第18話 ストルアの村 7

 本能的に、立ち上がろうと暴れるビックボア。

 「ブラック、危ないから。」

 セレアは、ブラックを捕まえる為に走り出した。

 と。

 「ぼーーーー。」

 突然、ビッグボアの頭に向かって火を吐くブラック。

 「え?」

 「ぶきっ!きぃぃぃぃぃぃ!」

 セレアの呆けた声に、ビッグボアの一番大きい叫び声が重なる。

 残った動く足を、今まで以上に勢いよくばたつかせ、激しく暴れだすビックボア。

 「強化!」

 声とともに加速したセレアは、火を吐き終わったブラックの首根っこを掴むと、即座に飛退いた。

 距離を開けたところで落ち着くと、念のために、すぐに翔太を探す。

 翔太は、少し離れたところで転んだらしく、両手を地面について、暴れるビッグボアを眺めている。

 どうやら、被害はないようだ。

 胸をなでおろすセレア。


 そして、セレアは、掴んでいたブラックを抱きなおすと、ビッグボアが疲れて動けなくなるを待った。


 暫くして、暴れるだけの力がなくなったビックボアは、動く足で、地面を掘るだけになっていた。

 「ちょっと、つかまっていてね。」

 セレアは、抱いていたブラックを、肩にのせるようにつかまらせ、優美な動作で細身の剣を抜き放つ。

 次いで、ゆっくりとビックボアに近づいた。


 「強化。」


 そして。


 細身の剣を、ビッグボアの頭部に突き立てた。

 一度だけ痙攣し、一切の動きが止まる。

 セレアは、その様子を確認すると、細身の剣を引き抜き、軽く振った後に、また、優美に納刀した。


 「ショウタ、怪我は?」

 終わったことを悟った翔太が、立ち上がって、歩いてきていた。

 「転んだ時、擦りむいちゃった。」

 痛むのか、顔を少し歪ませながら、服についた土を掃っている。

 一応、横目に、翔太の無事を再確認するセレア。

 「そのくらい、自分で治しなさい。できるでしょう。」

 「うっ、うん。」

 ー さわらないと駄目なんだよね。 ー

 あっちこっちを擦りむいた為、止まって、傷口に指を当てようとした翔太が、そう思った時、

 「と、、、。あっ!」

 頭の中で、新たなヒールの使い方が弾け、驚いた様子でセレアを見た。

 「どうしたの?」

 「なんだか、自分の怪我なら、指を当てなくても治せるみたい。」

 「そう。よかったじゃない、早く治しなさい。」

 ー 脅かさないでよね、ちょっと心配したじゃない。 ー

 翔太の様子に、内心、かなり焦ったセレアだったが、上手く装った。

 翔太は、頷き、口を開いた。

 「うん。ヒール。」

 なんとなく、ボロボロ感のあった翔太の姿が、少し、まともになる。

 セレアは、それを見ると、ブラックの背を軽く叩いた。

 「ショウタ、聞きたいんだけど。」

 「えっ?なに?」

 反射的に、微妙に身構える翔太。

 とりあえず、翔太の様子は無視するセレア。

 「さっきだけど、一瞬、ブラックが火を吐いたように見えたんだけど、見てた?」

 確かにセレアは見た。

 と、言っても、ブラックの頭の後ろからで、ビッグボアの手前で止まった途端に、炎らしい小さい明りが見え、捕まえたときに、口元で消える瞬間の炎らしいものが見えただけで、信じ切れていない。

 「えっ。ブラックって、火が吹けるの?」

 目を丸くして驚く翔太の少しズレた答えに、セレアは眉をひそめ、

 「そうじゃなくて、見てた?て、聞いてるの。」

 「あっ、ごめん、ぜんぜん気が付かなかった。」

 翔太は、わからない、と、肩を窄めた。

 「そう。ブラックに聞いてみてもねぇ。」

 肩にぶら下がるように乗って、機嫌よく尻尾を振っているブラックの背を、セレアが撫でると、さらに機嫌がよくなったのか、鼻先を頬に押し付けてくる。

 「ん。かわいい♪」

 ー まっ、いずれわかれば。 ー 

 セレアも負けじと頬ずりをする。

 「えーっと。その、邪魔して悪いんだけど、、、。」

 そこに、翔太が脇からおずおずと割って入った。

 「なに?」

 微かに機嫌の悪さを含んだセレアの声に、半歩下がる翔太。

 「えっと、その、本当に火が吹けるか確認したいな、って、だから、その、ブラックを。」

 セレアは、わずかに考えるように止まると、息を吐いた。

 「しょうがないわね。どうやるの?」

 「うん、ちょっと。」

 セレアからブラックを受け取った翔太は、前足の脇を手でもって、ブラックの顔を向こうに向けた。


 ー 火かな、炎かな、どっちでもいいか。 ー 


 思いつつ、軽く深呼吸して。


 「ブラック、火。」

 「ぼーーーー。」


 翔太が言った途端、大きくはないものの、温度が高そうな炎を吐くブラック。

 「、、、。」

 二人は、黙ってブラックを見つめた。

 「すっ、凄いよブラック、火が吐けるんだね。」

 動き出した翔太が、ブラックを自分の方に向かせ、褒めちぎり。

 ー フェンリルが火を吹くなんて、聞いたことがないんだけど、、、。 ー

 目眩を感じたセレアは、軽く額に手を当てた。

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