「𩆜のある村」
人一
「𩆜のある村」
俺は、雑誌「ノノマ」の編集長だ。
……と言っても、編集は俺1人しかいないんだがな。
聞いたことない雑誌?まぁ、俺もそうだったさ。
中身なんて無い……所謂底辺オカルト雑誌だよ。
今日も今日とて、ネタを探しにネット掲示板に張り付いていた。
「……男子禁制の村、女抜村?変な村だな。
最後の書き込みは――今から13年前?
そっから忘れられたように、誰も話題に出してない……
これだな!」
そう言って俺はカバンを引っ掴んで、車に飛び乗った。
ナビに掲示板に書かれていた住所を打ち込むと、道もほとんど表示されてない、山の中にピンが立った。
「嘘かホントか……まぁ、廃村かもしれないし、当然っちゃ当然か。」
高速と下道を乗り継いで、ようやく件の山の麓に辿り着いた。
日が高い時間に出発したのに、もう沈みかけていた。
「看板……かろうじてあったけど、もうボロボロでなんて書いてるか読めないな……
でも、この道を曲がると行けるんだな。」
ナビで確認するも同じだった。
「あっ、ライト忘れたよ……仕方ない、明日出直すか。」
そう言って街に引き返して、夜を明かした。
翌日起きたらもう、太陽は元気に日を照らしていた。
「飲みすぎた……」
気持ち悪くなりながら、時計を見ると11時23分。
「やば!寝すぎた!」
俺は、慌てて身支度を整えて村を目指して車を走らせた。
ようやく村に辿り着いた。
山の中に隠されるように位置してるせいか、昼間なのに薄暗い。
そこは、荒れ果てた家屋が立ち並んでいた。
「やっぱり、廃村だな……パッと見た感じ、もう生活の跡も無さそうだな。」
辺りを見回しながら写真を撮っていると、看板が目に入った。
看板には草がまとわりついて、とても読みにくかった。
「『ようこそ妛抜村へ』って……なんだこの、『妛』って?」
不思議に思い、手で払ってみると草が"山"のように絡んでいただけだった。
「あぁ、やっぱり『女抜村』じゃんか。
にしても、女に山が乗っかるだけでこんなに読めなくなるんだな。
……コラムネタとして一応記録しとくか。」
そう呟いて、村の奥へと歩いていった。
その後並ぶ家々に入ろうとしたが、どこもかしこも鍵が締まっていたり壊れていたりで入れなかった。
ただ、縁側から室内を覗いても、あるのはクモの巣とホコリばかりで入る意味は薄そうだった。
そんな事を考えながら、次の家の扉に手をかけると――
音もなく、あっさりと開いた。
「おっ、ラッキー。では……お邪魔しま~す。」
家の中は、外から見た他の家とは違い、よく掃除が行き届いていた。
「今でも誰か住んでる?……ってことは俺、現在進行形で不法侵入中ってことか?」
……まぁ、入るとき挨拶したし、もうちょいだけ見させてもらおうか。
用が済んだらすぐ出ますよっと。
キッチン、風呂、トイレ、リビングと一通り見て回った。
どこも古いが、綺麗に整っていた。
そしてダイニングに入った瞬間、足が止まった。
そこには――
食卓に料理が整然と並べられていた。
腐っている訳でもなく、さっきよそいだばかりだと言わんばかりに、湯気がたっていた。
「誰かいるんですかー?怪しい者じゃありませんから姿を見せてくださいませんか?」
……返事は無い。
部屋は不気味なまでに静まり返っていた。
「なんか……気味悪いな。もう出ちゃうか。」
そう言って変な家を後にして、村の広場らしき場所に戻ってきた。
「なんだったんだ……」
愚痴をこぼしながら、目に付くものを探していると掲示板を見つけた。
「『妛抜村掲示板』ってまた変な字が当てられてるけど、今回は草も無いし……これが本当の名前なのか?
と、言うよりそもそもなんて読むんだ?」
スマホを取り出して「山 女 漢字 組み合わせ」で検索した。
するとすぐにでも、それっぽい記事を見つけた。
「『妛』は幽霊文字のため、基本的には使われません。って、村の名前になってるじゃん。」
所詮はネット記事だからと流して、スマホをしまった。
そして、張り紙に目をやると――全く読めない文字で埋め尽くされていた。
見慣れた漢字が無理やり1文字に押し込められて、見たことない形になっていた。
文字が潰れている訳でも、印刷ミスでも無さそうだ。
――紙なのに文字化けか?
ようやく、背筋が冷りとした。
読めそうで読めない。もどかしさを感じながら、スマホで検索を試みた。
だが、どれだけ押しても反応がまったくない。
「はぁ?どういうことだよ、充電あっただろ!」
イライラしながら、画面を何度も叩いていると……
ピーーーー
壊れたかのような音が鳴ったかと思えば、スマホに映る文字がぐにゃりと歪んだ。
漢字も英語も原型を留めないくらいに崩れ、滲んでいき、とうとう画面には黒いシミだけが残った。
スマホは役に立たない鉄クズに成り果てた。
「くそ……なんなんだよ。でもまあ、写真も撮れたし、スマホは壊れちまったけど、そろそろ帰るか。」
来た道を引き返していると、荒れ果てていたはずの家々は綺麗に整い、明かりさえ灯っていた。
「来た時こんなんじゃなかったよな……?」
寒気が背中を這い上がりぶるりと震えて、車に向けて走り出した。
車も目前に迫ったその時、いくつもの視線で貫かれたような気がした。
誰も居ないはずの村なのに、誰かから
「お前は誰だ?」
と言葉も発せず、聞かれている気がしてならなかった。
あと、ほんの数メートルの距離なのに……足が重く動かなかった。
無言に耐えて足を引きずりながら進んでいると―背後から、突然声をかけられた。
『旅人の方でしょうか。ようこそ妛抜村へ。
ゆっくりお過ごしください。』
その声は背後からであったが、遠くからかけられた声なのか、耳元で囁かれた言葉なのか分からなかった。
俺には、確かめるために振り返る勇気は無かった。
「𩆜のある村」 人一 @hitoHito93
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