第9話 都会の女はこれだから

 いきなり師匠になってくれと言われたら誰だって困惑する。

 それも知らない女からとなればなおさらだ。


「あ、申し遅れました。王都から参りましたティアローズといいます。ティアでもローズでも師匠の好きなように呼んでください!」


 ぺこりと頭をさげると、ブロンドの長い髪がふわりと揺れた。

 わざわざ王都からこんな街まで来るとかなかなかに酔狂だ。でも。

 

「弟子とか取るつもりないから……それじゃ行くぞ、ロッカ」

「はいっ!」


 治療院を出てからもぴったりと後ろにくっついてくるティア。

 おかしいな、ちゃんと目を見て断ったつもりなんだが……。


「師匠ぉ、待ってください!」

「師匠じゃないって。そもそも弟子なんて取るつもりもない」

「そんなぁ……」

「ヴェインさん、しつこ……可愛そうなので話だけ聞いてあげられませんか?」


 ロッカがそういうと、ティアはがばりとロッカに抱きついた。


「ロッカちゃんっていうのよね。ありがとう、まだ小さいのになんていい子なの……」


 その言葉を耳にしたロッカは、露骨に表情を変えた。

 まるでオーガの目の前に立っているかのような圧を感じる。


「わたしは小さくないですっ!」


 どうも彼女は身長にコンプレックスがあるみたいなんだよな。

 俺としては小さくて可愛いと思うが。

 今だってちょっと背伸びして体を大きく見せてて、まるでアライグマのようで愛らしい。


「し、身長のことを言ったんじゃないのよ?」

「歳もそんなに幼くないです! もうお酒を飲める歳なんですからっ!」


 ふんす、と大きな胸を張るロッカ。

 そういえば年を聞いてなかったことを思い出した。

 見た目は15くらいに見えるんだが、酒を飲める歳ってことは意外と——。


「先月15歳になったんですよっ!」

「見た目通りかよ! おいおい、酒は18からだろ」

「ドワーフはお酒好きですから、15歳から飲んでオッケーなんです」


 ドヤ顔で親指を立てているが、こんな子供っぽい子が酒を飲んでいる姿が想像できない。


「ドワーフの血を引いているんですから……きっと飲めるはずなんですっ!」


 よし、そしたら試してみるとするか。

 そんな意地悪な気持ちが湧いてきて、馴染みのバルへ連れていくことにした。

 


「うえ、苦っ……まずっ……」


 いつか父さんのように大酒飲みになるんですからっ!とキラキラした目で夕日に誓いを立てていたが、どうにもお口に合わないらしい。


「ヴェインさん、これ毒が入ってるんじゃないですか?」


 真剣な顔でそう聞いてくるもんだから、それを聞いた隣のテーブルの客が、飲んでいた酒を吹き出した。


「すまん、聞こえてたか。親父、こっちのテーブルにエールを一杯やってくれ」


 それから毒は一切入ってないことを伝えて、謝っておく。


「おい、店の評判が落ちたらどうすんだ。ここは安くて旨いお気に入りの店なんだぞ」

「あぅ……すみませぇん」


 ロッカはしゅんとして、口の中を洗い流すように水をがぶ飲みした。


「ロッカちゃん、最初はこういう果実酒からはじめるのがおすすめよ」


 シスター風の見た目なのにやたら露出の多い女がシードルを片手にご高説を垂れる。


「おい、なんでこんなとこまで着いてくるんだよ……」

「そりゃ師匠が行くところならたとえ火の中バルの中、です!」


 そうか、じゃあいざとなったら水の中に逃げれば追ってこれなそうだな。

 ……ってそんな馬鹿なことを考えている場合じゃない。

 このままだと延々に付きまとわれてしまう。

 とりあえず話だけは聞いておくか。


「で、俺に何をして欲しいんだ?」

「師匠になって欲しいんです!」

「じゃなくて、弟子になって何を教わりたいんだ?」


 そんな俺の質問に、ティアは即答した。


「まずは魔石への封術ですね!」


 何故か顔に怒りを浮かべているが、そもそもどうして使い捨て魔術のことを知っているのだろうか。


「ある男にやれといわれまして! ダメだといっているのにちょっとくらい良いだろうと力尽くで……」

「待て待て。これは封術の話でいいんだよな? 違うならロッカの耳を塞がなきゃいけないんだが」

「もちろんです!」


 ここの名物料理、チーズベーコンポテトを頬張りながら「わたしが、なぁに?」と小首をかしげるロッカ。


「いや、なんでもない。どうやら勘違いだったらしい」

「そして当然のように失敗すると、その男はあろうことか臭い息を吐きかけてきて……いきなり太いのをブスっと私に刺してきたんです」

「いいんだな? 封術の話ってことで。俺の心が汚れてるだけだな?」

「だからそうですって!」


 よくも師匠と慕う相手の心が汚れているなんて言えるもんだ。全く都会の女はこれだから。


「あれ、ちょっと待てよ……今臭い息って言ったか?」

「ええ。ニンニクと発酵した豆のような匂いで、それでいてその向こう側に——」

「雑巾でミルクを拭いて放置したときの臭い……か?」


 俺の例えをきいたティアはハッとすると、いきなり机を叩いて立ち上がる。


「それだー!」


 その声に隣の客が驚いてエールを吹いたので、また奢る羽目になった。


「ずっと何の匂いか思い出せなくてもやもやしてたんですよ」

「そりゃ良かった……か? つまりダズがお前に使い捨て魔術を作らせようとして失敗、逆上からの刺殺ってわけだな」

「いやいや私、死んでませんから! ほら、こうやって脚もついてい——」


 ギルド受付のミーナがいってたのはこいつのことだったか。

 そういえば名前を言っていたけど、関係ないからと思って聞き流していたな。


「ほら見てください、生足! 私、死んでませんよね? えっ……だから弟子入りを断られてる? もしかして私、見えて……ない?」

「おいおい何でいきなりパンツを出すんだ? 二人してこの店の評判を下げて潰そうとしてるなら俺、戦うぞ?」


 隣の客がパンツに釘付けになって、だらしなく開けた口からエールをこぼした。

 もう驕らないぞ、それについては自分でなんとかしろ。



「で、悔しいから魔石への封術を習いたいと」

「まあそんなところです」


 でもダズは良くてギルド追放、悪けりゃ牢屋行きだろうし、もう見返す相手もいないだろ。

 そう伝えると、それはそれ、これはこれ、あれとそれはこうだからああなんだと訳のわからないことをいいはじめた。


「おい、何が〝果実酒からはじめるのがおすすめよ〟だ。シードルでべろんべろんじゃねえか……」

「あのねヴェインさん、お父さんが言っていました……酒は飲んでも高楊枝、ってね!」


 ってね、じゃねえよ。意味がわからん。


「くそ、こいつら……」


 ロッカはいつの間にか果実酒を頼んでいたらしい。

 それを飲んだ結果……これか。


「お父さんはこうも言ってました……酒の上にも三年、ってね!」

「なんだそれは。熟成の話か?」


 ロッカまでベロベロになったらどうすりゃいいんだよ。


「はぁ、仕方ない……」


 俺は思わず溜息をこぼすと、右手にべろん、左手にべろんを抱えて、宿へ向かった。

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