第十四話 北の塔へ

 野営地での夕食後、焚き火を囲み明日の打ち合わせが行われていた。団員の中で唯一北の塔へ実際に行ったことのあるガラハが、過去のことを思い出しながら話をする。


「分岐点から北の塔までは半日もかからなかったな。最後に行ったのは数十年も前のことだがよ」


 北の塔は街道の分岐点から北西の森の奥に存在している。昔、大罪を犯した者たちが送られ、幽閉や処刑に使われていたという。また、身分の高い罪人のための牢獄としても利用されていた。


「若え頃、物資配送の仕事で何回か行ったことがある。塔までの道はほぼ一本道だったから迷うこたぁねえと思うぞ。あん時は同じ荷物運びの連中数十人の他に、騎士団や聖職者の奴らもぞろぞろと大勢が一緒に行っていたんだ。おかげで魔物が出ようが賊が来ようが全く心配要らなかったな」


「その北の塔が使われなくなったのは10年くらい前よね。たしか、そこに配置されていた騎士たちも魔王軍との戦いへ駆り出されたため、だったかしら」


「ああ、俺たちはそう聞いていたな。それ以降あの塔へ訪れる者は誰もいないとも」


 リディの話にレオフリックが付け足して話す。


「とにかく今回の依頼は聖女様方を無事に連れて行くことよ。私からは他に確認することは無いわ」


「では変わりなく予定通り、明日は森の中の魔物に注意し、聖女様を守りながら進んでいく。皆いいね」


 レオフリックの言葉に団員たちは了解する。アーティも頷いてみせた。





 護衛任務4日目、早朝。野営地から分岐点へと戻り、馬車から降りてきた聖女と付き人の少年と合流する。


「じゃあ大司祭セレス様によろしく言っておいて」


 少年は御者の男にいうと、男は一礼し、そのまま馬車を走らせ去っていった。



「おー、いるねー、獣の魔獣特有の気配がいっぱい。結界石は森の入り口までかー。魔物よけの睨みはここからじゃあちょっとなー。魔獣が出たらでいっか」


 他の団員たちと少し離れた所で、アーティはこれから進んで行く方向を見ていた。


 ――ぜーったい何とかするからね、それまでまってて、フィオナ。


「アーティ、そろそろ行くわよー」

「はーい!」


 リディの声に反応し、仲間の所へと戻って行った。


  



「では行こうか。俺とガラハが先に行く。後方は頼むよ」


 そう言い、レオフリックたちは一足先に森の中へと足を踏み入れていった。


「後ろは私とリンドルが付くから、アーティとメーリックは隊列の真ん中で聖女様方をお守りして。さあ行きましょう」


 リディの声がけで動き出す一行。聖女はアーティの側に来るとにこやかに笑いかける。それに反応するようにアーティも笑顔を返した。

 聖女の後ろにいた付き人の少年はその様子が気に食わなかったらしく、不機嫌な顔でアーティに難癖をつけてくる。


「調子にのるなよお前。フィオナにあんまり近寄るな」


 調子になんか乗ってないしー、森の中で護衛するなら距離はこれくらいが普通じゃないのー、と言い返したかったが、言ったところで何にもならないと言葉を飲み込む。

 だが、今までこの少年からの暴言の数々が積もり積もっていたのもあり、違う話で少し問い詰めてやろうと悪戯心が出てきた。


「ねー付き人さーん。大事な大事な聖女様になーんで結界魔法かけてないんですかー。この森の中すっごいたくさん魔物がいるんですよー。付き人のあ・な・た・が魔法かけるべきではないんですかねー。まさか結界魔法の魔法書忘れたとかじゃないですよねー。えー、聖女様かわいそー」


「魔物が出たらお前らが何とかするんだろ! その為の護衛として雇われているはずだ!」


 やっぱり喧嘩腰できたか、と思ったが、アーティの言葉の追撃は止まらない。


「護衛役として最善は尽くすよ。でも万が一へのリスク対応をしておくことは聖女様の付き人なら当然ですよねー。例えばー、麻痺の全体攻撃を全員が受けた場合、みーんなが動けなくなっても結界魔法をかけてある聖女様は確実に守られるんだよー。ま、例えばの話だけどね」


 全属性耐性持ちの私がいる以上、そんな状況にはさせないけどねー、と心の中で思うアーティ。


「……ない」


「え、何?」


「結界魔法なんて僕知らない!」


 目に涙を溜めながら少年は叫んだ。聖女は少年の肩を抱き、アーティに向かって首を横に振る。


「あー、そうなんだそうなんだ。ごめんねー、無理なこと言ってー。私が悪かったでーす」


 降参の意思を見せるかのように、両手をあげ、形だけの謝罪をする。


「ア、アーティ、自分、結界魔法使えるよ」


 間近で話を聞いていたメーリックがアーティに言ってきた。


「えっ、そうなの? じゃあメーリックにお願いしちゃおー。ちなみに魔法範囲は単体? グループ? もしかして全体とかにかけれちゃう感じー?」


「ぜ、全体は流石にちょっとレベルが足りないかな。ふ、二人が限界だよ。それに時間の制限もあるし」


「それでもすごいね! さっすが専門職! 私なんかさー、どう頑張っても単体にしか出来なくってー」


「ぎ、逆に専門職じゃなくても使えるアーティがすごいと思うんだけど」


 結界魔法の話はただの意地悪心で出しただけだったが、メーリックが話を真面目に受け取り引っ込みがつかなくなったため、聖女と付き人の少年二人にかけてもらった。





 森の奥深くへと進むにつれ、生い茂った樹々が光を遮り薄暗さを感じさせる。先頭のレオフリックとガラハは塔への目印がついている木や地図を確認しながら歩んでいた。


「皆止まれ、魔物がいる」


 気配を察知したレオフリックは、立ち止まると静かな声で後ろにいる団員たちに伝える。前方の茂みに視線を向け、腰の長剣を抜こうとした時、その横をアーティが風のように颯爽と駆け抜けていった。


 アーティは進行方向にいる2人を追い抜くと、腰の後ろから抜いた短剣を持ち直し茂みへと突き進む。


「そこ!」


 アーティの声が聞こえると、茂みの中から獣型の魔獣が姿を現し、ドサっという音とともに倒れる。


「もう一匹!」


 茂みが揺れ、獰猛な唸り声を発した魔獣が少女へ飛び掛かる。しかし、その牙は届くことなく喉元への一撃で絶命させられていた。


「苦しくなかったよね。さてさて、まだやるかなー」


 辺りから不気味な獣の唸り声が聞こえており、アーティはそれらの方向を順に見据えていく。しばらくすると、唸り声は荒ぶった足音とともに消えていき、静寂が訪れた。


「もう大丈夫ですよー。睨みきかせたんで当分あいつらは来ないですねー」


「ははっ、女神ちゃんすげぇー! 一撃かよ!」


 あっという間に2体の魔獣を仕留め、隊列へと戻る。アーティの戦いぶりを特等席で見ていたレオフリックは興奮を隠せないでいた。


「見事なもんだったぜ嬢ちゃんよ。短剣で仕留めるなんざぁ普通はできねえもんだ」


 ガラハからも称賛される。


「こーんなもさもさと木とか草とか生い茂ってる場所で長剣なんか振り回せないですからねー。さっ、先を行きましょう」


 アーティが魔獣を倒して以降、魔物よけの睨みの効果もあり、その後魔物に遭遇することはなかった。





 早朝から歩き続け数刻、森の奥から徐々に明るい光が見え始める。そのまま道を進み、ようやく森を抜けることができた。


 開けたその場所には、白い石造りの古めかしい塔が立っていた。外壁の表面には細かな模様が刻まれているが、長年放置されていた為かツタが目立ち、劣化している箇所も見られる。それらも相まって、どこか怪しげな雰囲気を漂わせていた。


「ここが北の塔だ。だいぶ古臭くなっちまったな。オレは中には入ったことはねえが、入り口は向こうにあったはずだぜ」


 ガラハはそう言いながら入り口のある方向を指で差した。


「では依頼はこれで終了なので、我々はここで失礼させて頂く」


 レオフリックが聖女と付き人の少年へ話す。


「フィオナ、行こう」


 付き人の少年は聖女の手を取り、塔の入り口へと歩き出した。聖女は傭兵団へ頭を下げて一礼し少年と共に去っていく。


アーティはただ黙って塔を見上げていた。

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