傲慢の傷

高田金安

1話だけ

 男には肩書きがあった。仕事ぶりはその名に恥じることなく誰よりも成果を出せていた。入社一年目から同期の中で独走状態で次々に先輩たちの業績を抜かしていった。


 そんなため息が出るほど仕事のできる男の性格は最悪であった。

 上司にはゴマを擦り、同僚や部下には横暴な態度で奴隷のように扱っていた。

 ある日、部下の一人が何かを探しているのを見つけた。

 身分が低ければ、仕事に関係ないことにもいちゃもんをつけて、部下の出す良さそうな企画はさも自分が考えたように提出して、自分の評価としていた。

 こんな環境に社員たちは不満が溜まっていたが、男の完璧な仕事ぶりを越えられず、誰も何も言えずにいた。


 ある日、男が部下の一人が何かを探してるのを見つけた。


「キタムラ、そんなに床を見て何をしている?」


「あ、ハンカチを探していて―――」


「お前は、自分の物すらまともに管理できんのか!これだから―――」


 男は彼の不用心さに呆れ、10分程の説教をした。

 周りの社員はいつもことだと思いつつもうんざりしていた。


「―――。さっさと仕事に戻れ!」


「はい、、、」


 説教が終わり、彼がデスクに戻る姿を確認して、男もデスクに戻ろうとした数歩先で何かを踏んだ。足下を見るとが落ちていた。


「誰のハンカチだ!」


「………僕のです」


 男が、大声で叫ぶと、キタムラが尋常でない速さで男に駆け寄って来た。


「お前の不用心で踏んでしまったではないか!」


 男は彼に嫌味ったらしく言ったが、彼はすぐに謝らなかった。


「カノジョから貰った大切なハンカチなんです。踏んだこと謝って欲しいです」


 キタムラは食い下がり、逆に謝って欲しいと懇願した。


「ふっ、こんな安っぽいハンカチにそんな価値なんてある訳ない」


 彼の懇願も虚しく男は彼を嘲笑った。


「そうですか」


 男の言葉にショックを受けたのか、細々とした声で一言そう言ってハンカチを返して貰った。


 そこからキタムラは、業績を急激に伸ばすようになった。皆が不思議がって彼に質問すると、彼は「男の行動を真似ているだけ」だと話した。

 男の仕事ぶりは並大抵の努力では追いつかないものであり、彼の答えは驚愕なことであったが、そのすぐ後にはみんな彼を賞賛していた。


 しかし、男だけは部下の動きに焦りを感じていた。今の自身の地位を揺るがす危険を秘めていた。そのため、キタムラを直属の部下に配置して常に監視できる状態にした。


 時が流れ、今日は大手企業へのプレゼンがある。この案件は会社なとって重要ものであった。

 しかし、男は阿鼻叫喚の腹痛が襲われていたた。これではベストなプレゼンができない。男は仕方なくキタムラに電話した。


「どうしましたか?」


「緊急事態だ!体調不良でプレゼンがままならなくなった。お前が代わりにプレゼンをしてくれ!」


「プレゼンの資料は貴方しか持っていませんが………」


 男は自分の地位を守るため資料をキタムラと共有していていなかったのだ。男はどうしようもない状況に怒鳴るしかなかった。


「なんとかしろよ!」


「………こんな重要なときに体調管理できない。資料の共有もできない。これまでの完璧な仕事ぶりはどこ行ったんですか?」


「うるさい!お前、誰に言っているか分かっているのか!」


「ガチャッ―――」


キタムラは受話器を放した。怒りと安堵からため息をついた。


「どうかしましたか?キタムラ先輩?」


「ああ、上司が腹痛で今日のプレゼンできないって」


「え!?それ、めっちゃピンチじゃないですか!」


「大丈夫。そんなことのために資料は独自で作っておいたから」


「やっぱ、流石ですね………」


「まあ、あのクソ上司を蹴落とすために作ってた節あるから、絶好の機会が来たわけ」


「そんなにあの人のこと嫌いなんですね」


「あんな思い出の希少性を分からない奴なんて―――おっと、口が滑るとこだった。さ、準備しますか」


 キタムラは男のおかげで成長できた。しかし、男はキタムラから何も学ばず、その性格故に見放されたのであった。

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傲慢の傷 高田金安 @Hukurokaburi

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