女神の花巫女の、契約から始まる幸せ結婚生活
愛崎アリサ
Chapter1 結婚して下さい
1-1 無職になりました
「契約を……更新しない?」
「そ。ごめんね、
無表情な人事部長は形式的に頭を下げると、「さて、昼メシ昼メシ」と言って、そのまま会議室を出て行った。私は呆然とその場に取り残される。
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「……というわけで。私、4月から無職だよ、
『うお、マジか! やべえじゃん。どーすんの、紗良。どっか次のアテあんのか?』
通話の相手は、いとこの
私はベッドに寝転がりながら、スマホに答える。
「そんなの無い。更新出来ると思ってた。ヤバいね。これから急いで就職活動しないと」
一人暮らしの私にとって、仕事はまさに生命線。私がはあ、とため息をつくと、桐谷が電話口の向こうで大声を上げた。
『……いや、ちょっと待て!! ……紗良、俺、一つ、紹介してやれるかも!』
「えっ! 紹介!?」
『ああ……ちょっと待てよ。……うん、やっぱあった! 俺の同級生で、学生時代から長い付き合いのある男なんだが。化粧品会社を経営していてな。3月末で秘書が退職するから誰かいい人いたら紹介してくれ、って数日前にSNSでメッセージ来てたんだよ。どうよ、これ!』
「ちょっと待った!! 秘書? って、まさか、その人の? ……社長の?!」
『そりゃそーだろ』
「いや、待って! 私、社長秘書なんて、やったことない!!」
『平気だろ。そんなに大きな会社じゃないし。こないだ聞いた時は、社長秘書が未経験でも、社会人経験があればいい、って言ってたぞ』
大雑把な性格の桐谷は、そう言って笑った。私は焦って問いかける。
「いや……ちょっと、未経験でもいいって……それ本当なの?! 私で大丈夫なの?!」
『大丈夫だって! とりあえず、話だけでも聞いてみようぜ。だってお前、このまま仕事決まんなかったら、春からどうすんだよ。貯金だって、紗良の年齢じゃ、そんなに無いだろ?』
「それはそう……すごくそう」
『ま、俺に任せとけって! とりあえず、お前の履歴書こっち送って。転送しとくから。あいつ、初対面の印象で断ることもあるみたいだから、あんま期待せずで。でもお前なら大丈夫だと、俺は思うぞ!』
「わ、分かった! 本当にありがとう、千紘兄ちゃん!」
桐谷から先方との面会の連絡が来たのは、それから僅か数日後だった。
翌月。面会の日は、薄曇りの肌寒い日だった。3月中旬の日曜日。私は桐谷に連れられて、喫茶店に来ていた。単なる付き添いの桐谷はスーツではなく、ボーダー模様のTシャツにベージュのパンツという恰好。私はさすがに、白いブラウスと紺色のスーツだ。ギリギリ結べるボブの髪も、ハーフアップにして整えてきたつもり。私はアイスティーを一口飲んで桐谷に囁いた。
「ちょっと緊張しちゃうよ。大丈夫かな、私」
私の問いに、桐谷は真顔であっさり応える。
「緊張するほど大した奴じゃないから大丈夫だ。ちょっと毒舌なところがあるが、それがあいつの仕様だから、変なこと言われても気にすんなよ。あんまり酷かったら、兄ちゃんが怒ってやるから」
「う、うん……」
桐谷から、事前にその人のプロフィールは送ってもらっていた。写真は非公開らしく、大雑把な経歴だけだけど。名前は
「お待たせしました」
ふいに後ろから聞こえて来た声に、私はびくりと肩を揺らす。桐谷が「お、来たか!」と笑顔で立ち上がった。優雅に登場したその人……弓月伊織は、少し会釈して向かいのシートに腰かけた。
「お二人とも、随分早い到着でしたね。僕の方が早く着いたと思ったのですが」
「思ったより、近かった。てか、お前、なんでここ指定したんだよ? お前の家、全然違う路線じゃねーか」
「この喫茶店のコーヒーが飲みたかったからですよ。ここで出している、パナマ産の豆を使ったコーヒーがお気に入りなんでね。いけませんか」
桐谷は「別にいいけどさ」と言いながら、赤いビロードのシートにどさっと腰を下ろす。弓月は慣れた様子で店員に注文すると、「さて」とこちらに視線を向けた。私はドキッとして背筋を伸ばす。
綺麗な人だ。背が高くすらりとした体格に、高そうなグレーのジャケットと光沢のある白いTシャツがとても似合っている。首にかかった羽根モチーフの細いネックレスは、プラチナだろうか。化粧品会社をやっているだけあって、肌もすべすべだ。優しげな目元は綺麗なアーモンド形で、これまた高価そうな、細い鼈甲フレームの眼鏡をかけている。優雅に微笑んでいる顔の造りも整っていて、所作にもどことなく色気がある。私は思わず、
(ヤバい、完全に場違いだ、私。この人、私と住む世界違いすぎる)
と、早くもこの場から逃げ出したい気分になっていた。
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