第8話 覚悟

──オーク側・片目のグル視点──


相手の先鋭をこうも簡単に屠ったのは、オレの長ぇ戦いの中でも初めてだ。

敵は全滅。俺たちはほとんどが無傷。

突入してきた精鋭騎士団が、まるで干からびた枯葉みてぇに燃え尽きていく光景……あれは、忘れられねぇ。


スログが死んだあの日から、バルドは変わった。いや、変わったってより、本性をさらけ出したって感じだ。

オレ達オークは単純明快、腕っぷしや決闘の強ぇ奴に従う。それがこの世の理だと思ってた。

だが、アイツはちげぇ。剣や斧じゃなく、頭で戦う。しかもその頭が、化け物みてぇに回る。


火炎瓶──あんなもん、オレは生まれて初めて見た。

ただの壺かと思えば、中には油だの酒だの訳わかんねぇもんを混ぜた液体。

それを火をつけて投げ込むだけで、敵は甲冑ごと炎に包まれて、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

人間の騎士ってのは、死ぬまで突っ込んでくるのが当たり前だと思ってたが、燃えながら剣を振るう奴なんざいなかったな。


しかもバルドはただ火を放つだけじゃねぇ。

敵の動き、隊列、通路の幅、塔の構造……全部計算して、炎の壁から逃げられねぇようにしてやがった。

まるで、敵がどこに足を踏み出すか、あらかじめ知ってるみてぇだった。


オレは戦場であれほど冷静な奴を見たことがねぇ。

普通は血が湧き立って、仲間がやられりゃ我を忘れて飛び込むもんだが、アイツは違う。

仲間が倒れても、次の手、さらにその次の手を用意してやがる。

怖ぇくらいにな。


オレは力じゃアイツに勝てるかもしれねぇ。

だが戦じゃ、百回挑んでも勝てる気がしねぇ。

だから……決めたんだ。アイツのやることを、オレが理解して、みんなに伝える。

バルドの言葉はオレ達オークには難しすぎる時がある。何言ってんのかわかんねぇこともある。

だが、理解できる奴がいなきゃ、その力は半分も発揮できねぇ。


オレがその役目をやる。バルドの橋渡しになってやる。

いつか、アイツの右腕として戦場を駆ける。その時まで、全部見て、全部学んでやる。

そう、あの炎の夜に、オレは心に誓ったんだ。


──オーク側・バルド視点──


炎の匂いが、まだ鼻にこびりついている。

火計は成功した。敵の先鋭部隊は、ひとり残らず灰になった。こちらの損害は軽微。戦果だけを見れば、これ以上ない勝利だ。


だが──ここからが本番だ。

敵の本隊は、先鋭を失った今、即座に動けない。焦りと混乱が必ず走る。指揮官は責任を問われる立場にあるだろう。だからこそ、連中は次の一手を防ぐ余裕がない。


「バルド、敵は次にどう動くと思う?」隣に立つグルが口を開く。


「ふむ…恐らくは陣地を下げて様子見をするだろうな。輜重部隊の荷馬車はそれほど多くはない。順当に考えれば、本国に援軍と補給の手配をするだろう」


正面からの再突入は……たぶんない。

今回の炎で、あいつらは俺たちを侮れなくなった。中央塔にも同じ罠があると疑うはずだ。疑心暗鬼になった相手は、必ず足が鈍る。


とはいえ、奴らも退くわけにはいかない。オーク相手に10倍の軍で逃げ帰ったとなれば良くて国の笑い者、悪ければ斬首刑が待ってるからだ。


俺が警戒すべきは二つ──包囲の強化と補給線の延伸だ。

下手に持久戦に持ち込まれれば、兵糧は先にこちらが尽きる。だから、次は奴らの補給を断つ。正面を守りつつ、外に出られる少数の部隊で、補給部隊を叩く。


……問題は、敵がどこまでこちらの手を読んでくるかだ。

人間の騎士団長クラスなら、多少の損耗は織り込み済みで動くはず。だが、今回の炎の一撃は想定外だったろう。士気も揺らいでいる。そこを突く。


勝つために必要なのは、力じゃない。

勝てる戦場を、勝てる形に整えることだ。

俺はそのためにここにいる。


間もなく本格的な夜が来る。オーク達が待ち焦がれた瞬間だ。

塔の上から薄っすらと光る月を見上げ、俺は次の手を頭の中で並べていった。

炎は終わった。次は、静かに首を絞める番だ。


「敵補給部隊を奇襲する部隊を編成する。夜目の効く者、嗅覚や聴覚に優れた者を厳選しろ。敵陣は確実に混乱している。だからこそ今仕掛ける」


周囲のオークたちの目が鋭く光った。

闇の中、月明かりだけが冷たく戦士たちの決意を照らし出している。

自信の有る者は低く唸り、選抜が始まった。

この夜の闇が終わる頃には、敵の補給は断たれ、戦局はこちらに傾いているだろう。

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