第三十六話 廃墟の魔王城

「うーん、少し気持ち悪いなー。体全体ぐるぐるしてる感じー。フィオナはなんともなさそうだね」


 最北の岬の教会から孤島への道を繋ぐため、ルシルとメーリックの力で作り出された光の渦。その中に飛び込み辿り着いたのは小さなほこらの中だった。

 光の渦は私たちが抜け出るとスーッと消えていった。今回繋いだ光の渦が一方通行なことは了解済みである。前にルシルの祖母が作った時は、フィオナたちが戻るまで維持されていた。私たちの帰りは転移魔法を使うから大丈夫とルシルに伝えると、キラキラした目で凄い凄いとはしゃいでた。転移魔法の使い手が珍しいらしい。


「私は平気よ。アーティ少し休んでく?」

「ううん、そこまでじゃないよ。先に進もう」


 ほこらを出るとそこは険しい岩山に囲まれた荒れ地が広がっていた。上を見上げると灰色の雲が一切の光を届かせない、ただただ重苦しく暗い空。それが余計濃い瘴気を感じさせてくる。

 とは言うものの、正直レイヴノールさんが居る所で感じた瘴気には全く及ばない気がする。そもそもあそこはこことは違う世界だ。


「はい、アーティにも灯り渡しとくね」

「ありがとー、やっぱりフィオナのは質が違うねー。そうだ、結界魔法かけさせてね」


 フィオナは灯火魔法を発動しており一つ分けてくれた。私も結界魔法を今のうちにフィオナにかけておく。聖女の守り手としての責務はちゃんと全うしないとね。


 この島に一度来ているフィオナは魔王城のある方向へと迷いなく歩いていく。表情が冴えないのは以前のことがあるからだろう。こういう時ってどう声をかければいいのかな。いつもの様に軽口を言う雰囲気でもないし。というか、こんな陰鬱な場所で楽しいこと考えるのが無理あるんじゃない。

 だけど私フィオナに言ったよね。この旅では心配も不安もさせないって。うわー、大口叩きじゃん。どうしよう、どうしたらいいのかな。


「アーティってば、凄く難しい顔になってるけど、どうしたの? 調子悪いの?」


 フィオナが心配そうに顔を覗き込んでくる。いけないいけない、私が心配の原因になるなんて。とりあえず口角を上げ、笑い顔を作る。


「何ともないよー。帰ったら何を食べようかなーって考えてたのー。美味しいものがいいよねー。フィオナは何食べるー? そういえば北区で美味しいケーキのお店知ったんだー。今度一緒に食べに行こうよー」


 へらへらといつもの様に軽口で喋る。確実に今いる場所で話すような内容ではない。だけどフィオナには効果抜群だったようで声を出して凄い笑ってた。


「ふふふっ、あー、おっかしー。アーティってば、そんなこと考えてたのね」

「いやー、何かここって荒れ果てすぎてて気が滅入りそうになるからさー、楽しいことでも考えようと思ってー」

「そうね。うん、そうよね。アーティと一緒で本当に良かったわ。美味しいケーキ、絶対食べに行こうね」


 フィオナに笑顔が戻る。昔から彼女の笑顔に何度癒されてきたことか。『聖女』じゃなくて、私の大事な『親友』の笑顔を守りたいと改めて思った。



 

 岩山と荒れ地しかない景色の中を歩き、私たちは魔王の拠点であった場所へと辿り着く。崩れかけている城壁、開かれたままの城門。そこから見える城の中は瓦礫の山となっているようだった。

 

「これが魔王の城ねー。崩れまくってて、もはやこれは廃墟じゃん」


「前に来た時はもっとちゃんとしたお城だったのよ」


「フィオナ、魔王城へのフォローは要らないと思うな。あれでしょ、魔王の魔力で建ってたから倒されて維持出来なくなって崩れたんだろうね」


 開け放たれている城門を通り、散乱している瓦礫を避けながら進んでいく。てっきり魔王軍の残党が残っているか、魔物たちの巣窟にでもなっているのかと思っていたのだが、魔物の気配は全く感じられない。


「魔王って部下に慕われていたわけじゃなさそーだね。魔王軍の一人もいないじゃない。構えてて損した気分」


「皆、操られていただけなのかもしれないわね。今となっては分からないことだけれども。あっ、アーティこの階段よ。ここから下へ行けるわ」


 瓦礫の中、下の階へ降りるための階段を探し回り、ようやくフィオナが見つける。魔王と戦った玉座の間へは一旦この階段から下へ降り、通路を抜けてその先の階段を上がった所に位置していたと言う。

 

 地下への階段を下りる前に少し休憩をとる。倒れている石の柱に寄りかかって座り、ルシルの教会で水筒に入れてきた水を飲み一息つく。レオさんが私の為に作ってくれてた残り2つの携帯食をフィオナと分ける。初めて食べた時、今までの市販の携帯食は何だったのかと思うくらい美味しくて夜中にこっそり食べた日もあった。フィオナとメーリックにも好評で、帰ったらレシピを教えて欲しいと言われている。なんだか嬉しい。


 一休みをした後、階段を下りて地下の通路を進んで行く。ここは柱がしっかりしており、崩れている所は見当たらない。途中に何箇所か別れ道があったが、フィオナは迷わず歩いて行った。




「ここを上がれば玉座の間、なんだね」


 地下通路を通り、上り階段を目にしてフィオナに聞くと、こくりと頷く。


 ――やっと弟に、ユーフィルに会えるんだね。どんな状態になっていても、必ず助けるから。


 階段を上がっていくと真っ直ぐ伸びた通路が続いていた。その先には開けられている状態の扉がある。中には柱が数本倒れているのが見えた。


 警戒しながら通路を進み、荒廃している扉から中に入る。所々外壁や天井が崩れているが、その場所には大きな広間が存在していた。

 不気味な静けさに満ちている広い空間を、倒れている柱を乗り越えながら二人で奥へと向う。上から吊り下げられている毒々しい赤色をしたボロボロのカーテンが見え、そこが玉座ということが分かった。


 数段ある段差の上に玉座が設置されている。私たちはその手前にあるものに唖然となる。

 

 ――これは見覚えがある。


 天井まで届きそうな大きさの半透明な丸い球体。北の塔の最上階でメーリックが閉じ込められたものより更に強力な魔力障壁が張られている。


 その中には緑色の髪をした少年がうつ伏せで倒れていた。わずかだけど身体の動きが確認でき、呼吸をしていることにホッとする。


「これってあの封印魔法、だよね。中にいるのはユーフィルで間違いないし」

「え、ええ、そうね。どういうことなのかしら」


 対象を閉じ込めておくため封印魔法で作られた強固な球体。外からの干渉は一切出来ない。

 

「とりあえず解除してユーフィルを出してみよう。その前にフィオナ、私に聖魔法分けてくれる? ちょっとやっておきたいことあるし」

「わかったわ」


 フィオナと手を重ね合わせて聖魔法の魔力を流し込んでもらう。実は聖魔法の流れはかなり心地が良いんだよね。フィオナだからなのかは分からないけど、ずっと浸っていたくなる。魔石の魔力逆流なんかとは大違いだ。


「フィオナありがとー。それじゃこれの解除お願いねー」

「うん、まかせて!」


 あの時と同じ様にフィオナは球体の前に立つと祈りを捧げる。その間に分けて貰った聖魔法の魔力で武器を作っておく。


 解除魔法が発動し、眩い光の光球が球体を崩していく。全体にヒビが入ると一気に砕けて光とともに消散していった。

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