第11話

 土曜日の朝。

 目覚ましより早く起きたのは久しぶりだった。


(……寝られるわけないよな)


 今日は、レイナとの初デート。

 制服じゃなくて、学校でもない場所で――“恋人っぽいこと”をする日だ。


 予定していた待ち合わせ場所は、駅前のロータリー。


 人通りの多いその場所で、俺は少し早めに到着して待っていた。

 手の中には、小さな白い紙袋。中身は、数日前に街で見つけた小さなピアス。

 いつか渡したいと思っていた。


「悠真ー!」


 その声に振り向くと、そこには――


「……お、お前……」


 黒のニットと、淡いグレーのロングスカート。

 髪をふわりと巻いて、耳元で揺れるアクセサリー。

 あの結城レイナが、“ただの可愛い女の子”になって、そこに立っていた。


「なに? 変……?」


「……いや、めっちゃ可愛い」


「っ、そ、そういうの急に言うの反則!」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向く彼女が、たまらなく愛しかった。


     ***


 映画館、カフェ、公園――

 どこに行っても、レイナは楽しそうに笑っていた。


 手を引っ張って歩いたり、隣でスイーツを半分こしたり。

 どれも全部、俺にとって初めてで、だけどどこか“しっくり”きた。


「ねえ悠真。あたしね、今日すっごく楽しい」


「俺も」


「でも……」


 夕方、観覧車に乗ったとき、レイナは少しだけ不安そうな顔をした。


「……こんな時間、あたしには、もったいないかもって思っちゃう時があるんだ」


「どうして?」


「だってさ、あたしみたいな奴が、悠真とデートしてるなんて……なんか、現実味ないっていうか」


「馬鹿言え。お前がレイナじゃなかったら、俺、絶対惚れてない」


「……!」


「お前だから、好きになったんだよ」


 ゆっくりと、観覧車が頂上へと近づいていく。

 夕日が差し込むその中で、俺はそっと、レイナの手を取った。


 そして、言葉より先に――唇を重ねた。


「っ……」


 一瞬だけ、世界が止まった気がした。

 ほんの短いキス。でも、それは何よりも確かな証だった。


 俺たちは、もう――“好き”の先にいるんだ。


「……あたしのファーストキス、責任取ってね」


「もちろん」


「じゃあ……今度は、あたしからもしていい?」


「……うん」


 再び、そっと唇が重なる。


 こんなに静かで、優しくて、温かい時間があるなんて――知らなかった。


     ***


 帰り道。

 駅前のロータリーまで来たところで、俺はようやく紙袋を差し出した。


「これ。お前に渡したかった」


「なにこれ?」


「中、見てみろよ」


 袋の中には、白いピアス。

 シンプルだけど、レイナの黒髪によく映えそうなやつ。


「……可愛い。これ、あたしに?」


「うん。今日、似合うと思ってさ」


「悠真……」


 レイナはしばらくピアスを見つめていたけど、やがてそっと袋を閉じた。


「今日、いろいろ貰いすぎて、胸がいっぱい」


「俺は、もっと渡したいけどな」


「じゃあ、またデートしよう。次は――」


 そのとき、レイナのスマホが鳴った。


「……ん?」


 通知に目を通した瞬間、レイナの顔から色が消えた。


「どうした?」


「……ごめん。帰ったら、ちょっとだけ話さなきゃいけないことがある」


「え……?」


 微笑んではいたけど、その顔には明らかに何かを隠している表情があった。


 楽しかったデートの余韻に、影が落ちる。


 終わりが近づいているなんて――

 このときの俺は、まだ気づいていなかった。


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