あなや! わたし大妖怪じゃん!

むちむちのルチノー

第1話 あなや、二回目のじんせい!

 わたしの学校の帰り道には、お地蔵さまが立っている。

 お地蔵さまは、わたしたちの登下校を見守ってくれているらしい。叔父おじさんがそう言っていた。


「いつも、お見守り、ありがとうございます」


 お地蔵さまに、ぱんっと手を合わせてお辞儀をする。

 すると、わたしのランドセルの中身が盛大にぶちまけられた。

 どさどさどさ。


「あなや」


 しぶしぶ中身を拾っていると、宿題に出された、さんすうのプリントを学校の机に忘れてきていることに気付いた。あなや、これは一度戻る必要がある。


「お地蔵さま、気付かせてくれて、ありがとうございます」


 お礼を言うと、お地蔵さまが「ニコリ」とほほ笑んだ気がした。

 重たいランドセルをもう一度背負い直し、わたしは夕暮れで赤く染まった校舎へとまわれ右。


 遅い時間にたたずむ学校は、ちょっと怖い。

 でもまあ、いっか。今日は叔父さんも残ってるはずだし。一緒に帰ろっと。


 わたしの叔父さんは、この小学校の先生。ムキムキで、かっこよくて、それにすっごく優しい。自慢の男だ。


 誰もいない廊下は、なんだか少しだけ不気味な感じがする。わたしの足音だけが、やけに大きく響いていた。


 教室がある三階へ向けて階段を上っていると、二階の渡り廊下の先、使われていないはずの旧校舎の方から、物音が聞こえた。


 ドンッ!


 何かが壁に叩きつけられるような、鈍い音。

 えっ、誰かいるのかな?

 いじめ……とかだったら、大変。


 わたしは、そろりと足音を忍ばせて音のする方へと近づいた。


「哀れな迷い子よ……その苦しみ、僕が終わらせてあげましょう」


 この声は……叔父さんの声?

 ということは、いじめられているのは……叔父さん!?


 わたしは慌てて、物音のする理科準備室のドアに駆け寄った。

 ドアのすりガラス越しに、中で動く大きな影と叔父さんの人影が見える。


 ぐぐぐっとドアの隙間に目を押し当てる。

 わたしは息をのんだ。


 中にいたのは、いじめっ子じゃなかった。

 壁と床と天井が、真っ黒な沼みたいにうごめいて、そこから無数の手がワカメみたいにゆらゆらと揺れていた。

 部屋の真ん中では、黒いモヤのようなものが集まって、人の形になりかけている。

 怖くて、気持ち悪くて、普通なら叫び出して逃げ出す光景。


 でも、わたしが本当に目を奪われたのは、その怪異にたった一人で向き合う叔父さんの姿だった。


 お経でもない。お札でもない。

 叔父さんは、ただ、その鍛え上げられた拳で、黒い手を殴りつけていた。


 ゴシャッ!


 壁に生えた手を殴ろうとして、勢いあまって教室のコンクリートに穴が空く。叔父さんは痛がる様子も見せないし、さっきからずっと満面の笑みだ。


「これ以上、辛い思いをすることはありません。慈悲をもって、成仏させてあげましょう」


 床から伸びる手を踏みつければ、タイルが砕ける音がした。


「南無阿弥陀──」


 次の瞬間、黒いモヤが叔父さんに襲いかかった。

 わたしは「あっ」と声を出しそうになる。だけど、叔父さんは振り返りざまに、正拳突きを放った。


「仏ッッ!」


 パァンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!



 言葉と共に、黒いモヤは風船が割れるみたいに、一瞬で弾け飛んで消えた。


「…………え?」


 優しい叔父さん。

 わたしの知ってる叔父さんが、そこにはいなかった。

 何が起きたのかな? このバイオレンスな光景はいったい?

 怖い。


 ――ドン。


 ぐるんと廊下が回転する。違う、わたしが何かにつまずいたんだ。

 あっ、と思った時にはもう遅い。わたしの体はバランスを失い、後方へと思いっきり倒れ込んでいた。


 ゴッ!


 鈍い、嫌な音が後頭部に響いて、わたしの視界は真っ白になった。


(宴。酒。鬼。美しい女。裏切り。刃。陰陽師。激痛。無念――首)


 ひどく懐かしい光景が走馬灯のように脳裏を過る。


 これは……そうか……!

 わたしは、ただの小学生じゃない。

 わたしは――。


「わたしちゃん!」


 意識が浮上する。

 目の前には、心配そうにわたしをのぞき込む叔父さんの顔があった。


「わたしちゃん、しっかりして! 大丈夫ですか!?」


 優しい声。優しい顔。わたしを心から心配してくれている、大好きな叔父さんの顔。

 ――だが待て。そいつは。

 記憶が、繋がってしまった。


 この男は。

 この男の先祖は。

 わたしを殺した。わたしの首を刎ねた、忌まわしき――。


「大丈夫? 立てますか?」


 差し伸べられる、大きくて、ごつごつした手。

 その手が、わたしを殺した刀を握っていた手と、完全に重なって見えた。


「あなや……っ!」


 喉から、引きつったような悲鳴が漏れる。

 わたしは全力で後ずさり、壁に背中を叩きつけた。


「さ、さわるなああああああっ!」


 半狂乱で叫ぶわたしに、叔父さんは目を丸くして固まっている。


「ど、どうしたんですか、わたしちゃん? もしかして頭を打ってショックで……?」


 違う。違う違う違う!

 ショックなのは、ショックだけど!


(なぜだ! なぜわたしが、こんな小さな子どものときに! よりにもよって、なぜ天敵の目の前で全ての記憶を取り戻してしまうんだ!)


 目の前が、絶望で真っ暗に染まっていく。


(終わった。わたしの二度目の人生、完全に終わった――!)

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