『メリーさん』がフッ軽すぎて怖い
紅緒
第1話(完結)
俺は【怪異】という存在を信じている。
というよりはこの身をもって知っている、といった方が正しい。
ある日、俺のスマホが着信を告げた。
「? 何だこれ?」
スマホの画面には、本来相手の電話番号が表示されるはずなのに、そこには意味不明な文字列が並んでいた。
「文字化け……?」
普段なら、知らない番号からの電話なんて絶対に取らない。
でも、この時は何故か指が勝手に通話ボタンをタップしていた。
「……もしもし?」
出てしまった自分に戸惑いながら、問い掛けてみる。
すると、
『もしもし、あたしメリーさん』
電話の向こうから女の声が聞こえた。
それは少し鼻に掛かった少女の声をしていて、頭の中に直接響いているような感覚がした。
「は? メリーさん?」
【メリーさん】という名前と、さっきの台詞。
俺でも知ってる都市伝説だ。
確か、電話が掛かってきて、その都度自分の家に近付いてきて……、最後には『今、貴方の後ろにいるの』ってヤツだ。
『今、T町のドラッグストアの前にいるの』
「T町のドラッグストア? それって大通りの横断歩道のとこ?」
『そう』
タチの悪い悪戯だと思った。
俺の家を知っているダチか元カノか、そこらへんが声を変えて掛けてきてるんだろう。
「近くまで来てるとこ悪いけど、今家にいないよ」
『え、そうなの?』
途端、自称メリーさんが拍子抜けをした声を出した。
……こういうのって、怪異は分かるモンじゃないのか。
『じゃあ、今はどこにいるの?』
「……彼女んち」
『そう……。なら仕方ないわね』
仕方ないんかい。
本物の怪異なのか、悪戯なのか知らないが、メリーさんはあっさりと引いてくれた。
『じゃあ、また今度掛け直すわね』
「え、いや、いらな……」
ツーー、ツーー、ツーー。
「切りやがった……」
「ねえ、今の誰?」
「ああ、多分悪戯電話」
「ほんとにぃ?」
「ほんとだって!」
メリーさんのせいで、浮気を疑われいい迷惑だったので、もう二度と掛けてこないで欲しい。
そんな俺の気持ちを無視し、メリーさんからの恐ろしい電話攻撃が始まったのだった。
─────────────────
『もしもし、あたしメリーさん』
「またアンタか……」
一週間後の昼間、また文字化けの着信があった。
何かの強制力が働いているのか、出なければ良いのにまた俺は出てしまう。
この一週間、メリーさんはしつこく電話をして来たが、俺は家にいないタイミングばかりで結局『今、貴方の後ろにいるの』まで辿り着けていない。
『今日はどこにいるの?』
「そこ聞いちゃうのかよ」
俺が家にいない事に焦れたメリーさんは、もう最初からどこにいるか聞く事にしたらしい。……省エネモードの怪異ってどうなんよ。
「今日も友達んち」
『また? 貴方、いつ家に帰ってるの?』
「母ちゃんかよ。別に俺の勝手だろ」
『友達って嘘でしょ。女の子のところよね?』
「……」
このメリーさんという怪異、持ち味のはずの俺の居場所は分からない癖に、俺が誰といるかは分かるみたいなのだ。
それがとても厄介で、俺はそれに困り果てている。
『香織ちゃんに、朋恵ちゃんに未来ちゃん……。貴方、浮気し過ぎじゃない?』
「……ほっとけよ」
怪異に軽蔑した声で詰められ、反論も小さな声になってしまう。
そう。このメリーさんは相手の名前まで知っているのだ。俺は勿論言っていない。浮気相手の名前を言う訳が無い。
『……』
「? どうした?」
ふと、メリーさんが黙り込んだ。
珍しい展開に俺が戸惑っていると、ややあってメリーさんは、
『分かったわ』
と言った。
「は? 分かったってなに……また切りやがった」
スマホの画面を睨み付けて舌打ちする。
そこに、隣に腰掛けてコーヒーを飲んでいた未来が「どうしたの」と話し掛けてきた。
「何かあった?」
「い、いや何もないよ」
「そお? まさか、浮気してんじゃないでしょうね〜?」
「してないしてない! お前だけだって!」
クソ、またアイツのせいで疑われた。
「それよりさ、晩飯どうする? 何か食いに行く?」
「そうだねえ、久しぶりに外食も良いね」
話を逸らす事で何とか事無きを得た。
内心ほっとしていると、またスマホの着信が。
ムーー、ムーー、とバイブする画面を見るとやはり文字化けの文字列。
「また電話?」
「うん、最近悪戯電話多くて……」
「出ない方が良いんじゃない?」
「うん……」
そう言いながらも、俺はスマホを手に取り指は勝手に通話ボタンをタップする。
未来が見守る中、恐る恐るスマホを耳に当てるといつもの声が。
『もしもし、あたしメリーさん』
「お前な……、しつこいぞ」
こんな短期間に掛け直してくる事なんて今まで無かったので、何だか嫌な予感がする。
メリーさんの声がどことなく浮かれて聞こえるのもその原因の一つだった。
『今、まどかちゃんのお家にいるの』
「………………は?」
メリーさんの言葉に俺は固まった。
……今、『まどか』って言った??
そんなはずない、と混乱した頭で考える。
俺はこの一週間、メリーさんとのやり取りの中で『まどか』の家にいた事は無かったし、『まどか』という名前を出した事も無かった。
『今、まどかちゃんとお話してたの』
「え、ちょ、ちょっと待って、なんで……」
つっかえながら言葉を紡ぐ俺に、メリーさんは通話越しにくすくす笑う。
『貴方が浮気してる事、ぜーんぶ話しちゃった』
「はああ!?」
思わず大声を出した俺に、隣の未来がビクッと体を震わせた。
「な、なに!? どうしたの!?」
「いや、なんでもない! なんでもないから、ちょっと待って!」
「なんでもないって……!」
未来を宥め立ち上がった俺は、リビングから出て廊下で会話を続ける事にした。
「おま……! なんつー事してくれてんだよ!」
『あたしが悪いの? 違うでしょ、貴方が悪いんじゃない』
「だからってバラす事ねーだろ!」
『いつまでも家にいない貴方が悪いんじゃない』
めちゃくちゃだ。
メリーの言っている事はもっともだったが、それでも腹が立つ。なんで怪異に正論ぶつけられなきゃならんのだ。
「お前、いい加減にしろよ! もう掛けてくんな!」
腹が立った勢いで怒鳴ってスマホの通話終了ボタンを何度もタップして、こちらから通話を終わらせた。
「はあーー……」
大きく息を吐き、気持ちを落ち着ける。
ここで取り乱したらメリーさんの思うツボだ。
もしかしたら、こうやって俺を脅して家へ戻らせようとしているのかもしれない。
「悪い、未来。電話終わった……、って、」
そうしてリビングに戻った俺を待っていたのは、仁王立ちした満面の笑顔の未来だった。
「え、み、未来?」
「あんた……、」
目が全く笑っていない。
こんなおっかない未来の顔を見たのは初めてだったので、俺は思わずたじろいでしまう。
「やっぱり浮気してたのね。……っていうか、私が浮気相手だったのね」
「えっ?」
「さっき、まどかさんて人から電話があって全部教えてくれたわ。しかもあんた、他にも相手が何人かいるんでしょ」
「な、なんでそんな……」
未来の俺を見る目は最早恋する乙女なんてモノじゃなくて、汚物でも見るようなものだった。
「ち、違う、俺は浮気なんてしてない! 未来だけだって……!」
「うるさい」
みっともなく言い募ろうとする俺の言葉を未来の腹の底から響くような声が遮った。
「もう二度と私の前に現れんな! このクズ野郎!!」
かくして俺は、未来の部屋から叩き出されたのだった。
マンションのエントランスからとぼとぼと出た後、少しの間放心状態だった俺はハッと我に返りスマホを手に取った。
「そうだ、まどか……!」
焦る手でスマホを操作しまどかへ電話を掛ける。
思いの外、数コール目ですぐに繋がったそれはしかし、「なに?」という絶対零度の声が聞こえた時点で『ああ、これはもうダメだな』と観念した。
「悪いけど、もう二度と掛けてこないでくれる? SNSも全部ブロックするから。じゃ」
この言葉だけで、俺とまどかの関係は呆気なく終わりを告げた。
念の為他の浮気相手にも連絡してみたが、既にブロックされているか、罵詈雑言を浴びせられて終わりだった。
「マジかよ……」
今まで上手くやってきたのに。
一瞬で全ての彼女を失ってしまった。
そもそも、どうしてまどかは初めて会うメリーの話を鵜呑みにするんだ。それも怪異の為せる技なのか?
その時、タイミング良くというか、多分意図的にスマホが鳴った。
相手は確認するまでも無い。
『もしもし、あたしメリーさん』
「お前……、よくもやってくれたな」
『あら、あたしは悪い事なんてしてないわ。むしろ、騙されてる女の子達を助けてあげたのよ』
「余計なお世話なんだよ!」
『勝手なひとね。貴方みたいな人はもっと酷い目にあった方が良いと思うの』
「は? おい、まさかこれ以上何かしようってんじゃないだろうな!?」
『あたしメリーさん。今、K県Y市の第一中学校の前にいるの』
「え?」
また、唐突に場所を告げられ面食らう。
ここは東京だ。
俺はK県にはいないのにどうして。
でも、Y市の第一中学校……。これには聞き覚えがある。
……そうだ。
俺の母校だ。
「……お前、まさか」
そこまで言ったところで電話がプツリと切れた。
やばい。
俺の背を冷たい汗が流れる。
「アイツより先に何とかしないと…!」
スマホを操作しようとした瞬間、また着信が。
『もしもし、あたしメリーさん』
「おい、やめろ、そこに行くな!」
『今、貴方の実家の前にいるの』
「やめろっつってんだろ!!」
ああやっぱり実家に行ってた!
メリーより先に実家に連絡しようにも、先手を打ってメリーが電話を掛けてくる。
『もしもし、あたしメリーさん。今、貴方の実家にお邪魔してるの』
「上がり込んでんじゃねえよ!」
『お茶とお菓子を頂いてるわ。貴方のご両親はしっかりしてるのね』
「ほっとけよ! てか、出てけよ!」
どうやら時既に遅く、メリーは俺の実家に行ってあまつさえ中に上がり込んでいるようだった。
『貴方のご両親に色々お話していたの』
「……もういい、もう聞きたくない」
『女遊びが激しいとか、勉強もせず仕送りのほとんどをスロットや遊びに注ぎ込んでるとか』
「もういいっつってんだろ!」
終わった……。
未来のマンションの前で、立ち尽くしたまま俺は空を見上げた。
怪異と話しているとは思えない程、空は明るい。
仕送り、無くなるんだろうな……。
今まで遊び呆けていた事も全部バレたんだろうな。
後で両親から説教の連絡が入るだろう事を考え、胸の内が鉛を飲んだように重くなった。
『自業自得よね』
くすくすと笑うメリーに、俺は「なあ、」と話し掛けた。
「俺、今から家帰るから」
『え?』
「そしたら、お前俺んち来るんだろ」
このままやられっぱなしは腹が立つ!
メリーを家に呼んで文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。だってコイツは俺の平穏な日常を壊しやがったんだから。
しかし、メリーからの返事はまさかの『NO』だった。
『嫌よ、貴方の家には行かないわ』
「なんでだよ! メリーさんってそういう怪異だろ!?」
『だって貴方の魂って綺麗じゃないから欲しくないし、何より……』
「何よりなんだよ!?」
『文句言われるのめんどくさい』
プツッ。
ツーー、ツーー、ツーー。
「いや、お前の本分は家に来ることだろ!! めんどくさいって何だよ!!」
俺の渾身のツッコミも虚しく、メリーから電話が来る事は二度と無かった。
それ以降、俺は親からの仕送りを止められた為必死にバイトをする事になり、浮気男として大学に噂が広がり皆から白い目で見られる事となった。
怪異は恐ろしい……。
それを身をもって知った一週間だった。
***
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