day11.蝶番

 僕がその人を拾ったのは、四月の終わりだった。

 祖父が所有し、伯母が管理している女性専用マンションだ。伯母の都合が急につかなくなり、代わりに僕が行くことになった。その日は生ゴミの回収日で、ゴミ置き場から道路へ出す作業があった。

 住人と直接会うわけじゃないけど、女性専用マンションのゴミを男がいじっていたら気分を害する人もいるかもしれない。だから朝早くに向かった。


 すると、道路際のゴミ捨て場に女の人が倒れていた。

 明るい茶色の長い髪。細身のスーツ。折れそうに尖ったハイヒール。青い顔に、やけに鮮やかな唇。

 近づくと寝息を立てていて、生きていることがわかった。迷った末、そっと抱き上げて管理人室に運んだ。少し酒の匂いがした。春だし、そんな失敗もあるかもしれない。

 簡易ベッドに寝かせ、スーツのジャケットのボタンを外しておいたタオルを絞って、顔と首、手をざっと拭く。ベッド脇の机に、ここが管理人室であることと、自分がゴミ捨てに行っているためしばらく使っていいというメモを残し、その場を離れた。


 急いでゴミを移動して、ゴミ捨て場の掃除をして戻る。

 管理人室の扉を開けると、蝶番が妙に大きな音を立てた。

 扉にストッパーを挟んで中に入ると、女性が寝ぼけた顔で僕を見上げた。部屋をぼんやりと見回し、ハッとして飛び起きる。


「こ、え、ここ……どこ?」

「ここは○○マンションの管理人室です。僕は江里理人で、管理人の江里の甥です」

「……あの、私、どうしてここに?」

「マンション前のゴミ捨て場で倒れていたので、お連れしました」


 そう言った途端、彼女のお腹が鳴った。


「少しお待ちください」


 ケトルでお湯を沸かし、棚からレトルトの味噌汁を取り出す。お椀が見当たらなかったので紙コップに注いで渡すと、彼女はおずおずと受け取った。


「……ごめんなさい」

「僕、情けない大人の世話をするの、けっこう好きなんです。気にしないでください」

「情けないって……ううん、確かに情けない大人ね。ありがとう。いただきます」


 そのとき微笑んだ顔が思った以上に幼くて、可愛かった。僕の心が射抜かれたのは、きっとあの瞬間だ。

 風が吹いて、扉の蝶番が軋んだ音を立てた。

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