day10.突風

 それは、おれ、須藤小春が小学生になったばっかの頃のことだ。学校から帰ってランドセル置いたら、いきなり兄ちゃんがどなってんのが聞こえた。


「長男だからって家業継がなきゃいけない決まりなんてねえだろ!」

「冬一郎、落ち着かないか。誰も必ずそうしろとは」

「んなもん小春にでもやらせとけよ!」


 いきなり自分の名前が出てきてびっくりする。

 なんの話? そーっと居間のぞいたら、冬一郎兄ちゃんとお父さんがちゃぶ台をはさんでケンカしてた。


「選択肢の一つとしてあるというだけだ」

「誰が継ぐか、こんな家!」

「それならそれで構わん。お前が言ったように小春もいるし、秋絵か夏葉が婿を取るという手もある」

「っ、誰でもいいのかよ!」

「極論はな」


 淡々と話すお父さんに、兄ちゃんはずっと怒鳴っている。……誰がお父さんと仕事をするかって話かな?


「誰でもいいなら、甘ったれの小春にでもやらせときゃいいだろ!」

「冬一郎。今、小春は関係ないだろう。お前の進路をどうするかという話だ」

「え、おれがやるの? いいの?」


 つい顔出したら、ふたりしてビックリした顔でこっち見た。


「小春、あっちに行ってな」

「おれ、お父さんと庭師やる! 枝切ってるの、かっこよくて好きなんだ。おれにも教えて!」

「……小春がやりたいなら、いくらでも教える。でも今は兄ちゃんの大事な話してるから、ちょっと向こう行ってろ」

「うん。楽しみにしてんね!」


 おれは居間を出て、外の花屋にダッシュした。

 母さんが「おかえり」と顔を上げた。


「母さん!おれ、お父さんのあとつぐ!」

「……そうなの?」

「うん!」


 さっきの兄ちゃんとお父さんのケンカのこと、母さんに話した。母さんは目を細めて頷いた。


「小春は、お父さんのお仕事好き?」

「うん、好き!」

「そう。じゃあお父さんのお手伝いをして、大人になってもずっと好きなままだったらお願いしましょうね。今は、オヤツを食べて、宿題しなさい」

「わかった!」


 オヤツ食べて、宿題して、母さんの手伝いもした。土と草と花のにおいがするうちの庭が好きで、なんで兄ちゃんがあんなに怒ってたのか、さっぱりわかんなかった。



 ――その溝は、結局半世紀経った今も埋まらないまま、俺は兄と歩み寄れずにいる。

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