第10話 (見習い)
宿の自室で目を覚ました。
頭はすっきりしているが、なんだか妙に疲れが残っている。
そりゃそうだ、べろべろの女二人を宿まで運んだんだからな。
「ん……あ、おはようございます」
ベッドで小さな寝息を立てていたロッカが、ちょうど目を覚ましたようだ。
寝起きで赤毛の髪がぼさぼさになっているが、それもまた可愛らしい。
「おはよう。頭は痛くないか?」
「はい、大丈夫です……あれ、ここどこですか?」
ロッカはきょろきょろと辺りを見回している。
「宿の部屋だよ。昨日酔い潰れたお前を運んできたんだ」
「はっ、もしかしてヴェインさんってば私を手籠めにっ!?」
思わずデコピンをした。
「するわけないだろ。紳士は酔いつぶれた女に手を出さないもんだ」
「あぅ……」
ロッカは額を押さえながら、恥ずかしそうに頭を下げる。
「そういえば、あいつはどこに……?」
俺がそう呟いた瞬間、部屋の扉がばんと開いた。
「師匠ー! おはようございまーす!」
元気よく飛び込んできたのは、昨夜べろべろになっていたはずのティアだった。
なぜか俺よりも元気そうに見える。
「朝から騒々しいぞ。どこいってたんだ?」
「元々の宿を引き払って荷物を取りに行ってました!」
ほら、と手に持った大荷物を披露してくれる。
「ちょっと待て……なぜ宿を引き払う? ああ、王都に戻るのか」
「いいえ? ここで師匠と一緒に過ごさせていただけたら、と」
弟子として認めたわけでもないのに、何をいいだすんだ。
それにこの部屋はそもそも一人用だぞ。
「そういえば師匠、なんか昨日のことがあまり思い出せないんですよね。気づけばこの宿にいて……まさか師匠、私たちを手籠めに……っ!?」
二度目のデコピンだ。
ティアはおでこを押さえて、目の端に涙を溜める。
べろんべろんの二人を宿まで運んでやったのに、この言われよう。
道端にでも置いてくればよかったかもしれない。
「宿のおばさんにもゴミを見る目で睨まれたんだからな……」
月単位で契約してるのに、居づらくなったらどうするんだ。
酔っ払いの女を連れ込んだわけじゃない、とあとで言い訳しておかなくちゃな。
「ところで、ティア。お前は王都から来たんだよな。なんで俺のことを知っていたんだ?」
「王都にいると色んな情報が入ってくるもんですよ」
ティアは誇らしげに胸を張ると、さらに続けた。
「リーンベルで活動しているA級パーティのメンバーが使っている装備には強力な封術がかけられていて、それはまさに伝説級の武具に匹敵するらしいっていう……」
伝説級ってそりゃ言いすぎだろう。
確かに二人の装備は気合いを入れて封術していたが。
まあ噂に尾鰭がつくのはよくあることか。
「バターを切るように敵を一刀両断する戦士ジンガ、風のように飛び回るシーフのウィン=ルゥ、息切れもせず強力な魔法を撃ち続ける魔術士ダズは向こうでも有名でしたよ」
A級パーティともなれば王都まで噂が轟くものなのか。
ただ、そこに自分の名前はないんだな……とちょっと肩を落とす。
「でも実はメンバーを裏で支えているのは封術士のヴェインだ、って私は確信してますけどね!」
それでわざわざ王都からここまで教えを請いに来たってわけか。
ちょっと過大評価かもしれないが遠く離れた王都のやつに評価されていたってのは素直に嬉しい。
「話は分かったが、しばらくしたらロッカとこの街を出ることになるだろうし……やっぱり無理だな」
ベッドで身支度を整えているロッカを見つめると、彼女は少し考えて口を開いた。
「いえ、まずは小さな依頼を受けながらあの豹がいた辺りを探索しませんか?」
今後の方針について、ロッカがそう提案した。
「でも買った情報は偽物で、エコーライトはないんだろ?」
「いえ、もしかしたら私の探索に漏れがあったのかもしれません。情報源からもらったのは下手な絵で描かれた地図でしたから。もう少し探索範囲を広げればもしかしたら……」
目が飛び出るほどの高い金を払ったんだ、諦めきれない気持ちもあるのかもしれない。
諦めが付くまでやりきるのもいいだろう。
それこそ俺が剣士を諦めた時のように、な。
「分かったよ、じゃあ朝飯を食ったらそうするとしよう」
「師匠、あのぉ私は……」
結局、ティアはこの街を離れるまでの臨時エコーライト(見習い)とすることにした。
断りきれなかったのもあるが——。
「元々は聖職者だったんです。でも授かったジョブが封術士で……」
ギルドまでの道すがら、ティアの話を聞いていた。
ジョブってのは本人の行動や思想から賜るものというのが通説だが、ティアのように本人の性質や資質とは全く違ったジョブを発現することがある。
人生というものは得たジョブに引っ張られることが多い。
だから彼女も聖職者としての道を諦めて封術士として活動をしていたらしい。
「でも封術の才能はそれほどでもないんですよね……」
「謙遜することないだろ。昨日、飲みながら王都で三本の指に入るって言ってたじゃないか」
「あ、あれは……ちょっと盛りました」
ティアは頬を赤くして視線を逸らす。
「実際のところどうなんだ?」
「普通の封術なら一通りできます。でも魔石に魔術を封じるなんて高等技術はさすがに……」
そりゃそうだろうな。俺だって完成させるまでに何年もかかったんだ。
「まあ、封術士でありながら治癒魔術も使えるってのは凄いと思うぞ」
「ほ、本当ですか!?」
それが見習いを許した最大の理由だしな。
ティアは褒められたことに気をよくすると、飛び跳ねて喜んだ。
短い丈の修道服でそんなことをするもんだから、また下着が見えそうで思わず目を逸らした。俺は紳士なので。
ギルドに着くと、さっそく受付のミーナに声をかける。
「おはようございます。今日はどのような依頼をお探しですか?」
「この周辺で採取系の依頼はないか? できれば森の奥の方がいい」
ミーナは依頼書の束をめくりながら探してくれる。
「そうですね……月夜茸の採取依頼がありますが、場所がちょっと……」
「どのあたりだ?」
「例の
どうやら昨日報告した森林豹の件で、その周辺は危険地域として認定されたらしい。
他にもあんな魔物がいるとしたら危険だからな、英断だろう。
「その依頼、受けよう」
「え、でも危険では……」
「仮にも俺は元A級パーティの一員だぞ?」
「ですね!」
ミーナははにかむと、依頼書に印を押して手渡してくれた。
「ついでだし他に危険な魔物がいないかも調査してくるよ」
「それはギルドとしても助かります!」
なかなかギルドの人員を割けなくって、とミーナは困り顔をした。
俺が頷くと「無事に戻ってきてくださいね」と受付嬢専用スキル〝おまじない〟をかけてくれた。
もちろんそんなスキルはない。
ただ、出発のときミーナに微笑んでもらうとほんの少しだけ運が良くなる気がするような感覚があったりなかったりすると冒険者の間でひそかに噂になっているだけだ。
「それでは、行ってらっしゃい」
そんなことは知らず微笑むミーナに見送られて、ギルドを後にした。
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