第十二話 泣き終えて優しさ
「あー、泣きすぎて頭痛いし身体だるー。絶対目ぇ腫れてるなー」
アーティは先ほどフィオナと話をした場所へ再度一人で訪れていた。
途中、聖女たちの後方を歩いているメーリックを見つけ、「ちょっと落とし物探してくるねー」と、両手を合わせごめんねのポーズをしながら立ち去り今に至る。
「冷たくて気持ちいー」
濡らしたハンカチを泣き腫らした目の上に乗せて冷やしている。日も落ちて夕闇に包まれた頃、アーティの感情はすっかり落ち着いていた。
「やーっとフィオナに言えたなー」
ぼんやりと親友と対面した場面を思い起こしていた。
『まってる』
多分、いや、きっとフィオナはそう言ったんだ。助けに行く、絶対に。
とりあえず今は傭兵団として護衛任務を遂行させよう。時が来るのを待つ、師匠が教えてくれた良い言葉だ。
目の上のハンカチがぬるくなり、再度湖で濡らしてこようと動いた瞬間、後方から人の気配を察知し身構える。薄暗さの中凝視していると、相手が持っているランタンの灯りで見えてきたのは見知った人物だった。
「あれ? 女神ちゃんじゃん、一人? 何してんの?」
「お疲れ様でーす……。少し休憩してましたー……」
近づいてくるレオフリックに対しすーっと距離をとる。腫れぼったい目を見られたくないという気持ちで、マントのフードを被り直した。
「え、何で顔隠すの? もしかして照れてる?」
「違います」
「またまた〜。俺も女神ちゃんと一緒に休憩してもいい?」
「あ、私もう行くのでごゆっくりー」
「女神ちゃん、落としたよハンカチ」
立ち去ろうとした時、さっきまで目の上に乗せていた濡れているハンカチが落ち、レオフリックが拾い上げる。
「あ、ありがとうございます、ってちょっ!?」
ハンカチを受け取ろうと伸ばした手をレオフリックは掴み、アーティを自分の方へと引き寄せた。
「もー! 何なんですかー!」
「ちょっとだけ休憩に付き合って欲しいな〜って思ったら、つい」
「だからー、休めばいいじゃないですかー! ひ・と・り・で!」
握られた手を振り解こうとするも、全く離されない。
「少しだけ、ね、女神ちゃんお願い〜」
「わーかりました。ちょっとだけですよー」
ため息を吐きながら、しょうがないなーと腰を下ろした。レオフリックも隣に座る。
「女神ちゃん、はい、これ。さっき水源から汲んできたから冷たくて美味しいよ。飲んでごらん」
「へ? え? あ、はい」
休憩するなら自分が飲めば良いのに、と思ったが素直に受け取り、水筒の蓋を開け飲んでいく。冷たさが喉を通り、泣いた後の渇いた身体に染み渡っていくのを感じる。
少しだけ飲むつもりがゴクゴクと飲み進み、気付けば水筒の半分近くまで減らしていた。
「もう飲まなくていいのかな?」
「かなり飲んじゃいました。本当に冷たくて美味しかったです。どーもでした」
「それは良かった。あっ、蓋しなくていいよ、俺も飲むから。ちょーだい」
水筒を返すため蓋を閉めようとしたが制止され、そのまま水筒を渡す。アーティから水筒を受け取り、レオフリックも数口飲んだ。
「水分補給は大事だからね〜。頭痛くない? 身体のだるさは大丈夫?」
何故かものすごく気遣われている。でも今は少しだけそれが悪くないとアーティは思った。こういった何気ない気遣いができるから人望があるのだろう。
「大丈夫です。ところでレオさんこそ何してたんですか?」
「俺は魔具使って結界石の効果範囲の調査中。街道行くなら野営地だけでもついでにやってこいって団長から言われてさ〜」
「大変ですねー」
「ま、仕事だからね。それに集めた情報が後々この街道を使う人たちの役に立てばいいよね」
いつもの爽やかな笑顔で言ってるんだろうな、フード被ってるからよく見えないけど。この人仕事はちゃんとやるんだよね。それは嫌いじゃない、かも?
なんて思っていると、突然ポンっとフードの上から頭に手を置かれ、
「さっ、女神ちゃんはそろそろ戻りな。暗くなってきたからこのランタン持ってって。本当は手を繋いで一緒に戻りたいけど、まだかかりそうだからごめんね」
「いやー、これ私が持っていったらダメですよね。予備の灯りあるんですか?」
「ないよ〜。暗いのには目は慣れてくるでしょ。大丈夫大丈夫」
「はー、じゃあこれ貸します」
アーティは灯火魔法を発動させ、ランタンの灯りより数倍明るい光の玉を出した。それをレオフリックへ渡す。
「くっつくようにしたので頭とか肩とかに付けることができます。夜中までは持ちません。しぼんで勝手に消滅します。えっと、真っ暗なとこ歩いて転ばれて怪我されても嫌なので、今日だけ特別です」
「女神ちゃんから俺に? 特別に?」
「それじゃ頑張って下さい」
立ち上がりランタンを持とうとした瞬間、
「女神ちゃ〜ん! ありがと〜! 俺頑張るよ〜!」
「うえぁっ!? ちょっ、ちょっと!」
特別と言われたことが嬉しくなり、レオフリックはガバッとアーティを抱きしめた。
「貸し一つ、にしときますねー」
ぎゅっとされ、温かさを感じながらも内心では、ほんとにこれが北の傭兵団第一部隊の隊長なのか? と疑わしく思うのであった。
「メーリックただいまー。諸々ありがとね。助けられましたー」
「ア、アーティお帰りなさい。お、落とし物見つかった?」
「えっ!? あ、うん、見つけた見つけた! 心配かけてごめんねー」
簡易的な寝床を作っていたメーリックを見つけアーティは声をかける。落とし物を探しに行くと言ったことはすっかり忘れていた。
「あ、あのねアーティ、え、えーと……」
「ん? メーリック何かしたー?」
「う、ううん、な、何でもない」
「そう? じゃ私、焚き火の方へ行くから、またねー」
何かを言いたげにしているメーリックに気付かず、アーティは去って行った。
「戻りましたー、すいませーん、遅くなっちゃって。あ、リンドルさん、このランタン持ち主に返して貰ってもいいですか?」
焚き火の側にいたリンドルにランタンを渡す。
「これは隊長のですね。いいですよ、分かりました。アーティさんが来たので僕は先に休みますね。リディ隊長、後はよろしくお願いします」
そう言いリンドルは対面に座っているリディに一礼し、寝床へと向かった。
「アーティお疲れ様、こっちに座って。夕食のスープあるからパンも一緒にどうぞ」
「ありがとうございまーす。いただきまーす」
リディの隣に座り、渡された夕食を食べ始める。
「ねえアーティ、レオからランタン借りたの?」
「あ、はい。代わりに灯火魔法の小さいやつですが貸しましたよ」
「逆で良かったんじゃないかしら。アーティの灯火魔法をあいつになんて、すごくもったいないわぁ」
「でもまあ、冷たい水頂きましたし。暗いと仕事大変だと思って今日だけ特別に」
「――!? 何か! 他に何かされなかった!?」
「何かってー」
水貰って飲んで、雑談して、灯火魔法の灯り渡したら嬉しくなったらしくて抱きつかれたくらい? 急に抱きついてきたのはびっくりしたけど、私もメーリックに抱きついたりするし、
「特に何もなかったですよー」
「本当に?」
「はい、今日はないですねー」
「そう。何かあればすぐ私に言いなさいね。あれに気を許しちゃダメよ! 隙を見せないようにね! それから……」
リディの熱弁をただただ黙って聞くしかない状況のアーティだった。
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