第2話
オカルト雑誌が積まれ、散らばった机の持ち主の中村に昼休みが訪れた。
苦いだけのブラックコーヒーに、二割引きになっていたエッグサンドを片手に次の記事を考えている。
「中村先輩〜! 一緒に昼ごはん食べていいっすか?」
「あぁ、柳瀬か。いいぞ」
「あざーす!」
茶色の髪が特徴のチャラそうな青年柳瀬の笑顔に、中村は眩しさを感じた。
柳瀬は手作り感のあるおにぎり二つとお茶を取り出して、ラップを剥がす。
美味しそうにおにぎりを頬張る姿は微笑ましい。
「最近雑誌の方鳴かず飛ばずっすよねー……」
「仕方がないな。今は紙よりも電子の方が選ばれやすい」
自分達が担当しているオカルト雑誌の売れ行きの不安を口にする柳瀬に対して、中村は諦めの声で返した。
本を紙で買う人も少なくはないが、主流は電子書籍。
ましてやオカルトというマニアックな部分も相まって、ここ数年いい成績を出せていない。
いつ廃盤になってもおかしくない危機的状況に、薄毛になっている編集長は苦労が滲み出ている。
「先輩はなんか面白いネタとかないんすか?」
「あるなら苦労しない。……いや、あるな」
「えっ! なんすかなんすか!」
柳瀬の問いかけにそんなネタがあるならばと言いかけたが、今朝見た夢を思い出した。
柳瀬はその話をプレゼントを待つ子供みたいに目をキラキラ輝かせた。
中村はその圧の強さに内心ビビりながらも、夢の中であった鬼塚村について話していく。
「へー、なんか不思議な夢っすね」
「オカルト話を作るには丁度いいネタっちゃネタだな」
「なんかありそうっすよね。確か蜂って夢で見ると危険だとかの意味があった気がするっす」
「そんなのこの仕事をしていたら日常茶飯事だろ」
「それもそうっすね! まぁ、気をつけて損はしないっす」
オカルト雑誌に来ることもあって、鬼塚村の話を聞いてくれる柳瀬を見て、若い頃の自分を重ねる。
上京した際にあった熱意は歳を取るごとに諦めと失望により、火が小さくなってしまった。
今じゃ三十代後半にもなって、彼女もいないダサい大人だ。
実家に帰るのも無駄なプライドが邪魔をして、連絡を取らなくなってから十年が来ようとしている。
今や母が作ったカレーの味すら思い出せない。
「さて、午後からの仕事も頑張るか」
「はいっす!」
ゴミを捨てれば、書類と向き合う。未知のモノを求める人がいる限り、書き続けたい。追い求めたい。
それはこの島がジャングルだった頃からの欲望であった。
「くっそ、疲れた……」
ライターの仕事を終えた中村は、我が家へと帰れば布団に飛び込む。トラブルがあったものだから、終電ギリギリ。
鉛のように重い身体は、空腹を訴えかける。けれども瞼が抗えそうにない。うつらうつらと船を漕ぐ。
気がつくと中村は『鬼塚村』にいた。
最初見た夢よりも空が青く、黒い鳥居が太陽の光でより一層存在感を増している。
鳥居の上には鴉が自分をジッと見下ろす。
街中でも見かけるはずなのに、嫌に圧迫感を感じて引き返そうかと悩んだ。
「中村様お待ちしておりました」
穏やかそうな笑みを浮かべて、赤野は村の中から話しかける。
その瞬間鴉達は飛び立っていった。
「え、あぁ、そうなのか?」
「はい、中村様は"特別"なお方ですから」
威圧から解放された安心感が中村の脳を鈍らせる。綺麗な人から特別だと言われたこともあって、浮かれてもいたのだろう。
冴えない現実なんだから、夢ぐらいはいいように見てもいいはずだと誰かが囁く。
へらりとした頼りげのない笑みを赤野に返せば、鳥居の境を越える。
その一瞬何か獣臭さが中村の鼻を突き刺した。
「あの、何か獣臭くない?」
「あぁ、確か村の人が鹿を狩ってきたと申しておりました。その臭いでしょう。申し訳ありません」
中村の疑問に対して、赤野は困ったような笑みを浮かべた。
確かに視界の奥には山らしきものが存在するが、最初の時にはなかった。
夢にしては出来すぎているが、オカルト専門としているライターだからこそ、こんなネタを見逃す訳にはいかない。
どうせ夢だし、覚めるのだから大丈夫。中村はそう自分に言い聞かせていた。
相変わらず村の中は変わった様子はない。赤野家の敷地内に着くと、やはり隅っこに追いやられた祠に意識が引っ張られる。
「中村様?」
「いや、なんでもない」
足を止めていた中村を心配そうに赤野は見つめていた。中村の離れかけていた意識は、直ぐに赤野の方へと向いて屋敷内へと入る。
靴を脱ぎ、入ってすぐの畳が敷き詰められた昔ながらの客間に通された。
お茶を淹れるまで待っててくださいねと言われたので、正座をして待っている。
が、妙に落ち着かない。
畳のいい匂いもするし、座布団は柔らかい。日差しが暖かく心地いい空間。
しかし何故かもう一人の自分が逃げろと警告を鳴らし続けるのだ。
何に違和感を感じてるのか、考えていると襖が開き、赤野が来たので思考のモヤは晴れてしまった。
「お茶をお持ちしました。どうぞ」
「ありがとう」
澄み切った緑茶には、茶柱が底に沈んでいる。
こういう時茶柱が立っていたら縁起がいいんだっけかと思い出す。
お茶を一口飲もうとした時、視界が真っ白に染まる。
「はっ!? ……また夢か」
目を覚ました時、何故か夏ではないのに汗でびっしょりと身体が濡れていた。時計を見れば、起きる時間の二時間前。
再びネタが増えたとばかりに、スマホで今回あった鬼塚村での出来事をメモ帳に書く。
そしていつも通りに朝の支度をし、現実世界に来たんだと頬を強く叩く。
微妙に震えていた身体に喝が入る。
「頑張らないとな」
そうボソッと呟いた後、家から出て満員電車に揺られる。
夢なはずなのに、嫌な獣の臭いが纏わりついてる気がした。
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