第15話:裏切りと決別

董卓を討つ。


第十四話で、呂布は自分の心の奥底から湧き上がる「正義」に従い、その決断を下した。もはや董卓の言葉に惑わされることはない。彼女の願いである「みんなが、ずっと笑顔でいられますように」を叶えるためには、董卓の暴政を終わらせるしかなかった。


しかし、幼い呂布がたった一人で、巨大な権力を持つ董卓を討つことは不可能だ。彼女は、王允の「連環の計」の存在を知っていた。そして、貂蝉もまた、王允の命に従っていることを。たとえ騙されていたとしても、彼らの目的は董卓を討つこと。ならば、今この瞬間だけは、目的を共有できるはずだ。


呂布は、夜陰に紛れて王允と貂蝉に接触した。王允は、まさか呂布から協力を申し出るとは思っておらず、最初は警戒していた。

「呂布殿…何をお考えか?」

王允の疑いの目に、呂布は真っ直ぐな瞳で答えた。

「董卓様を倒します。私の、正義のために」

その言葉に、王允は驚きを隠せない。呂布の瞳には、かつての盲目的な忠誠心ではなく、確固たる意志の光が宿っていた。貂蝉もまた、呂布のその変化に、静かに涙を浮かべた。


呂布は、王允と貂蝉に、自分の決意を語った。董卓の真意を知り、もはや彼を信じることはできないと。そして、献帝や、苦しむ民のために、この暴政を終わらせたいのだと。呂布の純粋な思いに、王允は心を動かされた。彼は、これまでの計略のすべてを呂布に打ち明け、協力を申し出た。貂蝉もまた、自分の身を挺して董卓を誘惑し、呂布の援護をすることを誓った。


こうして、董卓を討つための計画が動き出した。呂布、王允、貂蝉の三者は、それぞれの思惑を胸に秘めつつも、「董卓打倒」という共通の目標に向かって協力することになった。


そして、その決行の日が来た。


董卓は、いつものように豪勢な宴を開き、貂蝉を傍らに置いていた。彼の顔には、呂布との亀裂など気にも留めない、傲慢な笑みが浮かんでいる。呂布は、董卓の護衛として、彼の側に立っていた。彼女の小さな手は、しかし、方天画戟の柄を固く握りしめていた。


宴もたけなわの頃、王允が董卓に近づき、こう告げた。

「董卓様、陛下が病に倒れられました。どうか、至急お見舞いに向かわれては」

董卓は最初は気乗りしない様子だったが、貂蝉が心配そうに彼の袖を引くと、しぶしぶと腰を上げた。


董卓は、数名の護衛を連れて宮殿へと向かった。呂布もまた、護衛として彼の後を追う。道中、董卓は呂布に気まぐれに話しかけた。

「呂布よ、お前も最近は元気がないな。貂蝉に夢中で、お前を構ってやれなかったか」

その言葉は、まるで父親が子供を気遣うような響きがあった。呂布の脳裏に、村で初めて出会った董卓の優しい笑顔がよぎる。あの時、確かにこの人は、自分を温かく迎えてくれた。その思い出が、呂布の心をチクリと刺した。


だが、呂布の決意は揺らがなかった。彼の暴政によって苦しむ民の姿、そして献帝の悲しむ顔が、彼女の脳裏に蘇った。この優しさは、偽りだ。あの笑顔も、今はもうない。


宮殿の一室に入ると、そこには病で伏せているはずの献帝ではなく、待ち伏せていた王允とその配下の兵士たちがいた。

「董卓! これまでの悪行、ここで終わりだ!」

王允の叫びに、董卓は驚き、すぐに激怒した。

「貴様、謀反か! 呂布! 奴らを討て!」

董卓は、迷いなく呂布に命じた。彼にとって、呂布は最後まで自身の忠実な「剣」であった。


呂布は、董卓の前に立ち、ゆっくりと方天画戟を構えた。その切っ先は、紛れもなく董卓へと向けられていた。

「な…何を! 呂布、貴様! わしを裏切るのか!」

董卓の顔は、驚愕と、そして深い裏切りに歪んでいた。


呂布の瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。董卓を討つことは、彼女にとって大きな痛みを伴う決断だった。しかし、彼女の心は、決して揺るがなかった。

「董卓様…っ」

呂布の声は、震えていた。

「あなたは…あなたは、もう、私の信じた董卓様じゃない!」

そして、呂布は方天画戟を強く握りしめ、咆哮した。

「私の…私の、正義のために…!」


呂布の一撃は、迷いなく董卓を襲った。彼は、最後まで信じていた養女の刃によって、その生涯を終えた。


董卓の死後、王允は歓喜し、貂蝉は静かに安堵の息を漏らした。だが、呂布の心は晴れなかった。目的は達したが、その胸には、深い悲しみと、複雑な感情が渦巻いていた。彼女の「正義」は、裏切りと、そして愛憎の果てに、一つの大きな節目を迎えたのだった。

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