第13話:董卓の真意

李粛の助言は、呂布の心に衝撃を与えた。王允の「連環の計」に利用されていたという事実。貂蝉もまた、その計略の一部だったこと。そして、誰もが自分の力を利用しようとしているという疑念が、呂布の心を深く覆った。しかし、李粛の「ご自身の心に従ってください」という言葉だけが、呂布の唯一の光となっていた。


呂布は、夜も眠れぬほど考え続けた。自分の信じる「正義」とは何なのか。董卓の傍らにいることが、本当に「みんなの笑顔」に繋がるのか。彼女は、もう一度、直接董卓に問い質すしかない、と決意した。彼の口から、かつて語った「平和」への真の思いを聞きたかった。


翌日、呂布は董卓の執務室を訪れた。部屋には、山積みの書類と、豪華な調度品が並んでいた。董卓は、上機嫌で酒を飲んでいたが、呂布の真剣な眼差しに気づき、わずかに眉をひそめた。


「どうした、呂布よ。何か用か?」

董卓の声は、以前のような温かみを失い、どこか冷たい響きを持っていた。呂布は、覚悟を決めて口を開いた。

「董卓様…! あなたは、本当に天下を統一し、乱世を終わらせたいのですか? 民を、本当に救いたいのですか?」

呂布の純粋な問いかけに、董卓は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。そして、すぐに豪快に笑い出した。


「ふははは! 何を今更、幼いことを聞く。もちろん、そうではないか!」

董卓はそう言いながら、酒を煽った。しかし、呂布の目は、彼の言葉の裏にある「真意」を必死に探していた。

「でも…洛陽を焼いて、民を苦しめています。あなたは、みんなを笑顔にすると言ったのに…!」

呂布は、董卓の行動と彼の言葉との矛盾を、真っ直ぐに突きつけた。彼女の瞳は、悲しみと、それでも真実を求める強い光を宿していた。


董卓の笑みが消えた。彼の顔に、冷酷な表情が浮かび上がる。

「フン。小賢しいことを。お前のような子供に、この董卓の大業が理解できるわけがなかろう。天下を統一するには、多少の犠牲はつきものだ。愚かな民が何を言おうと、わしが成すことが、最終的にこの乱世を終わらせるのだ。そうすれば、皆、わしに感謝するだろうよ」

董卓の言葉は、呂布の心に冷たい水を浴びせかけた。彼の口から出たのは、「犠牲」という言葉と、傲慢な「感謝」への期待だけだった。彼にとって民は、あくまで「統一のため」の手段であり、感謝すべき対象ではなかったのだ。


「そんな…! 民は、あなたの道具じゃない!」

呂布の小さな体が震えた。彼女の正義感が、董卓の言葉に激しく反発した。

董卓は、呂布の激しい言葉に、初めて苛立ちを見せた。彼は酒杯を床に叩きつけ、低い声で呂布を威圧した。

「黙れ、呂布! お前はわしが拾い、育ててやったのだぞ! わしに逆らうということは、このわしに弓を引くということだぞ! お前はわしの剣、わしが命じれば、ただ従うのが務めだろうが!」

董卓の瞳には、怒りと、そして底知れない権力欲が渦巻いていた。彼の言葉は、呂布をただの「道具」としてしか見ていないことを、はっきりと示していた。彼が語る「天下統一」とは、民のためではなく、自身の欲望を満たすためのものだったのだ。


呂布は、その場に立ち尽くした。脳裏に、村で交わした董卓との最初の言葉が蘇る。「この人なら、きっと世の中を良くしてくれる!」。あの時の純粋な信頼が、音を立てて崩れ落ちていく。董卓の言葉と行動から、彼がかつて見せた優しさや、語った「平和」への言葉が、すべて偽りであったことを、幼いながらもはっきりと理解したのだ。


部屋を後にする呂布の足取りは重かった。彼女の心には、董卓に対する深い失望と、裏切られたことへの激しい怒りが渦巻いていた。そして、同時に、自分の信じた「正義」が、利用され、踏みにじられたことへの悔しさが、幼い胸を締め付けた。


もう、彼の言葉を信じることはできない。このまま彼に従っていては、本当に「みんなの笑顔」など決して訪れない。呂布の心の中で、董卓を討つという、これまでにない決意が芽生え始めていた。

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