第三話 手に入れた生きる理由

 数十年前突如現れた魔王により世界の平和は奪われた。各国の兵士たちが魔王率いる魔王軍の侵略に抵抗するも力及ばず、人々は魔王への恐怖に絶望した日々を送るのだった。


 約2年前、大国ミーデエルナから神に選ばれし勇者が仲間と共に魔王討伐のため旅立ったという話が世界に広まった。

 そして旅立ちから1年半後、人々の希望である勇者がついに魔王を倒し、魔王軍はいなくなり世界は平和を取り戻したのだ。世界は救われてめでたしめでたし。


 でも、勇者の姉である私はめでたしではなかったんだ。だって勇者は、弟は私の元へ帰ってはこなかった。


 魔王討伐後、国へ帰還してきたのは戦士ワイアット、僧侶セレス、そして私の親友である聖女フィオナの三人だけだった。

 勇者ユーフィルは魔王との戦いの末、最終的に相討ちとなり命を落としてしまった。戦士の人が助けようとしたが、魔王が討たれたためか、戦いの場であった魔王城が崩れてきたため遺体の回収はできなかったらしい。この報告は戦士の人が語っていたとのこと。


 自宅の玄関先で国の使いの人からその知らせを聞いて、私は頭が真っ白になり意識を失った。目覚めたら自分の部屋のベッドの上にいた。

 運んで寝かせてくれたのは、私たち姉弟の育ての親であり、戦いの修行をつけてくれていたサーブル師匠だった。両親を早くに亡くした私たち姉弟を引き取ってくれた人。私たちの父親の兄とのことで、関係的には伯父にあたる。初めは伯父さんと呼んでいたが、修行をつけてもらっているうちに私はいつしか師匠と呼ぶようになっていた。厳しいけど優しさがある人。師匠は私が一番尊敬している人物だ。


 師匠の話では、私は倒れてから3日間も目覚めなかったそうだ。

 その間の出来事で今思い返しても呆れる話がある。勇者パーティーが帰還した次の日に、国は早々と盛大な凱旋パレードを行った。

 魔王討伐の英雄の身内も是非参加をとのことだったらしいが、眠っている私を気遣って師匠が丁重に断ってくれた。勇者本人はいないのに、その身内を参加させようってどうなのよ。配慮ってものはなかったんですかねー。


 なーんて今更だけど。当時のことを思い出すと心苦しさでいっぱいになる。


 私のたった一人の大事な弟。

 勇者に選ばれなければ生きていたよね。

 そもそも何であの子が選ばれたの?

 私も戦いについていけば死なせずに済んだのかもしれない。

 神様どうしてあの子を勇者にしたの?

 2度と会えない、会うことができない。

 

 ――悲しい悲しい苦しい苦しい悔しい悔しい悔しい。


 負の感情しか浮かんでこなかった。

 目が覚めて泣いて、泣き疲れては眠って……。


 弟を失ったショックがあまりにも大きすぎて何もする気にならず、ベッド上での生活が続いた。

 無気力で寝たきり状態の私のお世話は師匠がずっとしてくれてたっけ。食事も水も取らない私に回復魔法をかけてくれたり、身の回りのことを介護されて、ええ。ちょっとその辺りは記憶はおぼろげです。


 そんな私の弱々生活が一変し、転機となったあの日のことは今でも鮮明に思い出せる。


 もう死んでしまおうと思ってナイフを自分に突き立てていたところを師匠に発見された時だった。即座にナイフを取り上げられ、まじビンタされ怒鳴られた。

 でもね、叩かれた頬の熱い痛みも、師匠が本気で怒ってきても、それでも私の心は動かなかった。

 何も反応しないで黙ってうつむいていたら師匠は怒るのをやめ、はーっと大きいため息をついた。しばしの沈黙後、師匠はガバッと私の毛布をはぎ取ると腕を掴み、ベッドから強制的に引き摺り出してきたのだ。そして即座に転移魔法を発動させる師匠。

 ちらっと顔を上げて見てみたあの時の師匠の顔は今までで一番怖いと感じたよ。そして本気で悲しんでいるのが分かった。


 師匠の転移魔法で到着した先は、日の光が僅かに差し込む暗くて深い森の中。周辺から凶暴そうな魔物の気配がいっぱい感じられる。

 師匠はぎっちり掴んでいた私の腕を急に離した。寝たきり生活でだいぶ筋力が低下していた為、上手くバランスが取れず、身体は地面にへたり込んでしまう。動けず困惑している私を師匠は真っ直ぐに見据え、力強い声でこう言ったんだ。


『生きる理由を与えてやる』って。


 この地のどこかに自分が叶えたい願いを自身の魔力で変換させ、魔法として使うことができる魔石があるから探せ、とのこと。


 あの時の師匠を思い出すと、私的にはすっごく痺れる憧れるーっ! なんだけど、寝たきり生活で栄養不足、運動不足、メンタル大ダメージで全てが弱りまくっていたために全く頭も働かず、混乱して固まっている私がそこにいた。


 流石にかわいそうに思ったのか、師匠は改めてとっても分かりやすく説明をしてくれた。やはり師匠はいつだって優しい。

 要するに、その魔石を使えば魔王と相討ちしたというユーフィルを復活させることができる可能性がある、という話だった。


 その魔石を見つけることが出来たら、諦めてたことが叶うなら、また弟に会えるなら……。


 可能性から希望を抱いた瞬間、ドクンと跳ねる自分の鼓動を久しぶりに感じたんだ。十分すぎるほどの生きる理由を手に入れた瞬間だった。

 

 転移したあの場所がどこだったのか、師匠に聞いても未だに教えてくれない。願いを叶える魔石というそんなすごいものが存在するなんて、私たちの世界じゃなく、別の世界、例えば本で読んだことがある魔界とかじゃないの? なんて後から考えたりした。


 気持ち新たに全く見知らぬ地での魔石探しが始まった。てっきり一人で探すものかと思っていたが、師匠がサポートをしてくれた。まあ弱りに弱っていたあの状態で一人だったら確実に魔物にやられていただろう。

 ちなみに私の装備品を師匠が持ってきてくれたので、寝巻きのまま過ごすことにはならなくて安心した。


 しばらくして身体が本調子に動けるようになってきた頃、修行も兼ねて一人で魔石探しに行ってみることを師匠に伝えたら、ものすごーく渋い顔をされたんだよね。理由を聞いたところ、実は魔石を守っている魔物が魔王くらい強いかもしれないらしい。

 そもそもこの地での修行はもっとレベルを上げてから、いずれ姉弟一緒に連れてくる予定だった。だけど私のあの行動を見て、このままではダメになると思い、勢いで連れてきてしまったとのこと。申し訳ないと謝りながら師匠は話してくれた。


 師匠の熱くて深い思いを知って、胸がキューっとなり泣きそうになったけどグッと堪え、「親心だねー」とか「魔石のある場所知ってたんじゃん師匠ってばー」など、いつものように軽口で喋り、私は気恥ずかしさを誤魔化した。


 例の魔石? 手に入れましたよ、きっちりしっかりと。頑張った私! すごいね私! やったね私!

 まあ実際は一人じゃなく、師匠に頼みに頼み込んで手を借りましたけどね。


 だっていずれじゃダメだから。

 可能性からの希望を早く叶えたいから。


 そしてまたここに来るのはなんか嫌だから。

 最後の主張の理由として、ここはどこ行っても空気がじめって重く感じたし、魔物の数は多すぎだし、攻撃が陰湿なのも結構いたし、魔物肉があんまり美味しくなかったし。師匠には怒られそうだからこれは絶対に言わないけどね。


 ちなみに魔石は森を抜けた先にあるダンジョンの最深部で手に入れることができた。とにかくひたすら魔物と戦いながら進んでいき、魔石を守っていた魔物を倒して目標達成。確かに師匠が言ってたように、今までで戦ってきた中で一番厄介でものすごく強かった。魔王の強さを疑似体験出来たのかな。魔王はもういないけどね。

 そして師匠と一緒に戦って改めて分かったのは、師匠はものすごく強い。戦闘時の安心感が半端なかったよ。


 魔石を入手した後、師匠の転移魔法で自宅に戻ってきたら3ヶ月以上過ぎていてびっくり。部屋はぐちゃぐちゃになったままでがっくり。でも師匠の荒療治な修行のおかげで心身共に回復したし、かなり大変な思いをしたけどレベルが格段に上がったので良しにした。


 願いを叶える魔石を使ってユーフィルを復活させる。

 それが私の生きる理由であり、実現させたい希望。


 手始めに魔王討伐時の詳しい情報の収集とか魔王城へ行くための路銀稼ぎが必要。働き口は師匠に相談してみよう。帰ってきている親友の聖女にも会いに行かなきゃね。


「よーし! これからもーっとがんばるぞー! おー!」


拳を上げて声を出し、私は自分自身に気合を入れるのだった。

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