第15話
私は今、ファルファレルロと対峙していた。
「さー観念してください」
「無礼者め、離れろ」
まぁまぁ心に残る失敗をし、後始末をバティンに任せたこともあり落ち込み気味の私は気分転換のため、ファルファレルロに本の中を読ませてと迫っていた。
「おしゃべりできるし?なんか封印してるって言ってたし?本のハリボテだと思ってました」
「……ハ、リボテ、だ。読めない」
「あー嘘うそうそ。寝落ちした日、意識が落ちる直前に見ました!ファルファレルロ様のベルトが外れて本のページが捲れるの!見ーまーしーたー」
ぐぬぬ とファルファレルロが堪えているらしい声を出す。
「ずっとファルファレルロ様は、前世の雑貨屋で売っていた本の形をした小物ケースみたいになってて、中に悪魔の本体がギューパンに詰められてるんだと思ってました」
「ギューパンとは何だ?」
「そこはどうでもいいんです!中を読ませてください。私、契約者なんですよね?」
赤い本が私の周囲を高速で回りはじめる。
「バターになっちゃいますよ?」
ファルファレルロが私の目の前でピタリと止まる。ファルファレルロに顔なんてついていないけれど、たぶん睨み合っている。
「文字の勉強はどこまで進んだ」
「自分の名前をフルネームで書けるようになりました。単語すべての意味は理解していないけど、読むだけならほとんど読めます」
私はドヤ顔してファルファレルロに手を伸ばす。赤い本は一歩分後ろに下がった後、諦めてくれたのか自ら私の手元に飛んできた。
「まったく、先日の行いを反省しているというのなら、もっとしおらしい態度を取ったらどうなんだ」
「何言ってんですか、それはそれ、これはこれですよ。それに、もう失敗したくないから何もしません、なんてめちゃくちゃ無責任じゃないですか。そんな人だと勘違いされたら嫌でーす」
あーやだやだと首を振って、ファルファレルロのベルトに手をかける。見た目は金具以外は革製に見えるのにビクともしない。張り付いているのかと爪を立ててみるがやっぱり外れない。
「爪を立てるな馬鹿者」
「だって開かないんだもん」
輪ゴムは無いのか!?キョロキョロと見回しハっとする。
「輪ゴムって20世紀の発明、とかじゃないよね?この国の技術って15~6世紀ぐらいに感じるけど……ある、よね?」
※天然ゴムの実用化は1700年代から。輪ゴム誕生は1820年。Wikipedia参照。
「ワゴムとは何だ?さっきからずっと訳のわからないことを。グリニアを開くための呪文があるのだ」
「呪文!」
私は笑顔になる。ついに呪文を覚えられる。私、魔法少女になれる。
「どんな呪文ですかファルファレルロ様!グリニアを開くだけ?それとも色々な鍵を解除できるんですか?」
「グリニアとエルダだけだ」
「そうなんですね!」
特別なんだ~そっか~、と私は上機嫌で部屋の中をくるくる回る。
「バターになるんじゃなかったのか」
「ブッブー、これは違いまーす」
あーそーですかとファルファレルロが投げやりな感じに返事をする。
ファルファレルロのサイズは私の顔より大きいので、持つというより抱えることになる。両手でしっかり抱えて床に座り、そっと本も床に置く。床とは言ってもストレッチをする用のラグは敷いている。土足厳禁なので綺麗だ。
「机に置いて椅子に座りなさい」
「大人サイズだから自分1人であの椅子には座れません。ラグの上で我慢してください。それで、呪文は?」
私はワクワクしながら催促する。
ファルファレルロは、もう少し魔力の訓練をしてから教えたかった、とブツブツ言っている。
「どちらの手でも構わない、表紙に手を置いて少し魔力を流しながら『バチカル』と唱えろ」
「はい!」
ニコニコしながら右手をそっと乗せる。
「バチカル」
ファルファレルロのベルト、本体すべてのフチに薄っすら光が走る。
カチャ
ベルトが勝手に外れて本が開いていく。
「おおお」
感動して声が漏れる。一体、何が書かれているのだろう。悪魔や魔法の秘密は載っているのだろうか。それとも建国当初のもっと詳しい歴史だろうか。
「……ん?」
しかし、中は真っ白だった。ページをいくらめくっても文字も図も出てこない。魔法の本だから文字が浮かび上がる仕掛けがあるのかもしれないと思い、真っ白なページの真ん中に手を乗せ魔力を流してみる。が、違った。
「なんでぇ」
「ふんっ」
ファルファレルロに鼻で笑われる。
「焦るな、話を聞け。吾はただの本ではない。そして人間たちが作った魔法道具でもない」
「はい」
「まずは契約をしろ」
「またですか」
先ほどまで何も書かれていなかったページに文字が浮かび上がる。その文字はまるでホログラムのように様々な色に光って見える。
「デックアールヴ族の、力、を行使する、許可?」
デックアールヴ、祈りの間で唱える祓詞にも出てきた。ならギルティネ様がリョースアールヴなのかな。
「そうだグリニアに載っている呪文は、吾を含めた7柱の悪魔の力の一部を借りることができる。他者に決してグリニアの内容を教えないという契約を結ぶのだ」
「……破らないけどね、もしもね、契約を破ったらどうなるんですか?」
「破れないから安心しなさい」
それだけではわからない。私はファルファレルロの言葉の続きを待つ。
「これに契約すれば悪魔の力の一部が使える。そして他者にこの事を話そうとしても声が出なくなり、書き起こそうとすれば手が勝手に悪口を書き出す」
「うわぁ、最後のなんですか極悪非道じゃないですかさすが悪魔」
「中が見たいのだろう?さぁ、名前を書け」
ポンと手元が小さく光り、次の瞬間羽ペンが現れる。
ゴクリ
喉がなる。急に怖くなってきた。
「なんだ、もうすでに吾と心臓をつなぐ契約をしているのに何を怖気付いている」
「そう言われましても」
その通りだ。今さらだった。深呼吸をしてペンを握り直す。
ゆっくり、大きめの文字ではっきりと自分の名前を書く。
「契約は成った」
契約の文言も、私が書いた名前も溶けるように消えていく。
「ハーゲンティ、何が知りたい」
ざっくりとしか聞いてくれない、細かい説明は何もしてくれない、意地が悪い。
「悪魔め」
「そうだ」
ファルファレルロの愉快そうな声を聞きながら少し考えて口を開く。
「では、今の私でも使えそうな魔法の呪文が知りたいです」
すると、契約の時と同じように、光る文字が浮かび上がってくる。ペラペラとめくると6ページ分の文字が浮かんでいた。
「エーイ……」
呪文らしきものを見つけ、声に出し始めたところで バン と勢いよく本が閉じられる。
「ギャアッ」
指がはさまった。
「なんてことするんですかファルファレルロ様!」
「危ないところだった」
「もう指挟んでます」
文句を言うとファルファレルロが顔に向かって飛んできて、眉間を4回突いてきた。
「よく聞け。契約をすることで悪魔の知識を知ることができる」
「はい」
「本に触れていない状態では呪文は声にならない、よって悪魔の力を使った魔法は発動しない」
「はい」
「グリニアに触れた状態で呪文を唱えると、悪魔の力を使った魔法が発動する」
「へー」
ファルファレルロが小刻みに震える。
「へー、ではない。今、魔法が発動しかけたのだ。こんな狭い部屋で、対象を決めずに、お前の魔力量で、悪魔の魔法なんて使ったらどうなると思う?」
先ほど声に出して読もうとしていた魔法の効果は、重力を操るとかなんとか書かれていた。誰に対してや、流れる魔力量の調整を気にしていなかった。つまり。
「床が抜けていた?」
「そのまま地面にめり込んでいただろう。いや、建物の1・2階部分がすべて潰れていたか」
この大きな城が潰れていたかもしれない。それを聞いて冷や汗をかく。
「全部最初にちゃんと説明してくれませんか?困るんですけど」
「お前の扱いに困っているのはこっちだ。なぜそんなにも迂闊なのだ。危機感を持て」
とても耳が痛い。迂闊だから前世はトラックに撥ねられて死んだのだ。
「すみませんでした」
小声で一応謝る。反省の態度を見せるとファルファレルロは少し優しい口調になる。
「グリニアの呪文だけではない、騎士団でこれから教えられるであろう呪文も同じだ。自分で魔法の発動に使う魔力量を調整する必要がある。祈りの間で母親にも言われただろう?」
そういえば、そんなことを言っていた。魔法道具の扱いでも物によっては魔力量の調整を自分ですると言っていた。
「多くの魔力を持って生まれたお前は、他者より調整が難しい。早く覚えなさい」
「はぁい」
私はくちびるを尖らせる。
「そんな顔をするな。さきほどの呪文は、使いこなせるようになれば空も飛べるぞ」
「え!」
私はパっと笑顔になって、しまったと顔を両手で隠す。
ファルファレルロはふんと鼻で笑う。
「魔力量に任せて無理やり空を飛ぼうとして天井にぶつかりかけただろう。呪文を使っても魔力量の調整ができないと同じ結果になるぞ。魔力の訓練に励め」
「う、がんばります」
私は両手をギュッと握る。
「ファルファレルロ様、今日も魔力を流す練習に付き合ってください」
「いいぞ、魔石に手を置きなさい」
いつもより優しく、そっと本の表紙に触れる。
今日はゆっくりと少量の魔力を流す練習をして終わった。
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