第3話 大衆居酒屋グラテマル ③
「お待たせしました、テマルサラダのハーフにシャカ芋サラダになります」
一杯を片付けたところで、店員さんがやってきて、注文した品が届きはじめた。空いたジョッキもさりげなくもっていった。
うーん、ぐっどほすぴたりてぃ~。
さて、サラダ2種って、だいぶ草食野郎じゃん。健康きにしてんの? とか言われるが、んなこたない。いや、もちろん健康は大事だけどね。
でも、このオーダーはそういうことじゃないんだ。
まず、色とりどりの野菜が器一杯に盛られたテマルサラダ。
店の名を冠したこの店の知る人ぞ知る名物で、その時々による新鮮な野菜とオリジナルのドレッシングが超ウマい。何味かは正直よくわからんけど、色々混じってすげーウマい。ソイソースベースだけど、良い感じにすりつぶしたセサの実が香ばしい。あと、アニオンもちょっとだけ感じる。
このテマルサラダは、この店にきたらマストで頼む一品である。
野菜はタレスにキュリー、トマムのレギュラー陣にその時々の旬の野菜が加わる。今日はパスアラ、ヤングコーム、ペプリカなんかが入ってる。
ハーフサイズだけど普通の店の一人前ぐらいあるから、少ない人数で頼むときは絶対ハーフにしといた方がいい。
そしてなぜか、このサラダ、めっちゃ酒に合う。驚くほど合う。
俺はサラダで酒が飲めるって、この店ではじめて知ったんだ。
テマルサラダがサラダの正道を歩む王者のサラダとしたら、シャカ芋サラダは裏道の実力者という感じ。
サラダを名乗っておきながら、粗くマッシュした芋にたっぷりのマヨネイズやカラシにゆで卵、刻んだベーコンを和えるという、めっちゃ太りそうな料理。
唯一のサラダ分であるお気持ち程度のキュリー、キュロット、アニオンが、いいアクセントになっていて、コイツが前菜面できるのは彼らの働きのおかげである。
今日は、ちょいと端からがっつりいくつもりで頼んでみた。
全然違うタイプなので、サラダかぶりも問題なし。
こんなアウトローなサラダだが、呑みの場においてはコイツこそがメインストリームといってもいい。とにかくコイツは親友の麦酒と仲が良くて、いっつも一緒にいるような、そんな仲。というか大衆居酒屋にあるような酒は、だいたいコイツと友達である。
ともすれば、今日の肴もうコイツだけでいいやとなってしまうこともある。しかも、他にも色々食べたいというのに、腹に溜まってしまって、困る。
だから、俺がしっかりこいつのことを面倒見てやらないとな。
うん、やっぱりウマい。
そして、麦酒もウマい。
2杯目からは、ちゃんとペースを落としていくが、それでも早々に飲み干してしまうことは必至。次は何をするかを思案しつつも、テマルサラダの方にも手を伸ばす。
シャク、シャク。
新鮮な野菜のシャキシャキ感がすごい。ドレッシングの味の中に、それに負けないくらいの野菜本来の旨み、甘みというのがしっかりと感じられる。
古来より瑞々しいものは酒が進まないとされている。それは酒が飲み物である以上、水分が少ないものの方が相性がいいからだ。
しかし、このサラダはどうだ。
野菜の水分をまるっと受け止めて、それを酒の合う味にまとめて軟着陸させる、このドレッシングの複雑な事よ。
これまた、麦酒が手ばなせないではないか。
うーん、ドレッシング別売り求ム。
2種のサラダを肴に、ゆるりとジョッキを傾ける。これは今後の注文への布石であり、メインへと向けた内臓のウォームアップでもある。
「うーん、うまい」
シャカ芋サラダの黒胡椒が、口の中でピリリと弾ける。
そのとき、俺の脳内に脳裏に電撃が走った。
――このテマルサラダとシャカ芋サラダ、一緒に食ったらどうだろうか。
今、幸運にも同じ卓にこの2つが共演している。
さっぱりとした味わいの爽やかなテマルサラダにクリーミーでしっかりした味のシャカ芋サラダ。ドレッシングの酸味はきっと芋に新たな味のアクセントを加えてくれることだろう。
光と闇、聖と魔、陰と陽、さっぱりとこってり、古来より決して交わらないはずの両者が交わるとき、その時新たな伝説がはじまる――――。
いざ、実食。
パクッ
「……うめぇ」
いや、なんか凄いぞ。
ポテトサラダのマヨ感に、ドレッシングの酸味がほどよく絡んで、味のグレードを一段引き上げる。ちょいしょっぱすぎないかと思いがちだが、生野菜の水気がそれを上手く和らげている。
総評:ウマい。
これはリピ確定である。
――――ふふっ
そのとき、誰かがこちらを見て、微笑んだ気がした。
ようやくそこにまで至ったか、と。
だがこの先はまだまだ続き果てはないぞ、精進しろ、と。
なんてことはない、俺の脳内飲兵衛師匠が、少し顔を覗かせただけである。
これも酒精がみせる、ひとときの幻。
一人呑みをしていると、よくあることである。
テマルサラダ(ハーフサイズ) 20ウェン
シャカ芋サラダ 22ウェン
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