第16話 ストルアの村 5

 月明かりに照らされながら、畑の真ん中にある小山が動いていた。

 「セレア。」

 「どうしたの?」

 月明かりのせいではなく、小山を見て蒼白になっている翔太の呼びかけに、セレアは、全く落ち着いた様子で答えていた。

 二人は、畑仕事の道具を保管しておく小屋の影から、小山を眺めていた。

 「あれ、、、。かなり、なんて言ってられないぐらい大きいけど、、、。」

 ブラックは、翔太に抱かれてお休み中。

 「確かに大きいけど、ぎりぎり、魔獣化まではしてないわ。魔獣化していたら、もっと大きいのよ。」

 案内してくれた村人は、いったん、引き上げてもらっているため、今は、二人だけだった。

 ー あれより大きいのって、どんなの? ー

 「あの大きさなら、いけると思うわ。」

 「えっ?」

 事も無げに言った、セレアの一言に、翔太が目を丸くする。

 「待って。あれ、かなり、なんて言ってられないぐらい大きいよ。」

 「?、確かに大きいけど、魔獣化まではしていないわ。」

 「えっ?」

 暫く黙って向き合う二人。

 翔太が先に口を開いた。

 「もしかして、、、。セレアは、あれを倒せると思ってるの?」

 セレアは、変なことを言うわね、と、腰に手を当てる。

 「普通に思ってるけど。」

 「えっ?」

 また、暫く黙って向き合う二人。

 「どっ、どうやって倒すの?だって、あれ、何回も言ってるけど、かなり、なんて言ってられないぐらい大きいんだよ。」

 かなり大きく息を吐いたセレア。

 「確かに、かなり大きいわ。正直な話、私が強化を使っても正面からでは止めることはできないわ。」

 「じゃ、じゃあ、どうするの?」

 「別に、止める必要はないじゃない。」

 「えっ?どう言うこと?」

 目を白黒させて戸惑う翔太に、少し、鼻を高くして、セレア。

 「簡単よ。翔太がおとりになって、あれの前を走ってくれればいいのよ。私が横から魔法で攻撃するから。」

 セレアにしてみれば、素晴らしい作戦なのかもしれない、実際、いかにもな表情をしている。


 しかし。

 

 翔太にしてみれば、、、。

 「おっ!、、、。」

 叫び声を上げそうになったところを、セレアの手が口を塞いだ。

 「ちょっと、なに大声出そうとしてるのよ、あれに見つかるでしょ。」

 どちらかと言えば、セレアの手の感触に驚いて静かになった翔太を確認すると、手を放すセレア。

 「あっ、もぅ。手に唾が付いたじゃない。」

 パタパタ、手を振る。

 「うーーー。」

 セレアの手の感触は気になったが、先ずは、目先の危機を逃れるために考える翔太。

 「でっ、でも、僕の足だと、絶対あいつに勝てないよ。追いつかれちゃうよ。」

 「あのね。そんなのわかってるわよ。ちょっと待ってなさい。」

 あっさり、当然でしょ、と、表情で答えたセレアは、小屋の影から半身を出す。


 と。


 「風よ。」


 一言。

 

 何を?、と、翔太が続いて、顔を出す。


 「ぶきーーーーーーーーー!」


 同時に、小山、ビックボアの叫び声が響き渡った。


 血しぶきらしきものが、ビッグボアの前足あたりで飛び散るのが見える。


 「さっ、これでショウタの方が速く走れるわ。頑張って、ね。」

 

 小屋の影と言っても、ビッグボアから見て影になっているだけで、月明かりに照らされているセレアは、その綺麗な姿を翔太にはっきりと見せていた。

 その彼女は、最後の一言、ね、とともに、異常なかわいい仕草で片目をつぶって見せる。


 「うっ。」


 普通なら一発撃沈だが、翔太は、彼女の後ろに一瞬、小悪魔の影を見て踏みとどまった。


 「でっ、でも。」


 「でもも、何も、時間がないわ。早く行きなさい。」


 とどめに効果がなかったことに気分を害したのか、今度は、口を尖らせながら翔太を押し出そうとするセレア。


 だが、時間がないのは事実。


 聞こえてくるビッグボアの叫び声と、足を痛めているためか、不揃いな足音は、確実に大きくなっていた。

 どうやら、攻撃が来たらしい方向へ、適当に突進し始めたようだ。


 「そうそう。ブラックは、こっちね。絶対、逃げれないから。」


 セレアがひょいと、翔太が抱いていたブラックを取り上げる。


 ブラックを次の言い訳に考えていた翔太。


 「うーーー。」


 どうやら、万策尽きたようだ。


 急かすセレアを後ろに、小屋の影から少し顔を出す翔太。


 こちらを見られてはいないはずなのに、確かに、ビッグボアが向かってきている。

 かなり感がいいのか、小屋を、敵と思っているのかはわからないが。


 「ショウタ。」


 セレアの声に、振り向く翔太。


 「絶対大丈夫だから。」


 翔太は、セレアの、さっきのようにかわいい仕草のない、落ち着いた、自信のある一言に覚悟を決めた。


 ギュッと歯を食いしばる。


 一気に、小屋の影から、ビックボアの前へ飛び出した。


 「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ。」


 ビッグボアも、翔太に気が付き、声を上げる。


 「ぶきいぃぃぃぃぃぃ。」


 と。


 セレアの一声。


 「ショウタ、曲がりなさい、真っ直ぐ突進して勝てるわけないでしょ!なるべく円を描くようにしなさい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る