度お招きいただいたアルトです。差し支えなければ、軽くでも構いませんので、この場で皆さんについてのお話もお聞かせ願えませんでしょうか?」


「ええ、勿論ですよ。私はこの公爵家の現当主、ミラ・リーズロッテです。既にご存知かもしれませんが、私達リーズロッテ公爵家はこの国の三大公爵家の一つで、私は主に情報通信に関するお役目に従事しています」


 そう名乗って、握手を交わした女性には間違いなく見覚えがあった。


 現公爵家の当主であるミラ様は、ベル様と同じくゲームでも攻略不可の重要NPCとして存在していたからだ。


 そして彼女が告げたこの【情報通信に関するお役目】だが、これはこの国の【ステファニア総合情報通信局】【局長】の役職の事である。


 これこそがまさに、俺が養子入りするなら【リーズロッテ公爵家】が良いと考えている一番の理由であり、この恩恵はゲームでもかなり優秀だった。


 特に、ヒロせかにはAIが自動生成した未知のイベントなんかも無数に存在していた為、リーズロッテ公爵家に養子入りすることでミラ様関連のイベントをこなせば、未知のイベントの情報を入手したりできたのだ。


 それこそ、ちょっとした雑談ですら貴重な情報を得られることもあった。


 だからこそ、ヒロせかのNPCの中では、実はベル様よりもミラ様の方が顔を合わせる機会は多かった。



 しかし、ヒロせかには初めからプレイする機能がない関係で、ミラ様との初対面のイベントは他の人の動画で何度か見返したことがあるくらいである。


 故に、プレイヤーに対してミラ様がこれほど形式的な振る舞いをする様には、未だにどこか新鮮な感じがした。



 実はミラ様は仲良くなると結構お茶目なところが見え隠れする感じの人なのだが、今は少しだけ猫を被っている感じがする。



「なるほど……これが男の子の手の感触なのですね、ふふっ、あらあら、まあまあ、なんだかちょっとドキドキしてきちゃったわ」


 ……と、思っていたら、全然ゲーム通りにお茶目な反応が返ってきた。


 しかも、こんなセリフはゲームではなかったので完全に初見だ。


 しかし、よくよく考えてみればこういう反応の方がむしろ自然かもしれない。


 それこそ、リーナさんやハンナさんが普通に接してくれたから勘違いしていただけで、この世界唯一の男なら普通は好奇心が上回ってもおかしくはないだろう。


 ただ、それにしたってこの三人は緊張よりもよほど好奇心が勝っているのか、ミラ様の両脇にいる二人の女の子ですら心なしかワクワクしている感じを全く隠しきれていない。



 それでもまあ、やはりミラ様の反応が一番素直だった。


 初めて触る骨ばった男の手の感覚が余程気に入ったのか、目を輝かせて全く興味を隠せていないミラ様に俺も少し微笑ましい気持ちになる。


「はは、俺の手なんかで良かったら、いくらでもご堪能ください」


「あらまあ、随分と気前が良いのね」


「いえ、ミラ様のようなお綺麗な方にご満足いただけるなら、それほど光栄なことはありませんからね」


「ふふっ、あらあら、それにお口もお上手ですこと……これは、うちの上の子なんて一瞬でころっといってしまうかもしれないわね」


「んっ?すみません、最後の方だけ少し聞き逃してしまいました。何かおっしゃられましたか?」


「ああ、いいえ、なんでもないわ。それよりも、これからは私が貴女の義母さんになっちゃいますから、どうぞよろしくお願いしますね。ふふっ」


「はい、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。これからはミラお義母様とお呼びしても?」


「ええもちろんよ。私もこれからはアルト君と呼ばせてもらうわね」


 なんだか途中色々とはぐらかされたような気もするが、男たるもの、こういう細かいことは気にしないのが粋というものだ。


 俺はロマンのわかる男。


 その為、俺の興味は次に紹介されるであろう二人の娘さんの方へとすぐに移り変わった。


 ゲームでは、この二人の女の子は、プレイヤーがチュートリアルで初めてヒロインにする姉妹キャラだった。


 この姉妹キャラは、確定で義姉と義妹に由来する特別な能力を有しているため、最終盤までずっと採用し続けることができる強力なヒロインでもある。


 別ゲーでたとえるなら、某モンスターをゲットするシリーズのの御三家キャラみたいなものだ。


 そして、ゲームではミラお義母様とは違いヒロイン枠だったため、その容姿や性格も確定していない。


 せいぜい、他のヒロインたち同様攻略難易度に応じた大まかな設定テーブルが存在するくらいである。


 その為、この二人の容姿や性格に関しては完全に初見だった。


 まあ、これもリアルヒロせかの醍醐味と言えよう。


 自分でキャラクリするのもいいが、これはこれで別のロマンがある。



 さて、俺がそんなことを考えている間に、ミラお義母様もようやく俺の手の感触から意識が戻って来たようだ。


 彼女は一つ咳払いして、当初の目的を失念していたことに少し赤面していた。


「んん、あっ、それと紹介が遅れたけど、こっちが私の娘のアリアとレティアよ」


 ミラ様がようやく思い出したというように紹介すると、まずミラお義母様から見て右隣から一人の美少女が一歩前に出る。


 その間際に、少し困り顔で「もうお母様!」と小さく抗議していたのが、ちょっぴりお茶目な感じがして可愛かった。


 なるほど、確かにこれは親子だな。


 よく見れば、その容姿もミラさんとよく似ているように思う。



「アリア・リーズロッテです。よろしくね?」


「アルトです。よろしくおねがいします」


「ふふっ、歳も近い事だし、堅苦しいのは無しでいいよ。だって、君は今日から私の弟君で、私は君のお義姉ちゃんになるんですもの。それとも、アルト君は私みたいなのに馴れ馴れしくされるのは、イヤだったかな?」


「いえ、むしろやくと――――こほんっ、ううん、俺もこんなに可愛い人と姉弟になれるなんて嬉しいよ、アリア義姉ねえさん。こちらこそ、これからよろしくね」


 途中ヲタク的な本心が出そうになったが、俺はなんとかキリっとした顔を繕って、何なら彼女に言われた通り少し砕けた口調で返してみた。


「わぁ!うんっ!よろしくね、弟君!」


 どうやらその判断は正しかったらしい、アリアお義姉ちゃんもまた、先ほどのミラお義母様同様目を輝かせてわかりやすく喜んでいた。


 なるほど、確かにこれは親子だな(二度目)。


 なんだか母子共にほわほわな癒し系オーラが漏れ出ていて、とってもほっこりした気持ちになった。



「――――さて、それでは次はわたくしの番ですわね」


 おお、二人のほわほわオーラに気が緩んでいて、完全に油断していた。


 今度はどこか大人っぽい声色が俺の耳を撫で、思わずドキリと心臓が跳ねる。



 つられて声の方に振り向くと、今度はミラお義母様から見て左隣から一人の美少女が一歩前に出ていた。


「私はレティア・リーズロッテと申します。今日からあなた様の義妹いもうとになる女ですので、ぜひとも、お好きなように可愛がってくださいまし、お・に・い・さ・ま?」



 そう名乗る彼女は、少しクールでアンニュイな雰囲気のあるお嬢様口調の女の子だった。


 こちらはアリアお義姉ちゃんと一転して、どこか大人っぽくて、あまり年下っぽい感じもしない。


 それこそかなり落ち着いた雰囲気で、色気のようなものすら感じさせる可憐な女の子だった。


「も、もう!レティアちゃん?いきなりそんな自己紹介したら、弟君が困っちゃうでしょ?」


「あら?そんな・・・とは随分な言い様ですわね。見たところ、お義兄様は随分と女性に目がないご様子。むしろ、こういったお誘いを喜ばれるのではなくって?」



 なっ!この子、中々鋭いぞ!?


 そんなバカな!


 確か、ゲームでは仕様として最初にヒロインになる公爵家の姉妹はその攻略難易度は激チョロに設定されていた筈だ。


 それなのに、この子からはまるで「わたくしにかかれば殿方なんてイチコロですわ」と、手のひらの上で軽くころっころとしてしまいそうな魔性の気質すら感じさせられた。



 いや!まあ、待てよ俺。


 それはいささか判断が早すぎるのではないか?


 いくら魔性の女っぽい雰囲気があるとはいえ、この子もあのミラお義母様の娘なんだ。


 正直、見た目からしてあまりミラお義母様に似ていない気もするが……それでもワンチャン、見かけによらずということもあり得る。


 俺はまたしてもキリっとした表情を繕い直し、平然と会話を繋げる。


 そう、俺はこれでも熟練のヒロせかプレイヤー。


 俺が会話に困るヒロインなんてこの世界には存在しないのだ。


 そして、こういうタイプのヒロインは、変に取り繕わずにあえて弱みを見せつつ、相手の事を尊重するような振る舞いを徹底するととうまくいくことが多いと、俺はヒロせかで既に学んでいる。


「あはは、レティアちゃんとはお互い本音で色々な話が出来そうだね。俺もやっぱり肩肘張って疲れちゃう時があるから、そういうときはお互い気楽にお話できると嬉しいかな。勿論、可愛がって欲しいと言うならそうさせてもらうよ。丁度、俺も妹が出来たら沢山甘やかしてあげたいと思っていたことだしね」


「あら?うまくいなされてしまいましたか。しかし、なるほど、お義兄様は私を沢山甘やかしてくれるのですか……ふむ、なるほどなるほど、これは、言質をいただきましたわね?」



 ん?あれ、無事にレティアちゃんからの好感度は上がった気がするが、その代わりに何か大きな間違いを犯したような気がするのは気のせいだろうか。


 ……ふむ、なんだか悪寒がするな。



「うう、弟君それはまずいよぉ……」


「ふふっ、あらあら、これでレティアちゃんのぐうたらに拍車がかからなければいいのだけど……」



 最後、なんだか少しだけ全身に鳥肌が立つような感覚があったが、まあいいだろう。


 俺は細かいことなど気にしない。


 そんなことを気にする暇があったら、これからの事について真剣に思いを馳せるのだ。



 それから少しして、軽くみんなとやり取りした後は、昼食の時間になるまで屋敷の設備について色々と見て回ることとなった。



 ここまでは、大方問題なくゲーム通りに進んでいる。


 つまり、ここからが俺にとっての大本命。


 この自由時間こそが何よりも肝要だ。


 俺は徐に手元からスマホを取り出して、リーナさんに少し一人で屋敷を見て回ってみると言伝しておく。



 さて、俺は一つ気合を入れて、真っ暗な携帯の画面を注視した。


 正直、薄々わかっていても少し緊張してしまう。



 なぜなら、ゲームでは丁度このタイミングで初めてのロマンスクエストへの条件が開放されるからだ。



 一応、ミラお義母様達との会話が終わったタイミングで軽くスマホが震えたような感覚があったような気もするが、万が一、いや、億が一にもここだけゲームと仕様が変わっている可能性もあり得る。


 その可能性がないとは言いきれない以上、どうしたって少しは緊張した面持ちになるというものだ。



 しかし、いつまでもこうしている訳にはいかないので、俺もついに意を決して携帯をスリープモードから復帰させる。



 すると、そのロック画面には直近の通知が4つ表示されていた。




『あなたのスマホに【ロマンス】機能を追加しました』



『【アリア・リーズロッテ】ロマンスクエスト開放の条件が発現しました』




『【レティア・リーズロッテ】ロマンスクエスト開放の条件が発現しました』











『【ハンナ・レイラーニ】ロマンスクエスト開放の条件が発現しました』






 俺はその表示に、思わず目を見開いた。











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