第1話 継承試練1

中庭の中央石造りの円形舞台の上に、僕たちは立っていた。

正面には審査官たち。そしてその後方には、観戦に訪れた生徒や教師たちの姿が見える。

声はない。

けれど空気が緊張で張り詰めているのがわかった。

舞台の下には他の参加者たちの姿。

継承候補者たちと仮継承者、そして既に屋号を持つ正式継承者たち。

《継承試練》は誰にとっても“通過儀礼”じゃない。

 “言葉にできるかどうか”がすべてを決める、最後の門。

その舞台に立つというだけで、僕には過ぎた光景だった。

「神代くん、大丈夫?」

隣から小さな声。

緋月さんがちらりとこちらを見る。

その視線は変わらずまっすぐで揺らいでいなかった。

「あ…うん」

短く返すだけで喉がかすれそうになる。

ほんとうは全然、大丈夫なんかじゃない。

名を持つ者たちが放つ“言葉”の重み。

詠唱の響き。

戦いの中でそれを信じ抜く強さ

それを、僕はまだ一度も手にしたことがない。

信念を言葉にするなんて、そんなこと…。

(僕に、できるんだろうか)

それでも、ここにいる。

それでも、立っている。

僕は視線を落とす。

中庭の石床に陽射しの影が揺れている。

この影が、誰かの記録にすらならないのだとしたら‥

せめて、この瞬間だけは。

せめて、この気持ちだけは。

「緋月さん」

「ん?」

彼女が小さく首を傾げる。

「誘ってくれて……ありがとう」

「……」

一拍の静寂。

そして、彼女の表情が、少しだけやわらぐ。

「それ、“ありがとう”ってちゃんと“言葉”にできるなら──きっと、君は大丈夫だよ」

その言葉が、不思議と胸に響いた。

名も、記録も、信念すら形にできない僕に。

誰かがこうして、言葉をかけてくれる。

たったそれだけのことが、今の僕には、救いだった。


 



 


「入場完了。試練、開始を認可する」

審査官の冷ややかな声が、中庭全体に響いた。

「継承試練、開始直前。対戦カード通達」

モニターに、参加者の名前が並ぶ。

『赫陽(かくよう)緋月ひより・記録外 神代時雨 VS 青嵐(せいらん)久遠澪(くおんみお)・白翼 (はくよく)白鳥舞(しらとりまい)』

その文字列を見ても、僕の中に浮かぶのはただ、静かな緊張感だけだった。

対戦相手が誰だろうとこの試練に意味があるのは僕自身が言葉を見つけられるかどうかだ。

審査官が静かに言う。

「《継承試練(けいしょうしれん)》、開始まで十秒前」

観客席から息を呑む音が響く。

空気が、静かに張り詰めていく。

指先に震えが残る。

けれど逃げ出す気はもうない。

隣にいる彼女が僕の存在を“記録”してくれた。

ならば僕もいつか彼女の“言葉”になれるように

「五、四、三……」

カウントダウンが迫る。

緋月さんが詠唱の構えに入った。

僕はまだ言葉を持たないまま。

ただ舞台の上に立っている。

けれどそれでもここにいる

その想いだけは、確かにあった。

「《継承試練》、開始」

その宣言とともに中庭の空気が変わった。












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Xアカウント @Nagino_YUTO 凪野ユウト

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