第十六話 聖女の付き人

「遅いわ……。レオはいったい何の話をしているのよ」


 リディはそわそわしながらこの場を離れていった二人のことを待っていた。


「あっ、リディ隊長! お二人戻ってきましたよっ」


 リンドルが遠くから一緒に戻ってくる二人の姿を見つけ、すぐさまリディに報告する。


「ごめん皆、待たせてしまって」


 いつもより更に爽やかな笑顔を振りまいて、レオフリックは団員たちの方へと歩いてくる。その隣に、同じ歩幅で一緒に歩くアーティがいた。


「ねえ、あなたたち何で手を繋いでいるのよ。それに手の繋ぎ方、おかしくない?」


 意図的に指を絡み合わされ、手のひらが重なる繋ぎ方をされているアーティ。リディの指摘で真っ赤になり手を振りほどこうとするが、更にぎっちり握られてしまう。


「それで、話は終わったの?」


「ああ、しっかり約束したよ。ね、女神ちゃん」


 レオフリックに確認を取られるも、恥ずかしさで言葉が出ない。紅潮した顔でそっぽを向く。


「レオ、あなたアーティに何したのよ」


「教えな〜い。俺と女神ちゃんとの二人だけの秘密〜」


「くっ、腹立つわねこの男は。ほら、聖女様が待っているわよ」


 リディはイラッとしながらも、聖女の方へ視線を送る。


「そうだね。名残惜しいけど、女神ちゃんには女神ちゃんがやるべきことがある。俺にも俺のやるべきことがある。女神ちゃんとはひとまずここでお別れだ」


 繋いでいた手が離される。不意に寂しくなり泣きそうになるが、悟られたくなくてアーティはレオフリックに背を向け、


「それじゃ、お元気でいて下さい。必ず会いに行きますから」


 そう言って自分を待つ親友の方へ走り出していった。




「さて、俺たちも行くか。日が暮れる前にこの森を抜けようぜ」


「そうね、皆、行きましょう」


 聖女と合流し、遠ざかっていったアーティを見送り、帰路につく団員たち。先ほど通ってきた森の中へと歩みを進める。


「リ、リディ隊長、お話があります!」


後列を一緒に歩いていたメーリックからリディは突然呼び止められる。そして意を決した思いを打ち明けられるのだった。





 傭兵団と別れ、アーティたちは塔の入り口の前にいた。


「中に入る前にちょっと確認しておきたいことがあるんだけど、いいかなフィオナ?」

「?」


「私の魔法でフィオナを治せるか、試してみたいんだ」


 アーティは親友の話が出来ない状態を、もしかしたら自分が解除できるかもしれないとずっと考えていた。


 師匠のサーブルから魔法の修行も一通り受けており、過酷な実践経験を経て今では全属性の魔法を発動することが可能な適性を身につけている。ただ、あくまで適性があるだけで、習得に必要な知識やスキルは不十分の為、上級魔法の一部などまだ使えない魔法も多い。 

 それでも親友を助けたい気持ちが強く、何とかできるのではないかと、可能性を信じていたのだった。


「じゃ、始めるね」


 フィオナの了解を得て最初に試したのは、状態異常回復魔法。しかし発動させるも魔法は弾かれてしまい解除は出来なかった。めげずにその後も呪いを解く魔法、浄化魔法、治癒魔法と、今の自分が使える思いつく限りの魔法をかけたが、どの魔法も弾かれて効果が見られなかった。


「なんで駄目なんだろう。上級魔法じゃないから? 専門の聖職者じゃないから? レベルが足りないから?」


 悔しさでアーティの目に涙が溜まってくる。フィオナはアーティの手をそっと取り、にっこり微笑んでから顔を横に振った。


「……力不足で、ごめんねフィオナ」


 今の自分の力では何も出来ないことをひどく痛感し、がっくりと肩を落とす。そんなアーティを励ますように、フィオナは握っている手をブンブンと上下に振ってくる。


「うん、ありがとう。大丈夫だよ。別の方法考えてみよう」


 そう言いアーティは涙を拭い、笑ってみせた。


「そうとなれば……、そこの少年!」


 アーティは少し離れた所にいた少年に声をかける。急に呼ばれた少年は、ビクッと体が跳ね上がった。


「君に聞きたいことがいくつかある。こっちへ」


 ちょいちょいと手のひらを下に向けて手招きをしているアーティに対し、ためらって動かないでいる。その様子にフィオナもアーティと同じ手招きのジェスチャーを行うと、安心した表情で二人の所へ近寄っていった。


「フィオナが喋れない以上、君に色々話してもらわないとね。まず、名前と年齢。それから城でのフィオナの状態。あ、いつから付き人になったのかも知りたいから、聖女の付き人歴と、何で君が付き人に選ばれたのか理由も聞きたいな。ちょっと休憩して、水分補給しながらにしようか」


 アーティの言葉で石畳に座り込む三人。少年は聖女に水筒や携帯食を渡している。アーティも荷物から水筒を出し、水を飲んで喉を潤した。   



「じゃ答えてもらおうかな。とりあえず名前と年齢。いつまでも少年って呼ぶわけにはいかないからね」


 聖女の隣にいる少年にアーティは問いかける。


「僕の名前はウィル、年は14。フィオナの専属の付き人になったのは2週間くらい前」


「2週間前、か。じゃあウィル、城でのフィオナの状態がどんなだったか教えて。分かる範囲でいいから」


「えっと、フィオナはずっと城の離宮で過ごしていたんだ」


 ウィルは時折聖女を気にかけながら、ぼそぼそと話していく。

 魔王討伐後の凱旋パレードが終わり、その日から聖女が表舞台へ出てくることは一度もなかった。魔王との戦いで負傷し、療養の為に離宮で過ごすことになったと伝えられていた。それまで聖女が聖教会で行っていた祈りや参拝者への祝福の儀などは、現在大司祭セレスが成り代わっているという。

 聖女の身の回りのことは、聖教会にいる神官や僧侶の見習いの者たちが交代制で担っていた。


「僕も神官見習いだから、食事を運んだり手伝っててフィオナとは面識があったんだ。専属の付き人になったのは大司祭セレス様から指名されたから。この塔で使う魔法書との適性が一番良いのが僕だからって」


「へー、指名だったんだー。あ、少し話逸れるけど、なーんでフィオナのこと呼び捨てにしてんの? それからー、気に入らないことあって喚くのは元からの性格なの?」


 笑顔ではあるが目が笑っていないアーティに、ウィルは怯えながらも話す。


「前は僕も聖女様って皆と同じ様にお呼びしてたけど、セレス様が呼び捨てにすることで親密度が増して魔法の成功率が上がるからって……。それから、専属の付き人になったなら気弱なままではいけないって言われて……」


「それもセレスから言われたんだ?」


 こくん、とウィルは頷く。話の内容があまりにも馬鹿らしくて言葉も出ない。ただ、この少年の立場上何一つ断ることなんて出来なかったのだろうと思うと、少しだけ可哀想に見えた。


「話戻るけど、専属の付き人になってから、フィオナとずっと一緒にいたの?」


「うん。僕も離宮で寝泊まりするようになった。」


「そう。じゃあさ、フィオナの治療はどんな頻度で行われてたか分かる?」


 以前フィオナ母から、聖女の治療は聖職者らが行う話をされたことを思い出し聞いてみた。


「僕が離宮で過ごす前は来てたかわからないけど、一緒にいるようになってから治療の為に誰かが来たことは一回もなかったよ。離宮に来るのは世話役の見習い達と、騎士団長のワイアット様くらいだったよ」


「えっ!? フィオナもしかしてずっと治療されてなかったの!?」


 隣に座っている親友に思わず聞いてみる。途端に困った顔になり、静かに頷いた。

 アーティは沸々と怒りが込み上げてくる。



 話せなくなってしまった聖女の治療は自分たちが行うので心配いらない、なんてフィオナのお母さんに言っておきながらずっと放置していたなんて……。


「あの女か……? あの女の命令でなのか……?」


 ウィルの話を聞く限り、原因となる人物が一人しか思いつかない。聖教会で聖女の真似事をしていることや、専属の付き人の指名、そして北の塔のこと。何かしらの悪意を持って裏で糸を引いているのでは、と疑いたくなる。


 アーティは立ち上がると、ウィルの前に来て、


「セレスから頼まれていること、全部話せ」


「は、話したよぅ全部……。他は知らなぃ……」


「知らないじゃないんだよねー。素直に喋った方が身の為だよー。それともー、ここで頭と胴体別々になってみるー?」

「ひっ……」


 冷たい笑顔で脅すように腰の長剣に手をかけるアーティ。完全に怯えきっているウィルを庇うように、フィオナが腕を広げて前に出てくる。


「あーごめんなさーい。やらないやらない。本気なわけないよー。大人気なかったでーす。」


 フィオナはホッとして、アーティのおでこに軽くデコピンを喰らわせた。

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