第二十一話 閉じ込められた僧侶

「じゃあフィオナ、あそこの祭壇の所へ行ってもらってもいい?」


 ウィルに言われ、フィオナは頷くとゆっくり歩き出す。その様子をアーティとメーリックは後ろから見ていた。 


 聖女の力を引き出す為、魔法書を使い魔法を発動させる、アーティはそれを最後まで渋っていたが、最終的にフィオナが受け入れた事で、結果行うことになった。


「ア、アーティ、顔、すごく怖いよ」


「だってさー、やっぱり納得できてないしー。あー、でもフィオナの意思を尊重しなきゃだけどー。もう何が正解なのか分かんないや」


「と、とりあえず、見守っていようよ」


 数段の段差を上がり、祭壇中央へとフィオナは進んでいく。するとフィオナの前方に突如として不気味な黒い影が現れた。


「フィオナ! こっちへ!」


 アーティは黒い影が放つ邪悪な気配に気付くとすぐさま駆け出す。祭壇への段差を飛び越しフィオナを抱きかかえると、影から素早く離れた。

 黒い影は渦を巻きながら徐々に実体化していく。隆々とした体躯、頭部には2本の角が生え、鋭い牙が剥き出しになっている。二足歩行の獣人の魔物が姿を現した。


「グハハハッ、まさかここに聖女が来るとはなぁ! あやつの話は本当だったのか!」

「喋る魔物!? うそっ! 魔王軍っていなくなったんじゃないの!」


「何だ貴様は? そこの聖女を置いて今すぐ立ち去れば、小娘、貴様は見逃してやろう」

「はぁ? 舐めてる? そんなことするわけないじゃん、ばーか」


 アーティはフィオナを自分の後ろへ隠すと、剣を抜き臨戦態勢をとる。


「なっ! 小娘が舐めた口を! 手足を引きちぎって喰ろうてやるわ!」


「三人とも下がってて! すぐ終わるから!」


 魔物から連続で放たれる爆裂魔法をアーティは難なく躱す。辺りは一瞬で爆煙に包まれた。魔物は煙が薄れていく中獲物であるアーティの姿を探す。だが、いくら見渡しても、魔物の視界のどこにも見当たらなかった。


「お、おのれ小娘! どこへ……。ぐっ! ぐはっ!」


 既にアーティは魔物の腹部に接近しており、両手で握った剣を深々と魔物へ突き刺していたのだった。


「ぐあああああぁっ! お、おのれ……、人間如きに、やられるとは……。ま、魔王 さ、ま……」


 魔物から剣を引き抜くと、即座に首を切り落とした。


「偉そうだったくせに弱すぎ。それより――」

「ア、アーティ大丈夫!?」


 突然出現した魔物との戦いを見ていた三人の元へアーティは戻って来る。メーリックは声をかけるも、見たことのない渋い表情をしていることに戸惑った。


「ねえ、フィオナ。聞きたいんだけどさ、魔王って倒したんだよね?」


 アーティは目を細め、じっとフィオナを見て問いかける。その質問の意味が分からずフィオナは困惑し、うまく返事が出来ないでいる。


「喋れる魔物は知能が高いから、魔王の指揮で魔王軍として世界各地を侵略していた。そして勇者パーティーによって、軍の一番上の魔王が倒されたから魔王軍はいなくなった。そうだよね」

「ア、アーティ? き、急にどうしたの?」


「野生動物と同じ、本能で人を襲う知性の低い魔物や魔獣がいなくならないのは仕方のないこと。けど、さっき現れた魔物は自分の意思で喋ってた。確実に、邪悪な悪意を持って」

「…………」


「あの喋る魔物を見て私の考えを話すけど、魔王は倒されていなかった? もしかして倒したはずの魔王が復活した? それともこれから復活する? 他に可能性としてあげるなら、勇者たちが倒した魔王以外に別の魔王が他にいるとか? まあ、これらはあくまでも私の推測だけどね。可能性を潰していくために教えてフィオナ。魔王は、倒してきたんだよね?」


 今度はしっかりアーティの目を見てフィオナは深く頷いた。


「そっか、そうだよね。フィオナとユーフィルは魔王の討伐頑張ったもんね。てことは魔王復活説か別の魔王説か。そういや、あの魔物聖女を置いてけとかなんか言ってたな。魔王サイドになんで聖女が必要? 何のために? うーん……」


 ブツブツ言っているアーティにフィオナはムッとした顔でデコピンをする。


「ったぁーいっ! フィオナってば何するのさー」


「い、今の聖女様の気持ち、自分も分かるよ。さ、さっきの喋る魔物のこととかもだけど、アーティはひとりで考えすぎてるんだよ。う、腕が強いのは分かっているけど頼って欲しい、聖女様はそう思っているんですよね。も、もちろん自分もずっとそう思ってるよ」


 メーリックの言葉に大きく頷くフィオナ。二人はアーティに対して、厳しい優しさを惜しみなく与えるのだった。





「とんだ邪魔が入っちゃったけど、魔王のことは後でにするよ。もうちゃっちゃとやって終わらせよう。そして帰るよ家に」


 アーティの言葉でフィオナとウィルは仕切り直していた。祭壇の中央へ立つフィオナ。そしてウィルは魔法書を展開し、詠唱を始める。


「ね、ねえアーティ、家に帰るなら自分も一緒に行ってもいい? ア、アーティの家にお邪魔してみたいと思って。あっ、無理にとは言わないけど」


「来てくれるの? 嬉しいなー。何もない所だけどいいよー。うちは東区なんだー。そうだ、フィオナも誘って三人で女子会しようよ。わっ、なんかすっごく楽しみになってきたー」


 見ているだけしかできないアーティとメーリックの二人は談笑をし始めていた。だが、フィオナの立っている真下に浮かび上がった魔法陣の魔力を感知すると、一瞬で笑顔が消える。


「えっ!? ちょっ、この魔法って!」

「アーティ! これっ、まずいよ!」

「人を閉じ込めておくための、封印する魔法だっ!」


 大司祭セレスの指示で魔法書を使いウィルが発動した魔法は、結界魔法から派生した魔法の一つ、封印魔法と呼ぶものだった。この北の塔へ聖女を強制的に幽閉しておく為に、セレスはあらかじめ魔法書へ組み込んでいた。


「ウィル今すぐやめて! これ封印魔法だから早く止めて! このままじゃフィオナが閉じ込められてしまうよ!」


「と、止まんない……。詠唱も途中でやめたのに何で……。この魔法僕じゃ止められないよぅ! どうしようアーティ!」


 アーティに言われ、ウィルは魔法を止めようと詠唱を中断し、魔法書を閉じようと試みるも上手くいかず、ただひたすら泣きじゃくっている。


「フィオナ、中から出てきて! フィオナ!」


 拳で殴っても剣で斬りつけても、全ての攻撃は次々と構築されていく光の壁に弾かれてしまう。その間も止まることなく魔法陣は展開されていく。中心にいるフィオナにはアーティの声は届いていない。


「嫌だ……、嫌だよ……、フィオナー!」


「み、身代わり魔法発動、対象『フィオナ』――」


 アーティの隣にいたメーリックが魔法を発動させた。メーリックの体から光が放たれる。


「何っ!? まぶしっ!」


 辺り一面眩い光に包まれ、アーティは思わず目をつぶってしまう。


 光が消え、アーティは目にしたものに絶句する。封印魔法で作られた半透明の丸い球体がそこにはあった。表面に強力な魔力障壁が張られており、外部からは干渉できず、対象を完全に閉じ込めるためのものだった。


 そして球体の中にいたのは聖女フィオナではなく、僧侶のメーリックであった。


 メーリックが発動させた魔法は、僧侶職が使うことのできる身代わり魔法だった。仲間の一人に対して、自分と移動先の対象人物の位置を入れ替える魔法である。

 封印魔法でフィオナが閉じ込められてしまう寸前にその魔法を使い、聖女の代わりに自らを犠牲にしたのだった。


「メーリック……? まさか、さっきのって、身代わりまほ……」


 球体の中にいるメーリックはアーティに近付くと何かを伝えてくる。しかし声は聞こえない。


「えっ? 何、何て言ったの!?」


 アーティに向けて笑顔で話しかけてくるが全く分からない。段々とメーリックの体がふらつきを見せる。ついには立っていられなくなり、崩れ落ちるように倒れてしまった。


「やだっ、やだよ! メーリック! しっかりして、メーリックってば!」


 バンバンと両手で激しく球体を叩くも、外からの干渉は遮断されており、何の意味もなさない。


『危なくなったら速攻逃げること。私たちのことは構わなくていい。メーリックは自分の命を大事にして。この約束、守れる?』

『わ、分かった。守るよ』


「約束したのに……。嘘つき……、メーリックの嘘つきー!」


 アーティの悲痛な叫びは、意識を失ったメーリックに届く事はなかった。

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