第2話・Hello異世界
青々とした植物のような匂いを感じとり、俺は目を覚ました。
遠くからは、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「ふわぁ……なんか、すごい熟睡してた感じがする。にしても、無事にリスポーンできたっぽいな」
眩しさを感じながら目を開けてみれば、そこには大自然が広がっていた。
俺はゆっくりと立ち上がってから、地面に着いていた背中を手で払う。
上を見上げてみれば、生い茂った木々が天高く伸びており、葉っぱの隙間からは太陽が覗いていた。
「うーん、こんなマップあったか? 森林なんて、最初の方のエリアだけだったと思うけど」
俺は自身の装備に不足がないか確認すると、軽く辺りを見渡してみる。
見える範囲ではどこまでも森が続いているが、咲いている鮮やかな花々などは、見たことのないものだ。
頭の中で情報を整理していると、俺は違和感を覚えた。
(待て、植物の匂い……? そんなの感じたことあったか?)
「いや、やっぱり今までとは確実に違う。緊急アップデートか? でも、嗅覚の導入なんて大規模アップデートに決まってるよな……いやでも、だったら事前に情報公開がされてるはず……」
今日は不可解なことがよく起こる。
俺は違和感を思考の片隅に置いといて、とりあえず動き出そうとした。
「っよし。それじゃあ、軽く探索をしよ――」
『グギャギャッ!!!』
背後から突然、何体かの汚い鳴き声が聞こえてくる。
振り返ってみるとそこにいたのは、ボロボロの腰布だけを身につけた、肌が緑色で醜悪な顔をした小さい鬼のような魔物たち。
ファンタジーで定番のモンスターであるゴブリンが、俺の方を向いて木の棒を構えていた。
「久しぶりに見たなーゴブリン。やっぱりここ、初心者エリアっぽいな。まあゴブリン程度、5体なら余裕だ」
木の棒を掲げたゴブリンたちが、俺の方に走って襲いかかってくる。
「《アイスジャベリン》」
俺の後方に、鋭く尖った5本の氷の投げ槍が現れる。
それらが勢いよく飛んでいき、ゴブリンたちに突き刺さった。
「………………は?」
目の前の光景に俺は、酷く困惑した。
「これ、血……だよな。どういうことだ? これもアップデートか?」
(いや、それは無いな)
俺の魔法に貫かれたゴブリンの体からは、どくどくと真っ青な液体が垂れ流れていた。
『グ……グギャッ……』
致命傷を逃れた1体のゴブリンが、体に刺さった氷の槍を乱暴に抜いて投げ捨てる。
ゴブリンは俺を強く睨んでくると、再び襲いかかってきた。
俺は剣を鞘から抜くと1歩前に出て、すれ違いざまにゴブリンの首を切り落とす。
ゴトンッと頭が地面に落ちて転がり、ゴブリンの体は力を失いそのまま前に倒れた。
「ふぅ……」
振るって血を落とした剣を、俺はそっと鞘に差し戻した。
「GSOじゃ、首が落ちるなんて事は絶対になかった。それに、戦闘終了後のリザルト画面も出てこない。一体……どうなってるんだ?」
(……待て、まさか!?)
1つの可能性を思いついた俺は、剣を抜いてゆっくりと動かす。
剣身で左腕を小さく切り裂いた瞬間、鋭い痛みが走って俺は顔をしかめた。
「やっぱり、痛みがある……」
VRゲームにおいて、ゲーム内で痛みを感じる事は
なぜなら、ゲーム内でプレイヤーに痛みを与える事は、VRゲーム黎明期の初期に法律で禁止されたからだ。
痛みを感じるのはバクだという可能性も否定できないが、だとしても他にも不可解な点がありすぎる。
ここから導き出せるのは、この場所がゲーム内では無いということ。
つまり、この世界は……
「異世界、ってことかぁ……マジかよ」
あまりにも衝撃的な違和感の答えに、絶句した俺は天を仰いだ。
少しして放心状態から復活した俺は、まず確認するべきことを考える。
「まずは、ゲーム内のアイテムが持ち込めているかどうかだよな。《
GSOの世界でアイテムボックスの立ち位置だった魔術、
いつもであれば、マス目で仕切られた画面が表示されるが……
「うん? ああ、なるほど。こうやって頭の中に出てくるのか」
目の前に表示されるはずの画面が、俺の頭の中にイメージとして浮かんでいた。
しかしながら、その中は空っぽである。
「これ、収納はどうやるんだ? 試しに
そう言って俺は、辺りに転がるゴブリンの死体に目を向けた。
自分が殺したとはいえ、そのグロさに不快感は拭えない。
俺が死体を収納するイメージを浮かべると、白色の魔術陣が死体の上に浮かび上がってそのまま吸収した。
「なるほど、イメージで発動出来るっぽいな。あと確認するべきは……」
(あ、そういえば。ステータスはまだ試してなかったな)
思いついた俺は「ステータスオープン」と声に出して唱える。
しかしステータス画面は出てこず、ただ読み上げただけとなった。
亜空書庫の段階で察していたはが、やはりゲーム内とは根本から変わっているようだ。
(うーん、他に確認出来る方法は……あ、そういえば、あの魔術があったな)
「《
この魔術は名前の通り、アイテムや魔物の性質を調べるものだ。
そして、承諾を得られれば人物の解析も出来る。
そこで俺が、この魔術を自分自身に使ってみた所、頭の中にステータスのようなものが浮かび上がってきた。
「ゲームの時と比べると、圧倒的にシンプルになってるな。にしてもこれ、名前が……それに年齢も……」
――――――――――――――――――――――――――――――
《解析結果》
名前:ベリル・エトワール 種族:人間
性別:男 年齢:18歳
――――――――――――――――――――――――――――――
ベリル・エトワールとは、GSOでの俺のプレイヤーネームだ。
俺はゲーム内では、上位12名のプレイヤーが名乗ることが出来る、『円卓の魔術師』の第4席を担当していた。
プレイヤーネームの苗字になっている『
また、解析結果では年齢が18歳になっているが、俺の現実での年齢は25歳だった。
あくまで予想だが、ゲーム内アバターの体年齢に引っ張られているんだろう。
俺のアバターは肩より上くらい長さの黒髪をしていて、瞳の色は黄色に近い金色。
身長175センチの、中性的なイケメンである。
現実での俺は茶髪だが、先ほどから黒い前髪が視界に入っているので、今の俺は確実にアバターの姿をしているはずだ。
「これで最低限の確認は出来たな。よし、そろそろ移動してみるか」
そう決意した俺は、ひとまず方角を確認しようとする。
「うーん、太陽の位置的にまだ朝だな。えーと、あっちに沈んでいくから……こっちが西か」
上を見上げて太陽が昇る方角を確認すると、俺は人里を目指して西だろう方角に歩き出した。
「そういえば、日本語で通じるのかな。というか、そもそもこの世界に人が存在してないかも知れないし……ま、悲観するだけ無駄だな」
俺は最悪なパターンを想像していたが、面倒くさくなって頭の中から取っ払った。
もしもここが本当に異世界なら、何が起きてもおかしくないのだ。
そんなことを考えていると、少し先に見える茂みががさりと揺れた。
現れたのは、鋭い牙を口元から覗かせた全長1メートル程度の狼。
『グルルルルッ……』
狼は唸り声を上げながら、俺の方にジリジリと近づいて来る。
「こいつは、ウルフか。久々に見たなこの魔物も」
少しして、ウルフは痺れを切らしたのか勢いよく飛びかかってくる。
すぐに剣を抜くと、俺は流れるように刃を振るった。
ウルフは悲鳴も出せないまま、切られた首が地面に落ちる。
俺は剣をしまうと、亜空書庫にウルフの死体を収納した。
「ふぅ、討伐完了っと」
そんなことを呟いた次の瞬間、目の前からさらに4匹のウルフが走りながら現れて、素早く襲いかかってきた。
「ッ!? あっぶねぇな!」
勢いよく飛びかかってきたウルフを俺はすんでのところで躱す。
俺は急いで剣を抜き直すと、横から噛みつこうとしてきたやつの胴体を切り裂いた。
「ふっ!」
そのまま剣を持ち上げて振り向き、後ろから襲ってきたウルフに振り下ろして脳天から切断する。
「あと3匹か。それじゃあ、《
ウルフたちの頭上に金色の魔術陣が浮かび上がり、一瞬のうちに槍が降り注いでウルフたちを貫く。
この一撃で、ウルフたちは完全に絶命した。
「よし、これで全部か――」
『ワォォォォォオオン!!』
俺が一息吐こうとした瞬間、遠吠えが周囲に響き渡った。
それと共に、奥から大きな影がゆっくりと近付いてくる。
「なるほど、お前がさっきのやつらの頭ってとこか」
目の前現れたのは、さっきのウルフたちよりひと回り大きい、額から角を生やした狼だった。
一度低く唸った角付きウルフは、俺目掛けて突撃してくる。
俺が剣を薙ぎ払うと刃がやつの角を捉え、そのままスパッと切断した。
角を失ったウルフは、強い怒りを覚えたのか俺に勢いよく噛みついてくる。
「紅月流、紅炎」
突き出さた剣が大きく開かれたウルフの口に入り込み、そのまま脳を貫通した。
俺はウルフから剣を抜き取り、残っていた死体を回収する。
「この辺りの敵はそんなに強くないな。とりあえず、このまま進んでいくか」
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