第十五話 傭兵団退職

「隊長……聖女様たち大丈夫なんですかね? こんな薄気味悪いところにたった二人でなんて」


 塔を見て、ぞっとするほどの不気味さを感じたリンドルは、レオフリックへこわごわと問いかける。


「気持ちは分かるよリンドル。俺だって同じように思う。だが依頼は完遂したんだ。傭兵団として、これ以上踏み入ることはしない」


「そうよね、私たちの仕事は終わったわ。この場所に長居は無用よ。帰りましょう」


 隊長職である二人は依頼に対し、不必要な干渉はしないことを前提に傭兵団で動いている。仕事として割り切ることで避けられる危険もあるからだ。そのことを知っていたリンドルは、レオフリックとリディの言葉に従うしかなかった。



「ア、アーティ、どうかしたの?」


 聖女たちが歩いて行った方向をずっと見ているアーティにメーリックが話しかける。


「んー、そろそろ戻ってくると思うんだけどねー」


「えっ? あ、あれ? 聖女様たち?」


 二人の視線の先には、つい先ほど塔の入り口へ向かっていった聖女と付き人の少年が早足でこちらへ戻ってくる姿が見えた。


「はーい、おっかえりー」


 アーティはにこにこと聖女たち二人の前で、両手を広げて出迎えるポーズをしてみせた。聖女はその腕の中に躊躇なく入り込み、呼吸を整える。


「いたんでしょー、塔の中に魔物がー」


 自分の腕の中に入ってきた親友を軽く抱きしめ髪を撫でながら、横でゼーゼーと息がまだ整わない状態の少年へと言葉をかけた。


「ま、魔物がいるなんて聞いてない! お前たち、この塔の最上階まで護衛しろ!」


 少年はアーティの後方にいた団員たちに向かって大声を張り上げる。突然のことに一同唖然としていた。


「森の中にあれだけ魔物がいれば、この曰く付きの塔が巣窟になることくらい予想がつきそうなんだけどなー。ねえ、聖女様もそう思わない?」


 未だ腕の中にいる親友に問いかけると、困ったように笑い、首を傾げた。

 そこへ側に来たレオフリックがアーティの隣へ並んで立つ。そしてさりげない動きでアーティの肩を抱こうとしていたのだが、聖女がアーティの向きを変えたため、彼の目論見は不成功に終わった。


「塔の入り口の扉を開けたら奥から唸り声が聞こえてきたんだ! 急いで扉を閉めたけど、角があってすごい大きくて凶暴そうな奴が見えた! あんなのがいたら進めないよ! 護衛して! 依頼の継続だ!」


 少年はよっぽど魔物が怖かったのか、涙声で喚くように叫んだ。身体も小刻みに震えていた。


「悪いが、その依頼は受けることは出来ない」


 少年の全力での願い事を、レオフリックは躊躇わずきっぱりと断る。


「何でだよ! お前ら傭兵団は頼まれたら何でもやるんだろ! お金のことなら追加分は城に戻ったら払うように言うから!」


「他の傭兵団がどうなのかは知らないが、我々北の傭兵団は依頼次第では受けないこともある。たとえどんなに金を積まれたとしてもだ。誤解がないように言っておくが、断るのは別に私的感情ではない。今この場にいる団員の身の安全を優先したいからだ。リディ隊長もそうだろう」


「ええ、そうね。塔の中にいる魔物の強さもわからないし、事前準備なしで危険な仕事をするのだけは避けたいわ」


 あくまで冷静に、そして諭すように言葉を選んで二人は少年に話をしていった。


「…………」


 少年は何も言い返すことが出来ず、苦々しい表情で下を向いている。


「一つ提案なんだが、塔へは入らず我々が帰る時、城へ戻るための護衛なら引き受けても構わないが……」


「何もしないで戻るってこと? でもそれじゃあ大司祭セレス様に怒られるよ……」


「ふーん、本当の依頼主は僧侶セレスだったんだー。へー」


 勇者パーティの一人だった僧侶セレス。魔王討伐の功績により現在は大司祭の地位に就いている。彼女に会うため足繁く通う者や、聖教会へ多額の寄付をする貴族らが増えているとの話が巷で聞こえていた。  


 ――あの女、初めて会った時フィオナに対してなーんか敵対心みたいなもの見えてたんだよなー。もしかしてフィオナが話せないのはあの女が何か関係してるのかもしれない。だとしても、この塔での本当の目的がまだ分からないや。


「ちょっと聞きたいんだけどー、聖女様との仕事終わったら城までどうやって帰ることになってるんですかー? 北の塔まで聖女を連れていくってしか依頼書には書いてなかったんでー。戻る方法教えてくれますー? それ次第で帰りの護衛の話が決まると思うんでー」


 アーティは笑顔を作り問いかけた。少年は問題の解決策が分からずに、項垂れることしか出来ないでいる。


「黙ってたらまとまる話もまとまりませんよー。この塔に来たのは国の魔法結界の力を強化するためですよねー。聖女様の力を引き出せる最適な場所だかららしいけど。で、最上階でそれやって、戻りはどうするの?」


「アーティ、それ以上は……」


 少年に対して優しさをかけることもなく追求するアーティに、リディが見かねて止めに入る。


「……フィオナの力を引き出したら、その力を少し借りて、転移魔法を魔法書でって言われてて……」


「ふーん、転移魔法でねえ……」


 城への帰還方法は知ったが、そもそも聖女の力はどうやって引き出すのか、何故場所がここなのか、考えるほど疑問が出てくる。全てが胡散臭い話、としかアーティは思えなかった。


「よしっ!」


 アーティは一呼吸してからパンッと手を叩き、団員たちの方へ向き直した。そしてにっこりと笑みを浮かべ、


「北の傭兵団での仕事も一段落したので、今日で退職しまーす」


 アーティの発言に団員たちは言葉を失う。当の本人は更に動揺させる言葉を言い続ける。


「次の働き口は聖女の守り手として勤めることにしましたのでー。よろしいですよね、聖女様?」


 側にいるフィオナはその問いかけに頷いてみせた。


「何だよそれ!? 僕は認めない!」


 ついさっきまで弱々しかった少年が反抗してきたが、アーティはため息を吐きながら面倒くさそうに、

 

「戦うしか脳がないっていう、ものすごーく強い私がついていかなきゃ、聖女様を最上階へ連れていくことは絶対無理だね。君は仕事を達成できないよ」


「うぅ……」


「それから、たった今から私の雇い主になったのはフィオナだ。でもまあ、傭兵団じゃなくなったけど、オプションで君も守ってあげるよ。あくまでもついでだからね。そこは勘違いしないように!」


 ビシッと指をさして少年に伝えた。


「というわけで、皆さん短い間でしたがお世話になりました。今回の賃金はそのうち取りに行くと団長によろしく伝えてください。それではお疲れ様でしたー。帰り道お気をつけてー。では聖女様行きましょうかー」


 未だ呆然としている団員たちにアーティはペコリとお辞儀をし、塔の入り口へと歩き出した。


「アーティ待って!」


「リディさん? どうかしました?」 


「どうかしたって……、話がいきなり過ぎて皆驚いているのよ! 何なの、聖女の守り手って!?」


 困惑顔で問い質してくるリディに、アーティはいつも通りの笑顔を見せる。


「私のやるべきこと……、いえ、私がやるべきことなので」


 真っ直ぐに自分を見てくるアーティの眼差しから、リディは揺るぎない意志の強さを理解した。


「……そう。あなたの気持ち、分かったわ」


 そう話すと涙ぐみながら、アーティをそっと包み込むように抱きしめ、


「私たちはこれ以上は関われないから……、ごめんなさい。無事に帰ってきてね。待ってるわ」


「ありがと、リディさん」


 アーティはリディの優しさに嬉しくなり、感謝の気持ちを込めて抱きしめ返した。




「女神ちゃん、ちょっとあっちで話、いいかな」


 ずっと黙っていたレオフリックがアーティを呼び止める。その表情にはいつもの笑顔はなく、見たことのない険しい顔つきをしていた。


「レオ! アーティの気持ちわかってあげて!」


 リディの声に振り向きもせず、レオフリックはアーティの手を取るとその場から離れていった。


 ――もしかして突然の退職宣言で怒ってる? お叱り受けちゃう? いきなり辞めるって言うのはまずかったかなー。事前に伝えるべきだった? でも皆いい人たちだから巻き込みたくなかったし、何言われるのかちょっと怖いな。


 塔から離れ、森の中へ少し入った場所でレオフリックは歩みを止めた。そして手を繋いでいるアーティへと向き合う。

 黙ったまま俯いているレオフリック。訪れる静けさの中、聞こえてくるのは鳥の鳴き声と風が葉を揺らす音だけ。

 沈黙に耐えきれなくなったアーティは口を開いた。


「すいませんっ、いきなり辞めるだなんてっ。怒ってますか? 怒ってますよねっ。人員調整とか大変ですよねっ。自分勝手でほんとごめんなさいっ。それから、えーと、そのー」


 言葉が詰まってしまうアーティ。キョロキョロと視線が定まらない。


「女神ちゃん」


 いつものように自分を呼ぶ声に反応し、彼へ視線を向けると柔らかな表情で見つめられていた。アーティは自分の鼓動がどんどん速くなっていくことに少しだけ不安になる。


「俺はいつだって女神ちゃんの味方だからね」


 そう言うとレオフリックは自身が身につけていたネックレスを首から外し、それをアーティにそっとつけてあげた。

 シルバーチェーンに鮮やかなオリーブグリーンのペリドットリングが通してある。太陽のような輝きを放つ石の美しさに思わず見惚れてしまう。


「すごく、綺麗……」


「お守り、大事にしてくれると嬉しい」


 いつもの表情でレオフリックは腕の中にアーティを抱き寄せる。そして優しく抱きしめ、耳元でささやく。


「俺、本気だから」

「えっ? なにっ……んっ!?」


 喋ろうとしたが、レオフリックからの突然のキスによって唇が塞がれる。腰を抱き寄せている彼の力が強くなったのを感じ取った。


 ――あ、私、嫌じゃないんだ、この人のこと。


 ぼんやりとした思考の中で浮かび上がってきた初めての感情に戸惑い、アーティはレオフリックのマントをぎゅっと掴んだ。


 重ねられていた唇がゆっくり離れていく。


「必ずまた会おうアーティ。それから、俺以外には絶対させちゃ駄目だよ」


 アーティを抱きしめたまま、レオフリックは再び唇を重ねた。

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