第三章 弐ノ橋 記憶に潜む影

第一節 協力者あらわる

《七月十日( 金) 》

 午後の洛陽女子学園。


 夕陽が校舎の窓を温かい朱色に染め、校庭の木々をそっと揺らしている。

 真宵は重厚な校門の前に立ち、少しの緊張を抱えながらも足を踏み出せずにいた。

 校庭から聞こえる生徒たちの笑い声や話し声は、どこか遠くの世界のことのように感じられた。


「どうやって澪のこと、聞けばいいんだろう……」


 そんな不安を胸に呟いた時、背後から軽やかな足音が近づいてきた。


「真宵ちゃん、こんなところで会うなんて。奇遇やな!」


 振り返ると、長身で茶色のポニーテールを揺らす女子生徒が歩み寄ってきた。


 彼女は真宵より一学年上の鞍馬右京くらま うきょう。剣道部のエースで、全国大会では準優勝の実績を持つ、誰もが一目置く存在だった。

 中学時時代には、真宵や澪と共に生徒会に所属していた仲間でもあった。


 真宵は驚きながらも、安堵の気持ちを抱えて応えた。


「先輩!こんな所で会うなんて、びっくりしました」

「一人でいるみたいやったからな。声かけてみたんや」


 真宵は緊張を押し殺しながら言った。


「よかったら、ワグドナルドで話しませんか?澪ちゃんのこと、色々聞きたくて」

「ええよ。付き合うわ」


 二人は駅前のファストフード店『ワグドナルド』へと向かった。

 店内は学生たちの笑い声と注文の声が入り交じり、夕暮れの静かな校庭とは打って変わった賑わいを見せている。


 窓際の席に座った二人。真宵はゆっくりと口を開いた。


「澪ちゃんは学校では、どんな子でしたか?」


 鞍馬は少し目を伏せてから語り始めた。


「澪ちゃんはな、活発で明るい子やった。高校でも変わらず、スポーツも勉強も頑張っとって、みんなから頼りにされてたんや。」


 真宵はうなずいた。自分の知っている澪と同じ姿を思い浮かべていた。


「うん、澪ちゃんは元気いっぱいで、周りを引っ張ってくれるような子だった」


 鞍馬は続ける。


「せや。けどな、元気な姿の裏で、クラスの一部から距離を置かれとった。仲良くしてくれる友達もおったけど、いじめられてるところを見たこともある。

 わたしが声をかけた時も、『大丈夫です』って強く言われて…、深入りされたくなかったんやろうな」


 鞍馬は少し眉をひそめた。


「秋ごろから冬にかけては、不登校気味になった。

 学校に来る日が減っていって、来ても週に一度あるかないか。様子を気にかけて声をかけたこともあったけど、いつも笑顔で『大丈夫』って言われてしまってな」


 真宵は胸が締めつけられるようだった。


「最後に会ったときも、澪ちゃんは笑顔だったんですよね?」

「せや。でも、あの笑顔には何か違和感があった。いつもの澪ちゃんとはどこか違っ

 て、目が虚ろで空っぽやったんや」


 真宵は拳を強く握りしめた。


「やっぱり、何かあったんですね。私、ちゃんと知りたい。澪ちゃんのことも、両親のことも」


 鞍馬は力強くうなずいた。


「わたしも協力する。二人で頑張ろうな」


 窓の外には、夕暮れの風が静かに吹き抜けていた。

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